生まれいずる時 3
視点=庭師のゴブル
この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。
「おい、ゴブル。ちょっとこっちへ来い!」
「ひいいいいい! ご勘弁を!」
「ぐはははは! 何をそんなに怯えてる! 俺がこっちへ来いと言っているのだ! さっさと来やがれ!」
オラは、植栽を剪定するハサミを放り出して、命令通りに急いで駆け寄る。するとロータは、つま先の部分に鉄が埋め込まれた靴で、オラの顔面を、いきなり真正面から蹴り飛ばす。
「うぎゃあああ! 痛いいいい!」
「あれ、ごめ~ん、足が滑った~。ぐは、ぐは、ぐはははは」
バシッ! バシッ! バシッ! それから、ロータは、オラの顔を覗き込み、意味もなくオラの頬をビンタしつつ、わざと何気ない日常会話を続ける。
「なあ、ゴブル。今日は天気がいいなあ~」
バシッ!
「痛いっ。……はい、大変良いお天気で」
「なあ、ゴブル。あそこに咲いている花はなんだ~」
バシッ!
「痛いっ!……はい、あの花は、ブーゲンビリアという花でございます」
「なあ、ゴブル。お前、なんでそんなに醜いの? そのツラ、不快さを通り越して、むしろ可哀そうなんだけど~」
バシッ!
「痛いっ!……すみません、王子様。この顔は生まれつきで。えへ。えへへ。えへへへ。」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ、気色悪いんだよ、このウジ虫が! うおおお、お前を見ていたら、無性にその頭蓋骨を真っ二つに斬りたくなってきたああ! よ~し、ゴブル。そこに立て。い~か~、動くなよ~、じっとしてろよ~、今から俺様が、お前をたたき斬ってやるからな~」
ぬんっ! 第一王子のロータが唸り声を上げて、突然、オラに向かって剣を振り下ろす。
「ひいいいいい! 殺される!」
オラは、恐れおののくふり、及び慌てふためくふりをして、庭師小屋の方へ向かって逃げ出す。
「ぐはははは! 待て~ゴブル! 逃げるな~!」
背後から、ロータが剣を突き上げ、豪快に笑い声を上げて追いかけてくる。
「助けて~! 誰か、誰か、助けて~!」
「観念しろ、ゴブル! この城の庭園がどれだけ広大だと思っているのだ。いくら叫んだって誰の耳にも届きはしねえよ!」
オラは、庭師小屋へと続く小道を走り続ける。そして、あるポイントに到着をした瞬間、それを避けるように勢いをつけて大きくジャンプした。
「さあ、諦めてそのカラッポの頭を差し出せ、俺様が叩き割って――うわああああっ!」
後を追うロータが、昨晩オラが掘った深さ三メートルの落とし穴に、見事に落ちた。
― ― ― ― ―
太い楠に縄で縛りつけられたロータが、小一時間ほどして目を覚ます。
「やっと目を覚ましただか」
「痛てて。おい、ゴブル、これはいったい何のつもりだ」
「深さ三メートルの落とし穴に落下しただ。無様に白目を剥いて気を失っちまうのも仕方ねえ。しかし、ロータ王子、あんた、聞きしに勝る単細胞だな。あんたを捕まえるなんて、野生動物に罠を仕掛けて捕獲するより容易いだ」
「ゴブル、命令だ。今すぐこの縄を解け。大人しく命令に従えは、今回の件は、半殺しの刑で許してやる」
ロータが、幾重にも巻き付けられた縄の中で、体をよじってもがいている。
「縄を解いて欲しければ、オラの条件を飲むだ」
「よ、条件?」
「金輪際、侍女のフリージアに近づくな」
「フリージア? ああ、あの美しい侍女か。ぐはは。な~んだ、ゴブル、お前、あの女に惚れているのか?」
「惚れているとか、そういう次元じゃねえ。フリージアは、オラの未来の妻だ」
「ぐははは。そ~かい、そ~かい。可哀そうになあ、ゴブル。お前の顔は生まれつき変だが、いよいよ頭まで変になってしまったか~。了解だよ、ゴブル。二度とお前の未来の、ぷ、ぷぷぷ、未来の妻のフリージアちゃんには近づかない。約束する。もともと俺はあんな低級貴族の娘と結婚するつもりは無かったんだ。あまりに綺麗だから、隙を見て手籠めにしてやろうと思って口説いていただけさ。さあ、ゴブル、要件を飲んだぞ、さっさとこの縄を解け」
オラは、庭師小屋の扉を開け、部屋の中から昨晩徹夜をして制作した道具をひきずり出した。大がかりな木製の装置。二つの車輪の付いた可動式。架台の上には、U字型にしならせた大きな木の枝がミシミシと音を立てている。枝の先端には鋭く研いだ斧が巻き付けられている。
「おい、ゴブル、その道具は何だ?」
「ほら、見てくれ、ロータ様。この紐を切ると、しなった枝が鞭のような速さで元に戻る仕掛けだ。オラ、馬鹿なりに、よく考えただろう?」
「条件を飲んだら縄を解く約束だろう! さあ、一刻も早くこの縄を解け!」
「約束? ああ、あの約束は、嘘だ。オラ、はじめからお前を助ける気はない。悪いけど、お前は今からここで死ぬだ。さ~て、問題は、どの位置にこの道具を設置すれば、この枝の先端に縛った斧が、ちょうどお前の脳天に刺さるかということだ」
「おい、誰かいないか! おーい! 誰か、助けてくれー!」
「この城の庭園がどれだけ広大だと思っているだ。いくら叫んだって誰の耳にも届きはしねえよ。ちなみに、これは、つい小一時間前にお前がオラに言ったセリフだよ」
この辺かな? この辺かな? オラは、ロータの引きつった顔と、斧の刃との距離を測りつつ、手製の殺人道具の車輪を前へ後ろへと転がす。
「なあ、ロータ王子、どの辺りに設置をしたら、この斧がお前の脳天を叩き割ると思う? お前、この国一番の剣の使い手だろう? 適正な間合いを教えて欲しいだ」
「やめろ。勘弁してくれ」
「おい、ロータ、答えろ。この斧が、お前の脳天を叩き割る位置はどこだ?」
「馬鹿な質問をするな。答えるわけないだろう」
「ロータあああ! 答えろおおお! 誤って斧を腹に突き刺し、臓物を地べたに垂れ流しながら、もだえ苦しんで死にてえかあああ! 脳天に刺されば即死だ、痛みは感じねえ、オラ、お前に情けを掛けてやってるだぞおおお!」
オラは、凄まじい勢いで、この国の第一王子を恫喝した。
つづく。




