第336話 暴走するセカイを前にして
----昨今、現実世界、つまりは【街】が支配する地球の方が大変なことになっているらしい。
俺がその事を知ったのは、【召喚士のダンジョン】をクリアして、レベルⅨの冒険者となった後。
次の試練をクリアすればようやくスカレットと同じレベルⅩとなって、彼女を倒せるなーと思いつつ、ダンジョンの外に出た時である。
世界は、貧困に満ちていた。困窮していた。貧しさに満ちていた。
以前、ダンジョンに籠る前に見た現実世界は、陰と陽があった。
ぼろ布のような服を着て、一杯の泥水のような食事をありがたがる『スカレットにとって有益ではない』陰のモノ。
煌びやかな服を纏って、豪勢な食事を余らせることを承知で愉悦と共に食べる『スカレットにとって有益ではある』陽のモノ。
貧民と、富豪。
落伍者と、成功者。
選ばれなかった者と、選ばれし者。
そこには、スカレットという人間の独断と偏見によって分けられた、貧富の格差が目に見えるくらい分かりやすく広がっていた。
しかし今は、違う。
誰もが平等に、等しく正しく、全て、"貧しかった"。
目の前に煌びやかな洋服が山のように置いてあるのに、誰もそこには辿り着けず。
豪華な食事が全員に分け与えても足りないくらいに積まれてあるのに、皆が食べているのはマズそうな泥水のような食事。
以前は『スカレットにとって有益』という一面で裕福な暮らしを送っていた者達の姿はどこにもなく、全員が貧しい生活を送っているようであった。
「これは酷いな……」
「まさしく、最悪な光景でしょう……」
結界を張って、スカレットの災厄から身を守ってくれる担当の、ファイントがそう口にする。
「すみません、マスター。この光景、私はあまり長く見たくないです」
「あぁ、そうだった。ファイントにとっては、あの時を思い出してしまうか」
あの時とは、ファイントが地獄の主サタンになってしまった時の事だ。
正月のファイントによって真名である【サタン】を明らかにされ、地獄の主サタンになった時、彼女が作り出したのは文字通りの地獄である。
あの時の地獄のような光景と、この誰も幸せになっていない最悪な世界が、彼女の中で重なって見えた、とそういう事なのだろう。
「私なりの感想なのですが……」
と、前置きをして、ファイントはいまのスカレットが陥っているであろう状況を推察し出した。
スカレットはいま、負の感情に飲まれている。
負の感情----『人を呪いたい』、『人を虐めたい』、『人を罰したい』などといったマイナス向きの感情は、他者だけでなく、自分自身ですら飲み込み、暴走しがちである。
その事は、レベルⅨのサタンだったファイント自身が、一番良く分かっている。
ファイントは、周囲を地獄にするという能力を止めたかった。しかし、止まらなかった。
いまのスカレットも同じように、限度なく、際限なく、ただ全てを呪うべく、力が暴走していると、ファイントはそう考えているらしい。
「確か、敵のスカレットはレベルⅩなんですよね……」
「あぁ、あの時のファイントよりもレベルが1つ上だ」
レベルⅨの時ですら、ヤバイ事態だったのだ。
1つレベルが上がったら、どれだけ強くなるかを良く知っている俺からしてみれば、レベルⅩの暴走した災厄だなんて、考えたくもない。
ファイント曰く、この状況が続くと、スカレットを倒しても世界は元には戻らず、ただ暴走したスカレットの力により、誰も住めない不毛の地になってしまうんだそう。
あくまでも、彼女の考える『最悪な未来』だが、この状況だ。考えたくはないが、あり得る未来として、そうならないように行動するしかあるまい。
ともかく、俺達がいまする事は、早くレベルⅩになる事だ。
そして、そのレベルⅩになるための条件と言うのが----
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レベルⅩになるための試練
・自分と向き合え
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なにこの、下手なメンズコーチがしてきそうなアドバイス的な試練は。
この間の『世界を救え』以上に、意味不明すぎて、何から取り掛かるか、全く分からないんだけれども。
とりあえず、自分と向き合えと書いてあったので、基の世界であるこの地球へと戻ってきたが----何もないなぁ。おい。
手掛かりの1つもないというのが、めちゃくちゃ怖いんだけど。
「まぁ、良い。ファイント、俺はダンジョンに籠ろうと思う」
どうすれば良いか分からない以上、こうなったら敵を倒しまくるのが一番手っ取り早いだろう。
「あっ! だったら、マスターに1つ提案があるんですが♪」
「良いよ、なんでも言って良いよ。今ん所、この試練の解決法が何も分かってなくて、この間のココアみたいに思いついたことがあったら、それを試してみようと思うから」
こういう時は、なんでも良いから、試してみるに限るしな。
「では----私を含めた召喚獣の皆を、全員、召喚して欲しいんですが☆ その際、このダンジョンの入り口から出て、別のダンジョンに行く許可が欲しいんです☆」




