98話 仲間のために
衝撃の告白に、みんなが驚きの顔を作る。
何かを言おうとして……
でも、何も言うことができず……
場が沈黙に包まれる。
「ウチの昔のご主人様は、めっちゃ太ってて、特徴のあるヤツでなあ……一目見たら、忘れられないような、印象のある人なんや。だから……30年経った今でも、すぐにわかったわ。あぁ、この人はウチを殺したあの人なんや……って」
ティナが淡々と語る。
これ以上、空気が重くならないように、あえて淡々と話しているのかもしれない。
「って……す、すまんな。変な空気になってもうた。そんなつもりはなかったんやけど……」
「……」
「あ、あはは……」
ティナはカラ笑いを浮かべて……
それから、ハッと思い出したような顔になる。
「ご、ごめんな。中の様子のことやけど……最後に、ちょっと驚いたせいか、全部忘れてしもうた。警備の兵とか、私兵とか、ある程度いたような気がするんやけど、配置とか、すっかり頭から抜けてしもうて……堪忍な。もう一回、忍び込んでくるから……」
「……いや、それには及ばないさ」
「へ?」
ふつふつと、とある感情が湧き上がってくる。
その感情は全身に広がり、体に熱と力を与える。
その感情の正体は……怒りだ。
ティナを殺した人間が屋敷の中にいる?
そいつが、密猟者の取引相手?
ある意味で、ちょうどいい。
実に都合がいい。
ティナの仇を討つ絶好のチャンスだ。
ティナは、つい先日、出会ったばかりだ。
でも、時間は関係ない。
一緒に苦楽を共にする仲間だ。
一つ屋根の下で暮らす家族だ。
そんなティナのことを、苦しめたヤツがいる。
ただ、苦しめただけではなくて、殺したヤツがいる。
それから、30年もの孤独を与えたヤツがいる。
許せるはずがない。
「みんなは……」
「私達もいくよ、レインっ!」
カナデを始め、みんなが俺の意思に同意するように頷いた。
それぞれ、怒りを目に宿している。
みんなも俺と同じ気持ちを抱いていた。
ティナのことを想い……
ティナのために憤る。
「え? え? みんな……えっと、なにしてるん? ウチが、もう一回、中の様子を見てくるから……」
「いや、ティナは十分に役目を果たしたよ」
「そうそう。これ以上ないくらいに、がんばってくれたよ」
「あたし達の獲物が、ティナの仇であることも教えてくれたからね。大活躍よ」
「レイン。ソラとルナで、この屋敷を吹き飛ばしていいですか?」
「我は、久しぶりに頭に来たのだ! 許せないのだ!」
「……ん。わたしも……ゆるせない」
「屋敷を吹き飛ばすのはなしだ。ただ雇われているだけの人もいるだろうし、関係のない人もいるかもしれない。周囲に被害が出るかもしれないし……何よりも、そんなことをしたら、直接、殴ることができないだろう?」
「おおっ、それもそうだな! ティナを苦しめた輩を、簡単に楽にするなんて、とんでもないミスをするところだったのだ」
「えっと……みんな? なんで、そこまで怒ってるんや……? 全部、ウチの問題なのに……」
ティナが困惑気味に言う。
それに対して、返す言葉は決まっている。
「仲間だから」
「っ」
「ティナは、大事な仲間だ。家族だ。だから、それを害した者は許しておけない」
もう、小細工は不要だ。
真正面から敵の全てを叩き潰して……
ティナが味わった苦しみを倍返しにしてやる!
隠れるのはやめて、角から歩み出た。
まっすぐに屋敷に向かい、門番と対峙する。
「なんだ、お前達は?」
「ここは大商人、ジペック様の屋敷だ。用のない者は帰れ」
「用ならある」
「なに?」
「しかし、このような時間に面会の約束は入っていないぞ。一体、どんな用だ?」
「簡単な話だ……ジペックとやらを殴りにきた」
「にゃー……あなた達は、おとなしくしててね!」
「そこで寝てなさい!」
カナデとタニアが飛び出して、それぞれ、門番の腹を打つ。
一撃で意識を刈り取られて、門番は地面に倒れた。
それを見て、ティナが慌てる。
「えっ、ちょ……!? ホントに真正面から突撃するつもりなん!? 無茶苦茶やない!?」
「……ああ、そうだな。真正面から、っていうのはまずいか」
「ほっ……わかってくれたか」
「裏から逃げられるかもしれないからな。そちらも潰しておかないとダメか」
「わかってない!?」
「ソラ、ルナ。裏手を頼む」
「了解です」
「うむっ、我に任せておくがいい!」
飛行魔法を唱えて、ソラとルナが屋敷の裏手に飛んだ。
これで問題ない。
万が一にも、敵を逃がすことはないだろう。
「さてと」
改めて、ジペックの屋敷に向き直る。
まだ、表の騒動には気がついていないらしく、屋敷は静かなものだ。
俺達の行く手を阻むように、巨大な門が鎮座してる。
でも、こんなもので俺達を止めることはできない。
そのことを今から教えてやろう。
「ニーナ。ちょっと、力を貸してくれないか?」
「……んっ」
手を差し出すと、ニーナが握り返した。
空いている方の手で、短剣……『カムイ』を抜いた。
繋いだ手を通じて、ニーナの力が流れ込んでくる。
短剣が赤く輝き、炎のようなオーラを放つ。
「はぁっ!!!」
ガァアアアアアァッ!!!
短剣を振り下ろした。
荒れ狂う力が門を飲み込み、根本から吹き飛ばした。
周囲の鉄柵や塀も吹き飛び……
隕石でも落ちてきたかのように、屋敷の入口はメチャクチャになっていた。
「な、なにしてるんやっ!?」
「邪魔だから、門を壊したんだけど?」
「サラっと言うな、サラっと!」
「そんなに驚くことはしてないだろう?」
「しとるわ! むっちゃくちゃしとるで! っていうか、そんな大きな音出したらアカンやろ!? 中の人に気づかれるで!?」
「それが目的なんだよ」
「へ?」
いわば、これは宣戦布告だ。
今からお前を殴り飛ばしにいくぞ、という、ジペックに対する脅しだ。
少しくらいは驚いてくれただろうか?
怯えてくれただろうか?
でないと、つまらない。
ティナを苦しめた罪。
その身で償ってもらわないといけない。
「レインの旦那って、温厚そうに見えたんやけど……けっこう、無茶するんやな」
「そうかな?」
「そうやで。真正面から殴り込みをかける人、初めて見たわ……ホンマ、無茶するなぁ」
「ティナのためだ。無茶もするさ」
「あー……ウチはまだ、何も言ってないんやけどなぁ」
「迷惑か?」
「……それは」
考えるように、ティナが間を置いた。
口を閉じて、視線をさまよわせて……
あれこれと考えを巡らせているみたいだ。
ややあって、大人の顔色を伺う子供のような感じで、こちらを見る。
「ウチのことはともかく……レインの旦那や、みんなに迷惑かけてるやろ、ウチ……それは心苦しいから、みんなが無茶をする必要はないんやで?」
「これくらい、なんてことないさ」
「でもな……」
「それに、今無茶をしないでいつするんだ?」
「っ」
「ティナを苦しめた相手がすぐそこにいるんだ。過去の罪を償うことなく、のうのうと過ごしているんだ。そんなことは許せない。許せないけど……ティナが望まないのなら、やめる」
「ウチは……」
迷うように、ティナは目を伏せた。
無理もないと思う。
突然、自分を殺した相手と再会したんだ。
復讐したいか?
それとも、許すか?
そんな選択、すぐに選ぶことは難しい。
「俺がティナの立場だったら、許せないと思う。悔しいと思う。だから、ジペックとかいう腐ったヤツを殴ることにした。そう決めた。でも、これは、あくまでも俺の考えだ。ティナにまで強要するつもりはない」
「……」
「だけど……少しでも悔しいとか、許せないとか、そういう気持ちがあるのなら……遠慮なく言ってほしい。俺達が、ティナの代わりに、ジペックに罰を与えるから。ヤツがしてきたことに対する報いを与えるから。だから……正直な気持ちを教えてほしい」
「……許せるわけ、ないやろ」
拳を震わせながら。
唇を噛みながら。
心からの叫びを、ティナは口にする。
「許せるわけないやろっ!!!」
「……」
「ウチ、いきなり殺されたんや! 何もしてへんのに拷問されて……助けて、って何度お願いしても助けてくれなくて……! 虫のように殺されたんや……憎いわっ、復讐したいわっ!」
「……そっか」
「知っとるか……? ウチ、死んだ後に、家族の様子を見たことあるんや。おとんもおかんも、抜け殻みたいになってしもうた……ウチは見てることしかできなくて……っ!!! 悔しい……悔しい悔しい悔しいっ! ホントは、恨みを忘れたことなんてなかった! ずっと復讐したいと思ってた! ウチは、こんな目に遭わされて、相手を許せるような聖人やないんや! 一発ぶん殴らないと気が済まんのやっ!!!」
「なら、殴りに行こう」
「甘えて……ええの? 無理をさせて……ええの?」
「それが、仲間っていうものだろう? 俺は、ティナのことは仲間だと思っているよ」
「……なら、甘えさせてもらおうかな」
ティナが、そっと俺に寄りかかる。
実体がないけれど……それでも、温もりを感じたような気がした。
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