97話 過去の因縁
「おまたせーっ!」
しばらくしたところで、ティナと一緒にカナデが戻ってきた。
「ティナを連れてきたよー!」
「連れてこられたで」
これから悪徳商人の家に踏み込むというのに、いまいち、緊張感のない二人だ。
まあ、これくらいの方がいいか。
いい具合に、こちらの緊張もほぐれてくれる。
「やー、ずっと家に閉じこもってたから、ヒマでヒマで仕方なくてなー。そんな時に、カナデがやってきて、ウチを頼りにしてるって言うやないか? めっちゃうれしいで。レインの旦那には、色々と助けてもらってるし、ウチ、がんばるで!」
「うん。やる気があるのはいいことだけど、ちょっと、声を抑えような? 見つかると、面倒なことになるから」
「あっ、すまんすまん。ウチ、喋るの好きやからなあ……つい」
てへ、とティナが笑う。
ティナは30年以上生きているのだけど……
でも、幽霊なので、外見はまったく変わらない。
なので、そんな仕草をとると妙にかわいらしく見えてしまう。
まあ、それはさておき。
そろそろ本題に入ることにしよう。
「そこの角の向こうにある屋敷……わかるか?」
「わかるで。成金趣味全開で、悪趣味な家やな?」
悪趣味といえば、悪趣味なのかもしれない。
庭に黄金の像(?)とか、よくわからないオブジェが飾られているからなあ……
それにしても、ティナは容赦ないな。
……ただ単に、口が悪いだけなのかもしれないけど。
「今から、あの屋敷に踏み込みたいんだけど、中の様子がわからないんだ。魔法で調べようとしても、阻害されてしまう。そこで……」
「ウチの出番、っていうことやな!?」
「そうだけど……やけにうれしそうだな?」
「やー、ウチ、昼は外に出歩けないやん? 留守番してるしかないやん? だから、ヒマでヒマで仕方なくてなー。うちも、レインの旦那のために、何かしたいって思ってるんやで? だから、こういう風に力になれるってのはうれしいんや」
「力を貸してくれることはうれしいけど……どうして、そんなに協力的なんだ? 俺、そこまでしてくれるほど、大したことはしてないけど」
「したんやで。まったく、無自覚さんは困るなぁ」
した、だろうか……?
自分の行動を振り返ってみるものの、心当たりはない。
ティナと知り合い、強制的に成仏させることはなく、一緒に暮らすことにした。
それ以外のことは、何もしてないんだけどな。
「レインの旦那は鈍いなー」
「そんなことは……」
「あるよね」
「あるわね」
ないと言おうとしたら、思わぬところに伏兵が。
カナデとタニアが、ティナに賛同するように、うんうんと頷いている。
俺、何かしただろうか……?
「うち、ずっと一人やったんやで?」
「あ……」
「幽霊やから、基本、人と関わることはできへんし……こっそりと、隠れるように暮らさないといけないからな。そんなこんなで、30年、ずっと一人で過ごしてきたんや」
「ティナ……」
「でも、レインの旦那やみんなと出会って、ウチは一人やなくなった。それは、とても幸せで、うれしいことなんや。誰かと一緒にいることが、こんなに楽しいなんて……改めて、人と人の繋がりが大切っていうことに気がついたんや。だから、レインの旦那には、めっちゃめっちゃ感謝しとるんや」
「……そっか」
俺は、別に大したことはしていないつもりなのだけど……
それでも、ティナの孤独を癒やすことができていたのならば、それはうれしい。
「ってなわけで、レインの旦那のためなら、例え火の中水の中!」
「でもでも、ティナは幽霊なのだから、火も水も関係ないのではないか?」
「……」
ルナの冷静なツッコミに、ティナがたらりと汗を流した。
「ルナ。今のはいただけませんよ」
「むう……ひょっとして、我、空気を読まなかったか?」
「おもいきり読んでませんね」
「おおう……我としたことが、なんという失敗を。我はもう口を出さぬから、やり直していいぞ」
「いやー……そんなこと言われても、そういうわけにはいかへんで」
ティナが苦笑する。
ただ……これはこれで、楽しんでいるように見えた。
こういう風に、他愛のないおしゃべりもできなかったんだろうな。
だから、今は、本当に楽しいんだろう。
「さてさて。そろそろ、ウチが活躍するところを見せないとあかんな。役立たずに思われたくないしな」
「そんなこと思わないって」
「レインの旦那は優しいなあ。でも、これはウチの気持ちの問題や。ずっとおんぶにだっこじゃ申し訳ないで。ここらで一つ、力になりたいんや。がんばってくるでーっ!」
「ああ、頼んだ」
「任された!」
ティナはにっこりと笑う。
それから、ふよふよと浮かんで、屋敷の中に消えた。
「ティナ、大丈夫かな?」
「きっと大丈夫さ」
心配そうにするカナデを落ち着かせるように、そっと頭を撫でた。
――――――――――
30分ほど経っただろうか?
ティナは……まだ、戻ってこない。
「うにゃー……」
カナデは落ち着かない様子で、そわそわしていた。
他のみんなも同じような感じだ。
騒ぎが起きている様子はないから、ティナが見つかったということは考えづらいけど……
でも、不安だ。
心配だ。
こうして待っているだけというのは、なかなか辛い。
「遅いわね……」
「もしかして、捕まっているのでは?」
「それはないと思う。騒ぎになった様子はないからな」
「では、迷子になっているのではないか?」
「それはありませんね。ルナじゃないのですから」
「我は方向音痴ではないぞ?」
「……心配、だね」
不安そうにするニーナの頭を撫でて、落ち着かせてやる。
もう少し、様子を見て……
それでもティナが戻ってこなかったら、その時は、突入しよう。
何かが起きてからでは遅いからな。
「あっ!」
カナデの尻尾がピーンと立った。
視線を追うと、屋敷の屋根の辺りにティナの姿が見えた。
ティナは壁や塀をすり抜けて、ふわふわとこちらに移動してくる。
「おかえりーっ!」
「無事だったのね、よかった」
「遅いから心配しましたよ」
「……」
口々に、みんなが声をかける。
ただ、ティナはそれに反応しない。
うつむき加減で、青白い顔をしていた。
尋常じゃない様子だ。
屋敷の中で何があったんだ?
「ティナ、大丈夫か?」
「……」
「ティナ!」
「……あっ……レインの旦那」
強く呼びかけると、ようやくこちらに気がついた様子で、ティナはのろのろと顔を上げた。
……ひどい目をしていた。
ドロドロと色々な感情が煮詰められていて、この世の深淵を覗いてきたような目だ。
一体、屋敷の中で何が……?
「何があったのか、何を見たのか。話してくれないか?」
「……大したことは、あらへんよ?」
「そんなわけないだろう」
「……バレた?」
「バレないわけがないだろう、そんな顔をして」
「ウチ、そんなひどい顔しとる?」
「鏡、いるか?」
「あー……やめとくわ。ウチも女の子やからな。ひどい顔してるの見たら、うわー、ってなりそうや」
話をしているうちに、少しずつ、ティナの顔色がよくなってきた。
少しは落ち着きを取り戻したようだ。
「……今日はやめておくか」
「え?」
「ティナに無理をさせたくない。期限は定められていないから、多少、後ろに延びたとしても問題はないし……」
「レインの旦那は優しいなぁ……でも、そこまで気遣ってくれなくてもええんやで? むしろ、逆に辛いっていうか……言ったやろ? ウチは、レインの旦那の力になりたいんや」
「でも……」
「ウチのことなら平気や。ちょっと……嫌なことを思い出しただけやから」
「嫌なこと……?」
聞いていいのだろうか?
迷うけれど……
あえて、問い返してみた。
「あー……せやな、なんて言えばいいか……」
無理に話してもらおうとは思っていない。
でも、話してくれたのなら……
その時は、全力で、ティナを苦しめる『何か』を排除するつもりだ。
「……つまらない話やで? めっちゃ、個人的なことやし……」
「一人で抱え込むよりは、誰かに話した方が楽になるかもしれない」
「……ウチが生きてる頃、メイドやってた、っていう話はしたやろ? で、拷問好きの変態に殺された、っていう。その時の男が……この屋敷の主やったんや」
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