88話 ダブルブッキング
装備を整えたところで、依頼をこなすために街の外に出た。
そのまま森に移動する。
事前にナタリーさんに聞いた情報によると、密売人は森の動物達を中心に、乱獲をしているらしい。
目撃情報によると、中でも、保護指定されているホーンウルフが狙われているらしい。
ホーンウルフは、名前の通り、狼の仲間だ。
大人になると立派な角を生やす。
狼であるものの、比較的おとなしい種族で、こちらから手を出さない限り、人が襲われることはない。
ホーンウルフの角は加工がしやすい。
また、毛皮も上質なもので、昔、たくさんの人間に狙われた。
そのため、個体数が激減して、今では保護指定されている。
保護指定されると、狩りが禁止される。
ホーンウルフを狩れば、罰則が適用されて、最悪、投獄される。
そのため、ホーンウルフの安全は守られたかに見えたが……
世の中、悪いことを考える人は絶えない。
希少性が増したからこそ、ホーンウルフの角や毛皮の価値も高くなり……
一攫千金を求めて、密猟する者が現れるようになった。
「がんばって、ホーンウルフを守るよ!」
「んっ……がん、ばる……」
カナデとニーナが、やる気たっぷりだった。
カナデはともかく、ニーナまでやる気を出すのは珍しい。
それはそれで、良いことなんだけど……
おとなしい子だから、なかなか、気合を入れるような場面を見られなかったんだよな。
「妙にやる気だな?」
「もちろんだよっ」
カナデが、ふんすっ、と気合を入れながら答えた。
「私達猫霊族にとって、ホーンウルフのような動物は、ある意味で、親戚のようなものだからね。困っているなら、助けてあげないと」
「わたしも……同じ」
なるほど。
猫霊族と神族は、獣人族に近いものがあるからな。
ホーンウルフに親近感を覚えているのだろう。
「そういうことなら、二度とバカなことをしないように、きっちり犯人達におしおきしましょうか」
「タニアが言うと、なんか、別の意味に聞こえるぞ。いかがわしいな」
「どういう意味よ!?」
「そのままの意味だぞ?」
「不覚にも、ソラも少し同意してしまいました……」
「あのね……」
「おしゃべりはそこまでだ」
パンパンと手を叩いて、みんなの意識をこちらに向けさせた。
「ここから先は、ホーンウルフのテリトリーだ。どこかに密猟者がいるかもしれない。なるべく声は出さないで、静かに行動しよう」
「了解にゃ!」
「声が大きいわよ」
「しまった!?」
……隠密行動は無理かもしれない。
カナデを見ていて、そんなことを思ってしまう。
まあいいか。
探索なら得意だ。
小動物を複数テイムして、散らばらせればいい。
あるいは、小鳥と同化して、上空から探すという手段もある。
「レインっ、レインっ」
どちらの手段にしようか考えていると、カナデが真剣な顔をして、くいくいと俺の服を引っ張る。
「人の気配がするよ」
「え?」
「あっちの方から……二人、かな? 足音が近づいてくるよ」
カナデの耳は確かだから、間違いないだろう。
いきなり密猟者と遭遇したか?
「……みんな、戦闘準備を」
警戒態勢をとる。
ニーナも、今回は自分で戦うつもりらしく、身構えていた。
ちょっと心配だけど……まあ、普通の人が相手なら問題ないだろう。
ニーナは子供だけど、最強種なのだから。
「おっ、なんだ?」
「あなた達は、誰ですか?」
茂みをかきわけるようにして、戦士風の男と魔法使い風の男、二人組が現れた。
警戒はしているみたいだけど、敵意は感じられない。
密猟者というわけではなさそうだ。
警戒を解いていいと、みんなに手で合図を送り、一歩前に出る。
「俺はレイン、冒険者だ。ここにいるみんなは、俺の仲間だ」
「なんだ、同業者か」
「ということは、二人も?」
「ああ。俺は戦士のオーグ。こいつは俺の相方で、魔法使いのクロイツだ。ちなみに、Cランクだぜ。お前さんは?」
「俺もCランクだけど」
「は? マジか?」
「ふむ……ウソは言っていないみたいですが、あなたのような者がCランクとは……驚きですね」
「ったく、こんなガキをCランクにするなんて、ギルドは何考えてんだ? こんなことしてたら、冒険者の質が落ちたと周りに思われるじゃねえか」
「むかっ」
二人組の言葉に、カナデがこめかみをピクピクと震わせた。
……いや、カナデだけじゃない。
タニアもソラもルナも。
ニーナでさえも、不機嫌そうな顔をしていた。
「……一発、いっとく?」
「……私が許可するよ」
「……待て待て。冒険者同士のいざこざはまずい」
「……というか、この人たちはレインを知らないのですね」
「……あれだけのことをしたレインを知らないなんて、どういうことだ? おかしいではないか」
「……他所から来たばかりの人……なの、かも?」
「おい、なに、こそこそ喋ってんだ?」
「ああ……いや、なんでもないさ」
「ところで、二人は最近、ホライズンに来たとか?」
「そうですよ。私達くらいのレベルになると、各地を旅して回っているので」
「にゃるほど。ニーナの言う通りだね」
「って……よく見りゃ、嬢ちゃんは猫霊族か? そっちの子は竜族、しかも神族までいるのかよ」
「なるほど。納得しました。最強種が仲間というのならば、Cランクというのも理解できますね」
「違うよ! レインはレインの力でCランクになったんだよっ」
「言っておくけど、あたしのご主人様は、あんたらより数倍、ううん、数十倍も上だから」
「あぁ?」
カナデとタニアの反論に、オーグが不機嫌そうな声を漏らした。
いけないいけない。
みんなが、俺のために怒ってくれることはうれしいけれど……
でも、意味もなく他の冒険者と争うつもりはない。
俺が貶められるくらい、なんてことはない。
「えっと……二人も依頼の最中なのか?」
話を逸らすべく、そんなことを問いかけた。
「ん? ああ、まあな」
「私達は、この森で密猟している者を捕らえるという依頼を請けたのですよ」
「え?」
「ねえねえ、レイン。それって、私達と同じ依頼だよね……?」
「あん? どういうこった、そりゃ」
「実は……」
俺達も同じ依頼を請けていることを明かした。
「なんだそりゃ。俺達、別々のパーティーなのに、同じ依頼を請けてるのか?」
「もしかして、ダブルブッキングでしょうか?」
冒険者に対する依頼は、基本的に重なることはない。
一つの依頼を複数の冒険者が引き受けてしまうと、達成条件、報酬の分配で揉めやすくなるため、そういうことは回避している。
巨大な力を持つ魔物を倒す時などは、複数のパーティーに依頼が飛ぶことがあるけれど……
今回の場合は違う。
密猟者を捕まえるだけなので、一つのパーティーしか引き受けられないはずだ。
「お前らは、誰に依頼の仲介を頼んだんだ?」
「ナタリーさんだけど……」
「あー……俺らは別の人だ。たぶん、ギルドのミスだな。たまにあるんだよ、こういうことは」
「なるほど」
「ってわけだから、お前らは帰れ」
「なに?」
勝手に話を決められてしまうけれど、依頼を譲るなんてこと、了承した覚えはない。
こういう時は、まずは、話し合いをするものじゃないか?
それなのに、邪魔というように追い払われるようなことをされたら、さすがにムカッときてしまう。
「私達は帰らないよっ」
「っていうか、あんたらが帰ったら?」
「わたし達、が……がんばる、から……」
カナデ達も同じような感想を抱いたらしく、ムッとした様子で言葉を返した。
「あのな……レインって言ったか? お前、冒険者になってどれくらいだ?」
「レインは、一ヶ月くらいだよね?」
カナデが代弁してくれた。
「なんだよ、たったの一ヶ月か。それでCランクって……完全に仲間頼りじゃねえか」
「いいですか? 私達は冒険者になって、数年が経っています。いわば、あなたの先輩です。先輩のために退くことは、当たり前のことでしょう?」
「そんなよくわからない体育会系理論を語られても、ソラ達は納得できません」
「なぜ、年数が長いだけの冒険者を敬わなくてはならないのだ? というか、一月ほどでCランクになったのだから、レインの方が上ではないか。退くのは、お主らではないか?」
「このガキっ……」
ソラとルナの反論に、オーグが凶悪な表情になった。
言っても無駄かもしれないが、あまりこの二人を怒らせないでほしい。
羽を隠しているから気づいてないが、二人共最強種なのだから。
特にルナは色々とはっちゃけた性格をしているので、本気で怒らせると、色々と困った事態になる。
「なら、こうしませんか?」
比較的冷静なクロイツが、代案を提示する。
「今回の依頼について、どちらも譲る気がない。それならば、競争するしかないでしょう」
「つまり、早いもの勝ち……と?」
「ええ、そうですね。それが一番、わかりやすいのではないかと。まあ、もっとも。私達があなたに負けるなんてこと、ありえないですが」
わかりやすい挑発なので、別に頭に来ることはない。
それよりも、どうしようか?
Cランクの冒険者なら、かなりのベテランだ。
二人だけのパーティーということを考えると、腕は立つのだろう。
この二人に任せても、問題なく依頼は遂行できると思う。
ただ……
俺も男だ。
言われっぱなし、というのは少々癪だ。
「……わかった。それで構わないよ」
「決まりですね。オーグも、それで構いませんね?」
「ああ、いいぜ。こんなガキに負けるわけねえからな。最強種が仲間とかいっても、所詮、女子供だ。冒険者に必要なスキルなんて、持ってるわけがねえ」
「では、今から、私達は同じ依頼を請けるライバル、ということで。正々堂々と競うことにしましょう。まあ、ハンデとして、あなた方はどのような手を使っても構いませんけどね。私達の邪魔をしてもいいですよ? できるものならば……という助言をしておきますが」
余裕たっぷりの笑みを浮かべて、オーグとクロイツは、再び森の中に消えた。
「フシャー……! あいつら、ムカつくにゃ!」
「放っておきなさい。弱い犬ほどよく吠える、ってね」
「それにしても……レイン、よくぞ言った! 我は見直したぞ」
「そうですね。レインのことですから、争いを避けるために、あの二人に依頼を譲る可能性もあるかと思いましたが……」
「さすがに、言われっぱなしっていうのもどうかと思ってさ」
「うむっ、その意気込みだ!」
「がんばって……見返そうね……」
俺には、こんなにも頼りになる仲間がいる。
みんながいれば、あの二人に負ける気がしない。
「よしっ、やるか!」
「「「「「おーーーっ!!!!!」」」」」
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