86話 新しい冒険
小鳥のさえずりと、窓から差し込む朝日で目が覚めた。
……見慣れない天井だ。
そうか。
そういえば、昨日、引っ越したんだった。
ちょっと大げさかもしれないが、一国一城の主だ。
頬が緩んでしまいそうになる。
とはいえ、浮かれてばかりもいられないか。
この生活を維持できるように、これからもがんばっていかないといけない。
「うん?」
なにやら、隣に温かい感触が?
不思議に思い、視線を移すと……
「すぅ……すぅ……」
「……え?」
ニーナが、くるりと丸くなって、穏やかな寝息を立てていた。
あれ? え?
なんで、ニーナがこんなところに……?
困惑する俺のことはおかまいなしに、ニーナは気持ちよさそうに寝たままだ。
時折、耳がぴょこぴょこと動いている。
顔には微笑み。
良い夢でも見ているのだろうか?
「……一人は寂しかったのかな?」
ニーナはまだ子供だ。
それに、人間に襲われて、ひどい目に遭っていた。
そういう経験もあるから、一人になるのは寂しくて……ついつい、俺のところに潜り込んできたのかもしれない。
「おーい、ニーナ」
「……うゅ……」
「朝だぞ、起きろ」
「……やぁ……」
軽く肩を揺するものの、ニーナは起きてくれない。
朝に弱いのだろうか?
まいったな。
こんなところ、誰かに見られたら変な勘違いをされるかもしれないし……
「レインっ、おっはよー! 朝だよーっ!!!」
ばたんっ、と扉が開いて、カナデが元気よく入ってきた。
「あっ」
「えっ」
一緒に寝ているニーナを見て、カナデがピシリと固まる。
……今日は騒がしい朝になりそうだ。
「にゃああああああああああぁっ!!!?」
カナデのよくわからない悲鳴が、家中に響き渡るのだった。
――――――――――
家を出て、冒険者ギルドに向かう途中……
「にゃうー……」
カナデの針のような視線が俺に突き刺さる。
「ホントに何もなかったの?」
「ないよ」
「ホントにホント?」
「ホントにホント」
「ホントのホントのホント?」
「それ、キリがないから」
何度も何度も疑われてしまう。
俺、そんなに信用がないのだろうか……?
ちょっと凹んでしまう。
「いい、ニーナ? 女の子は、そうそう簡単に、男と一緒に寝てはいけないのよ。わかる?」
後ろの方では、タニアがニーナに、一緒に寝てはいけないと説いていた。
「え、と……どう、して……?」
「そりゃあ、ニーナがかわいい女の子だからよ。それで、男は獣だから」
「レイン……人間、だよ……?」
「えっと、そういう意味じゃなくて……」
「昨日は、寂しくて……わたし、悪いことした……? ごめん、なさい……」
「あっ、いや……ニーナが悪いわけじゃなくてね? その、なんていうか……」
ニーナに悪気がないだけに、タニアもどうしていいかわからないみたいだ。
「まさか、このようなところに意外な伏兵がいるなんて……」
「これは、油断ならないぞ」
「ソラ達も忍び込んでみましょうか?」
「待て。同じ手を使うというのは、新鮮味に欠けるのではないか? ここは、我らだけのオリジナルの手を使うべきだろうな」
「なるほど。こういう時のルナは、頼りになりますね」
「フハハハッ、そうだろうそうだろう! ……ん? 待て。その言い方だと、普段の我は頼りにならないみたいではないか」
「気にしすぎです」
「そうか。ならば構わないぞ」
ソラとルナは、よくわからないことを話していた。
ニーナの添い寝が、思っていた以上に、みんなに妙な影響を与えていたみたいだ。
「ねえねえ、レイン」
「うん?」
「今度、私もレインと一緒に寝てもいい?」
「ダメに決まっているだろう」
「えー、なんでなんで? ニーナは一緒に寝たのに」
「ニーナは子供だろう? カナデは、もう立派な大人なんだから」
「にゃうー……子供っていいなぁ」
カナデがよくわからない、羨望の眼差しをニーナに向けた。
ニーナはその意味が理解できず、きょとんとしている。
そんなことをしている間に、冒険者ギルドに辿り着いた。
Cランクに上がったことで、請けられる依頼が増えているかもしれない。
それに、最近は色々とあったせいで、冒険者としてまともに活動をしていなかったからな。
本来の役割を果たすべく、ギルドにやってきたというわけだ。
ちなみに、ティナは留守番だ。
幽霊なので、昼間は外に出ることができない。
残念そうにしていたけれど、こればかりはどうすることもできないので、悪いけれど我慢してほしい。
「こんにちは」
「あら、シュラウドさん。他のみなさんも、ようこそ」
中に入ると、ナタリーさんが笑顔で迎えてくれた。
「今日はどうされたんですか?」
「何か依頼を請けようと思って……オススメとかないかな?」
「そうですね……んー」
ナタリーさんは棚からファイルを取り出して、書類をパラパラとめくる。
「シュラウドさんはCランクになったばかりですが、カナデさんやタニアさんがいるし、大抵のことならば……そうですね、コレなんてどうですか?」
「密輸業者の摘発?」
「少し前のことなんですが、保護指定されている動物が街に持ち込まれるという事件が起きたんです。そこで調べてみると、どうも、保護指定されている動物を捕獲したり、狩りをしている人がいるみたいで」
「なるほど。でも、そういうことは騎士団の役目じゃないのか?」
「本来はそうなんですけど……今、騎士団は人手が足りないらしくて。人に危険が及ぶ事件ならば動いてくれるのですが、保護動物が対象となると、そこまで人手を割ける余裕はないらしくて……」
「あー……」
つい先日、他でもない俺達が、大半の団員を叩き出したからな。
ステラは、王都から補充の騎士が派遣されてくると言っていたが……
時間もかかるだろうし、まだ来ていないのだろう。
仮に補充されていたとしても、当分はごたごたしてしまうはずだ。
すぐに動くことは難しいだろう。
あの場では、最善の行動をしたと断言できるが……
それでも、責任を感じないといえばウソになる。
それに、ビーストテイマーとして、保護指定されている動物が被害に遭っているというのは、ちょっと見過ごせないものがある。
「わかった。じゃあ、この依頼を引き受けるよ」
「ありがとうございます。では、手続きをしてしまいますね」
ナタリーさんがぽんぽんと書類にハンコを押した。
それから、今回の事件の情報が記された用紙を渡してくれる。
「そういえば、報酬は?」
「くすっ、最後にそれを聞くんですか? シュラウドさんは、どこか抜けていますね」
「からかわないでくれ」
「報酬は、銀貨200枚になります。さらに、密売人を一人捕まえるごとに、銀貨10枚をプラス。さらにさらに、取引相手も捕まえれば、50枚プラスになります」
けっこうおいしい依頼だった。
うまくいけば、銀貨300枚くらい稼げるかもしれない。
家を買ったばかりだから、これはうれしい。
「シュラウドさんなら問題ないと思いますが……お気をつけて」
「ありがとう」
受付を後にすると、離れたところで様子を見ていたみんながやってきた。
「レイン、レイン。どんな依頼を請けたの? お魚食べ放題とか?」
「そんな依頼あるわけないでしょ。カナデは、どんだけ食いしん坊なのよ」
「にゃー……お魚、食べてない……お魚欠乏症で倒れそうだよ」
「見せてください……なるほど、密輸業者の摘発ですか。騎士団のような仕事ですね」
「ふむ、動物の密売か……ニーナなんて、真っ先に狙われそうだぞ」
「ふぇ!?」
「そういう脅かしをするな」
「ふぎゃん」
ルナの頭をコツンと叩いて、おしおき。
「さっそく、現場に向かおうと思うんだけど……問題は?」
「ないよーっ!」
カナデが元気に返事をして……それに追随するように、皆も頷いた。
久しぶりの冒険だ。
ちょっとだけわくわくしていた。
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