83話 みんなで食事
すでに日が暮れていたので、その日は宿に戻った。
契約は交わしたけれど、掃除などはしていないから、すぐに住めるわけじゃない。
そして、翌日。
朝からみんなで家の掃除をした。
埃一つ逃さない勢いで、隅から隅まで綺麗にして……
最後に、街で購入した家具を運び込んで、引っ越しが完了。
「おーっ」
すっかり見違えた家を目にして、ティナが感動するような声を漏らした。
「この家って、こんなに綺麗やったのか」
「俺達より前に住み着いていたのに、知らなかったのか?」
「ウチ、一人だけやったからなあ……幽霊やから、物動かすのしんどいんや。だから、必要最低限しか掃除をしなくてな」
「なるほど」
確かに、一人だとそういうところは面倒かもしれないな。
「……これからは、みんなで分担すればいいさ。一人じゃないんだからな」
「……せやな!」
にっこりと、ティナが笑った。
――――――――――
新しい家で初めて迎える夜。
みんなでテーブルを囲み、食事の時間になった。
「待たせたなー」
「今夜は、会心の出来だぞっ」
ティナとルナが料理をテーブルに運ぶ。
二人が一番料理に自信があるということで、任せたのだけど……
「おっ、おおおぉ、にゃあああああぁ♪」
カナデの目がキラキラと輝いた。
その反応で、二人が作った料理がどんなものであるか、察してほしい。
「すごいおいしそう! これ、ティナとルナが作ったの!?」
「せやで」
「うむっ、我らの協力の成果だ!」
「すごいねー、すごいねー。匂いもすごくいいし、食欲がそそられるよ♪」
今朝は、カナデはティナにびくびくしていたのだけど……
今はそんなことはなく、すごく気さくに話しかけていた。
食欲の力は偉大だ。
あるいは、カナデが単純なのだろうか?
……その両方な気がしてきた。
「どうしたのだ、レイン? 食べないのか? ソラには手を出させていないから、安心していいぞ」
「ルナ、それはどういう意味ですか?」
「そ、それは秘密だ」
「じゃあ、冷めないうちに食べようか。二人も席について」
ティナとルナが席についたところで、手を合わせる。
いただきます、と唱和して、さっそくごはんに箸を伸ばした。
「おぉっ」
とりあえず、目の前にあるスープを口にしてみた。
野菜の旨味がしっかりと出ていて、優しい味わいになっている。
「このスープは誰が?」
「あ、それはウチやで」
「すごくおいしいよ。飲んでいて落ち着くというか……なんか、いくらでも飲めそうだ」
「そ、そか? そう言われると照れるな……えへへ」
「このお肉! お肉は誰が!?」
カナデは、口の回りをソースでベトベトにしていた。
ごきげんな様子を表すように、耳をぴょこぴょこ、尻尾をふりふりさせていた。
「それもウチやで。秘伝のソースにたっぷりとつけて、時間をかけて焼くのがポイントやな」
「おーっ、にゃるほど! すっごくおいしいよ♪」
「ははっ、ありがとな」
「えっと……おかわり、ある?」
「あるで。ほいっ」
ティナが手を振るような仕草をすると、誰もいないキッチンから、肉が載った皿がふわふわと浮いてきた。
カナデはビクッと震えるものの、恐怖よりも食欲の方が勝ったらしく、すぐに肉に手を伸ばして、おいしそうに食べ始めた。
二人がうまくやっていけるかどうか、ちょっと心配だったのだけど……
この様子なら、問題なさそうだ。
「このサラダ、おいしいわね。ドレッシングが、今まで食べたことないんだけど……これはルナが?」
「うむっ、我の特製サラダだ」
「どんなものを使っているの?」
「そうだな……主に野生の木の実だな。それに調味料を加えて、食べやすいようにアレンジしたのだ」
「へー、器用なのね」
「我ら精霊族の主食は、野菜だからな。サラダなどを作らせたら、我の右に出るものはいないぞ。逆に、肉料理は苦手なのだ。あまり作ったことがないからな」
「なるほど、そういうものなのね」
「……」
ふと、ニーナの手が止まっていることに気がついた。
「どうしたんだ?」
「……ふぇ?」
「嫌いなものでも?」
「そうなのか? むむっ、好き嫌いはダメだぞ。我のように大きくなれないぞ」
「ルナは小さいと思いますが」
「ソラに言われたくないぞっ」
「あっ、その……そうじゃ、なくて……えと……不思議だなあ、って」
ニーナは、眩しいものを見るような顔をしながら、ぽつぽつと語る。
「こんな風に、楽しい……ごはん……本当に久しぶりだから……なんか、変な感じで……イヤ、じゃないの。うれしくて……楽しくて……でも、現実感がなくて……前は、色々と、諦めていたから……」
「……そっか」
「あ、と……ご、ごめんなさい……よくわからないこと、話して……」
「謝ることじゃないさ」
「そうですよ。そういうことは、気にしないように」
隣に座るソラが、そっとニーナを抱きしめた。
ニーナの尻尾がひょこひょこと揺れる。
喜んでいるみたいだ。
「たまに、思うの……」
「どんなことですか?」
「わたし……みんなと出会うことができて……すごく、幸せ……よかったな、って」
「ソラも、ニーナと出会うことができてうれしいですよ」
「我もだ!」
「私も!」
「同じく」
みんなが口々に言う。
ニーナと出会い、まだそれほどの時間が経っていない。
でも、時間は関係ない。
あれだけの事件を一緒に潜り抜けた仲だ。
俺達は、強い絆で結ばれていると、そう信じている。
「ニーナの気持ちは、ソラもよくわかります」
「そう、なの……?」
「ある意味で、ソラとルナはニーナと似ているかと。レインに助けられたところや、外の世界に連れて行かれたところ。同じですね」
「色々な意味で、我らはレインに助けられたな。もしもレインと出会っていなかったらと思うと、怖いな」
「そう、なんだ……」
二人の言葉を受け止めて、ニーナがほんわかとした顔になる。
とても落ち着いている。
出会った頃とは大違いだ。
あのニーナが、ここまで笑うようになって……
自分のことのようにうれしくなってしまう。
「……あのね、レイン」
「うん?」
「えと、その……あ、ありがとう……」
ほんのりと頬を染めながら、ニーナがはにかんだ。
「わたし、レインのおかげで……こういう風に、また、笑えるように……なった、よ?」
「そっか」
「だから……あのね……ありがとう」
「ニーナの力だよ、それは」
「ううん……レインが、助けてくれなかったら……ダメだったと、思うから……すごく、感謝しているの……ありがとう」
「……どういたしまして」
まっすぐな感謝の気持ちを向けられて……
少し、照れくさかった。
「レイン……ソラも、感謝を示します」
「我もだ」
「二人まで……」
「助けてくれたことはもちろん、ソラ達を仲間にしてくれたこと、うれしいです」
「おかげで、外の世界を知ることができたのだ。あのまま森に引きこもっていたら、我らは矮小な身のままだっただろう」
「ルナ、引きこもりとか言わないでください」
「事実ではないか」
「とにかく……感謝しているのです。ニーナの話を聞いて、ソラ達も、改めてそのことを伝えておきたくて……ありがとうございます」
「ありがとうなのだ!」
「……うん。二人の気持ちは受け取ったよ」
ニーナと……ソラとルナとの間に絆を感じる。
目には見えないけれど、確かに、そこに存在した。
「良い話やなあ……ウチも、みんなみたいになれるかな?」
「こんなにおいしいごはんを作れるんだから、何も問題ないよ♪」
「どんな根拠なのよ、それ」
「私の勘!」
「適当じゃない!」
「なら、直感!」
「変わらないわよっ」
カナデとタニアのかけあいに、みんなが笑う。
楽しい夜は賑やかに過ぎて……
しばらくの間、みんなの間に笑顔が絶えなかった。
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