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82話 家、ゲット

 ひとまず、外にいるナタリーさんも呼んで、リビングで話をする。


「まずは、自己紹介からしようか。俺は、レイン・シュラウド。冒険者で、職業はビーストテイマーだ」

「猫霊族の……カナデ、だよ……?」


 あれから少しして、カナデは目を覚ました。

 幽霊がおとなしくなったものの、まだ怖いらしく、俺の背中にしがみつくようにしている。


「あたしは、タニア。誇り高い竜族よ」

「ソラは、ソラです」

「我はルナだ! ふふんっ、崇めてもよいのだぞ?」


 ナタリーさんの前ということもあり、二人は、いつものように羽は魔法で隠して、種族名は伏せた。


「え、と……ニーナ、です……一応、神族……です」


 ぺこりとお辞儀をするニーナ。

 おどおどとしているものの、きちんと挨拶ができている。


「私は、ナタリーです。冒険者ギルドの職員で、今日は、この家をレインさん達に案内しました」


 一通りの自己紹介が終わり、最後に、幽霊が口を開く。


「ウチは、ティナ・ホーリや。昔、他の街でメイドをしてたんやけど……30年前にちょっとしたことで死んでしもうて……以来、あちこちをさまよい、ここにたどり着いた、っていうわけや」


 独特な喋り方をする子だ。

 見た目は俺達とさほど変わらないけど、幽霊になって30年、生きているわけで……

 そのギャップのせいか、年上っぽさを感じる。


「ティナは、ずっと昔からここに?」

「いや、そんなことないで。ウチがここに住み着いたんは、わりと最近やな。ウチ、地縛霊とちゃうから、特定の建物に縛られることなく、移動できるんや」

「あっ……もしかして、少し前に不気味な人影が出没する、っていう事件が起きましたが……それは、ホーリさんの仕業なんですか?」

「ま、まあ……そうかもしれんな」


 ナタリーさんの問いかけに、ティナは素直に自分の犯行であることを認めた。

 気まずそうな顔をしているところを見る限り、わざとではないのかもしれない。


「以前、住んでたところが取り壊されてしもうてな。それで、新しい住処を探して、ふらふらーっとしてたんや。驚かせてしもうたら、堪忍な」

「まあ、被害はなかったので構いませんが……でも、この家を不法占拠している問題は別ですよ」

「うっ」

「察するに、ティナさんはこの家を新しい住処にしたんですね? そのせいで、この家の価値は急落。誰も買い取ってくれない、幽霊屋敷になってしまったんですからね」

「それは……その、悪かったと思ってるで」


 しゅん、となって反省するティナ。

 こうして話せば話すほど、人間らしさを感じる。


 幽霊っていうものは、普通、自我を保っていない。

 当たり前だ。

 実体がないのだから、思考するために必要な脳もない。

 そんな状態でまともな意識を保てるはずがない……のだけど。


 どうも、ティナは特別な幽霊らしい。

 こうして普通に話ができるし、喜怒哀楽といった感情も窺える。


「どうして、ティナは幽霊なんかに?」


 ティナの素性に興味が出て、そんなことを尋ねてみた。


「ん? 大した話やないで」

「それでも、よかったら聞かせてくれないか」

「んー……ま、かまわんで。レインには、助けてくれた恩があるからな」


 にかっと笑うティナ。

 やはり、幽霊とは思えない。


「ウチは、見ての通りメイドやったんや。30年前、とある屋敷に勤めていたんやけど……まあ、その屋敷の主が、めっちゃくちゃひどいヤツでな。極度の女好きで、しかも、拷問好きの変態と来た」

「それは……」

「当時のウチは、そんなことは知らなかったからな。なんも知らず働いて……なんも知らず、主に殺されてしもうた」


 いきなり重い話になってしまった。

 話を振った身としては、かなり気まずい。


 しかし、ティナはそんなことは気にしてないというように、快活に笑う。


「なはは、レイン達が気にすることないで。もう30年も前のことやし、大して覚えとらんわ」

「それでも……ごめん。嫌なことを思い出させただろう?」

「だから、気にしてないゆーてるやろ? ホント、大体のことは忘れてもうたし……幽霊になったけど、これはこれで快適やからな」

「そっか……そう言ってくれると、助かるよ」

「あんさん、変なヤツやなあ……幽霊相手に頭下げるなんて」

「そうか?」

「レインは変だよね」

「変ね」


 カナデとタニアが追随した。

 見ると、ソラとルナも、うんうんと頷いている。


「わわっ……へ、変じゃない……よ?」


 ニーナは否定してくれるものの、気を使われている、という感じがした。

 俺、変なのか……?


「確認になりますけど、ホーリさんは、地縛霊じゃないんですね?」


 ナタリーさんが怖い顔をして聞く。


 やはり、冒険者ギルドとしては、ティナを放っておくことはできないのかもしれない。

 管理する物件に幽霊が住み着いているなんて、問題だからなあ……

 どうにかしたいと思っているはずだ。


「せやな。ここは、単に流れ着いただけだから、この建物に囚われてるってことはないよ」

「なら、出ていってくれませんか?」

「えぇっ」

「ティナさんがいるせいで、この物件、誰も契約してくれないんですよ? 値段は急落するし、ギルドの管理能力も疑われるし……損害賠償を請求したいところです」

「ウチ、金なんて持ってないで……?」

「わかっています。ですから、そこは問いません。でも、これ以上、放置しておくわけにはいきませんから……なので、出ていってください」

「そんなぁ……やっと、雨風しのげる、いい場所を見つけたと思うたのに……」


 幽霊でも、家は必要らしい。

 追い出されるかもしれないと、ティナはすごく困った顔をしていた。


「……なあ、カナデ」


 そっと、背中のカナデに声をかける。


「にゃ……?」

「ティナは怖いか?」

「うー……」


 なんとなく、俺の言いたいことを察してくれたらしい。

 カナデがなんともいえない声を漏らす。


「……怖いよ」

「……そっか」

「でも……怖いけど、仲良くなれるかもしれない……かな」

「ありがとな、カナデ」

「にゃふぅ」


 ぽんぽんと頭を撫でると、カナデは落ち着いたように、笑みをこぼした。


「ナタリーさん。質問があるんだけど……」

「はい、なんですか?」

「例え、ティナが立ち去ったとしても、この家の価値って、元に戻るものなのか?」

「うっ……それは」


 丘の上にある家は、本当に幽霊が出るらしい。

 一度、そんな噂が定着してしまうと、払拭するのはかなり大変なことだ。

 もうそれなりの人に知れ渡っているから、なおさら難しいだろう。


 ティナが立ち去ったとしても、それを証明する術がない。

 この家は、この後も、幽霊が出る家として語られるだろう。


 そのことはナタリーさんも自覚しているらしく、がっくりと肩を落とした。


「……元に戻りませんね。一度、出るという噂がついてしまうと、払拭することはかなり難しいですから」

「だよな」

「だからといって、このまま放っておくことは……もしかしたら、こういう物件でも構わないという変わり者の方が出てくるかもしれません。そういう時のために、ティナさんには退去を……」

「その変わり者が、ここにいるんだけど」

「え?」

「この家を買いたいんだ。ティナはそのままで構わない」

「いいんですか?」

「ええの?」


 ナタリーさんとティナが、揃って小首を傾げた。

 仕草が似ていて、ちょっと笑いそうになってしまう。


「それが一番の解決方法のような気がするんだけど、どうだろう?」


 ティナは、せっかく見つけた家を出ていきたくない。


 ナタリーさんは、曰く付きの物件をなんとかしたい。

 ティナを追い払ったとしても、契約者が現れるかわからない。

 値も吊り上げることはできない。


 ならば、俺が契約してしまい、ティナごと受け入れてしまうのが一番だ。

 ナタリーさんも、ギルドのしがらみがなければ、ティナを追い払いたくないと思っているはずだ。

 色々と気にかけてくれているし、優しい人だと思うんだよな。


「……」


 顎に手をやり、ナタリーさんは考えるような仕草をとる。

 そのまま少し。

 ややあって、苦笑をこぼした。


「……どうも、それが一番みたいですね」

「契約成立かな?」

「シュラウドさん、なかなか商売上手ですね。一番良い落とし所を、こうも簡単に見つけるなんて」

「たまたまだよ」

「幽霊も一緒に受け入れてしまうなんて、なかなかできることではありませんが……さすがというべきでしょうか」


 ナタリーさんが書類を差し出してきた。


「こちらにサインを。それと、今、金貨十枚を払えますか?」

「問題ないよ」


 言われるまま、サインをした。

 それから、金貨十枚を渡す。


「はい、これで契約完了です。今日から、この家はレインさん達のものです。ティナさんの処遇も、レインさん達におまかせします。それでは、また」


 ナタリーさんが一礼して、家を後にした。


 ぽかん、としているティナに手を差し出す。


「というわけで……これからは、俺達も一緒にいていいか?」

「あっ……も、もちろん! 本来は、ウチが出ていかなくちゃいけないのに……置いてもらえるなんて、感謝や!」

「よ、よろしくね……?」

「壁とかすり抜けないでよ? びっくりするから」

「よろしくおねがいします。メイドということは、料理を作れるのでしょうか? よければ、ソラに教えてください」

「よろしくなのだ! で……ソラに料理は教えなくていいからな?」

「よろしく……ね」


 みんながそれぞれ挨拶をして……


「よろしくや!」


 ティナが笑顔で応えて、俺の手を取った。

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