81話 ファントムテイム
「デテイケッ!!!」
幽霊の敵意に満ちた声が響いた。
これ以上、のんびりとしているわけにはいかない。
カナデのことがある以上、ここから逃げることはできない。
ならば、迎え撃つまでだ!
「ソラっ、ルナっ。浄化できるか!?」
「任せてください!」
「我が破壊魔法で一撃なのだっ」
「破壊してどうするんですかっ、浄化するんですよっ」
「わかっているのだ! ちょっといい間違えただけなのだ」
「いきますよ、ルナ!」
ソラとルナの手の平に、魔力の光が集中する。
「「ホーリーサークル!!」」
魔法陣が幽霊の足元に出現した。
ぐるりと魔法陣が回転して……
白光が立ち上がる!
光が幽霊を包み込み……
その後には、何も残らなかった。
「……やった、のか?」
「いえ……手応えがありませんでした。おそらく、直前にアストラルサイドに逃げられたかと」
「アストラルサイド?」
「幽霊は、物質界と精神界の間に存在するものです。両方の世界に行き来が可能で、精神界に逃げられた場合は、普通の方法では捕らえることができません」
「二人の魔法でどうにかならないか?」
「アストラルサイドにも影響を及ぼす魔法は、いくつか使えますが……」
「最低でも上位魔法だから、破壊力も抜群だ。この家を吹き飛ばしてしまうかもしれないぞ? それでもいいなら、やるが……」
「……少し様子を見よう」
できることならば、家は壊したくない。
良い拠点になるかもしれないし……
何よりもまだ契約をしていないので、そんな勝手はできない。
もちろん、みんなに危害が及ぶようなら、迷うことはないが……
ひとまずは、様子を見た方がよさそうな気がした。
「……」
みんなで背中を合わせるようにして、周囲を警戒した。
倒れたカナデは、ニーナが介護する。
さあ、来るなら来い!
こちらは、準備万端だぞっ。
「……」
警戒すること……五分。
「デテイケッ!!!」
相変わらず、幽霊の鋭い声は響くものの……
それ以外は、特に何も起こらない。
「……ねえ、レイン」
「……なんだ?」
「……あたし、思ったんだけど、あの幽霊、あたし達を攻撃する手段がないんじゃない? だから、声を出して怖がらせることしかできない、とか?」
「……」
微妙な空気になってしまう。
「……で、デテイケ……」
もしかしてもしかしなくても、図星だったらしい。
動揺しているらしく、幽霊の声が震えていた。
「はぁ……こんなヤツを相手に、ここまで緊張することになるなんて」
「あたし、一気に疲れたわ……そうそう、カナデは大丈夫?」
「……ん。少し、頭を打っただけ……すぐに、目を覚ますと思うの……」
「そ、良かった。じゃあ、さっさと終わらせちゃいましょうか」
タニアが変身の一部を解除して、翼を顕現させる。
それはつまり、ある程度、本気を出すという合図だ。
「おい、タニア?」
「ちまちまと隠れて……あたし、そういうヤツを相手にするのって、面倒なのよね。この家ごと、幽霊を吹き飛ばしてあげる」
タニアは、すぅっと息を吸い込み……
って、それはドラゴンブレスの構え!?
「おいっ!?」
「いくわよっ、まとめて吹き飛ばしてあげる! あたしのブレスは、アストラルサイドにも効果があるんだから、逃げても、どこに隠れても、無駄よ!」
「わーーーっ、わぁあああっ!? 待って、ちょい待てやーーーっ!!!?」
幽霊が壁から飛び出してきた。
よっぽど慌てているらしく、言葉遣いが変わっている。
「そういう時は、諦めて帰るってのが基本やろ!? なんで、まとめて吹き飛ばそうとするんや!?」
「ふふん、出てきたわね」
「え?」
「こんなところでブレスなんて放つわけないでしょ。レインがまだダメ、って言ってるし。今のは、あんたを誘い出すためのハッタリよ!」
「おー」
ニーナが感心した様子で、パチパチと拍手をした。
その後ろで、ソラとルナが微妙な顔をする。
半分くらいは、本気で家を吹き飛ばすつもりだったよね? ……と、言いたそうだ。
「ソラっ、ルナっ」
なにはともあれ、この機会を逃すわけにはいかない。
ソラとルナに合図を送る。
二人は俺の意図を瞬時に察してくれて、それに合わせた魔法を解き放つ。
「「セイクリッドシール!!」」
二人の手の平から光があふれた。
光のカーテンが床、壁、天井を覆う。
「この部屋を結界で包み込みました。これで、アストラルサイドに逃げることは不可能です」
「壁をすり抜けたりすることもできないぞ。ふはははっ、見たか、我の力を!」
「よくやったな、二人共」
二人の頭をぽんぽんと撫でてから、幽霊に向き直る。
「さて……はじめまして、と言うべきか?」
「ぐぬぬぬっ……」
「とりあえず、話をしないか? どうも、君は悪い人……悪い幽霊には見えない。無意味に人を害するようなことをするとは思えない。だから、話をしたいんだけど……」
「こうなったら、あんたを……!!!」
幽霊がやぶれかぶれの特攻をしかけてきた。
おそらく、俺の体に取り憑くつもりなのだろう。
「レインっ!!!?」
誰かの悲鳴。
しかし、安心してほしい。
やぶれかぶれの特攻なんて通用しない。
「止まれっ!」
「っ!?」
俺の力ある言葉に反応して、幽霊がピタリと宙で止まった。
「え? え? あれ、どうしてや……な、なんやコレは!? 体が、うぐぐぐ、動かないっ」
何をした? と言うように幽霊がこちらを睨む。
気を抜かず……それでいて、不敵に笑ってみせる。
「俺は、ビーストテイマーなんだ」
「そ、それがどうしたっていうんや」
「で、インセクトテイマーの技術もあって……昔、故郷で、ファントムテイマーについて習ったこともある」
ファントムテイマー。
文字通り、幽霊を使役するという、数少ない職業だ。
今まであちこちを旅してきたけれど、故郷にいた隣のおじさん以外に見かけたことがない。
「は、はぁ!? ウチら幽霊を使役する、って……えっ、ちょっと、それ、マジで言ってる!?」
「マジだ。まあ、俺は習っただけで、習得はしていないんだけど……」
「ぐぬぬぬっ……やっぱり、動けないしぃ!」
「君は、普通の幽霊とは違って、ハッキリとした人格が残っている。どちらかというと、人間に近い存在だ。だから、俺の言葉が利く」
「うわ……また出たわ、レインのとんでも能力が」
「幽霊までテイムするなんて……さすがに、これは驚きですね」
「うむ、さすがレインだ。我の主ということはあるな。誇らしいぞ」
「……おー」
珍獣を見るような目を向けないでほしい。
「ぐっ……う、ウチは幽霊歴30年の若輩者やけど、これくらいで……!」
「止まれ」
「ふぎゃ」
二度、命じると、幽霊はその場にこてんと落ちた。
それでもまだ、元気が残っているらしい。
じたばたともがいて、なんとか逃げ出そうとしている。
「動くな」
「うっ……!?」
三度目の命令。
今度こそ利いたらしく、幽霊は動きを止めた。
「手を後ろに。動くことを禁じる。そして、俺達に危害を加えることも禁じる」
「うっ、うううぅ……」
全てを封じられた幽霊は、
「……う、ウチの負けや」
がっくりとうなだれて、敗北を認めてくれた。
「もう観念するわ……さあ、煮るなり焼くなり、好きにせい!」
「そんなことはしないって」
「へ?」
「話をしたい、って言っただろう?」
「……あれ、ホンマのことなのか?」
「そう言っただろう? 俺は、そんなことでウソはつかない」
「……変わった人間やなあ。ははっ」
幽霊は、文字通り憑き物が落ちたみたいに晴れやかな顔をして、小さく笑う。
「好きにせいや。ウチは敗者や。あんたらの言うことに従うわ」
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