80話 幽霊屋敷
街を見下ろすように、その家は丘の上にあった。
二階建ての木造家屋。
敷地面積は広く、部屋は10を超えるらしい。
風呂がアリ。キッチンも完備。
オマケに、スポーツができるくらいの庭もアリ。
そんな家が、たったの金貨10枚。
しかも、賃貸じゃない。
文句のつけようのない物件だ。
……ただ一つ。
幽霊が出るということ以外は。
「こ、ここが……?」
俺の手を握るカナデが、恐る恐るという感じで家を見た。
尻尾がぷるぷると震えている。
何か嫌な空気でも感じ取っているのだろうか?
「へぇ、良いところじゃない」
カナデとは正反対に、タニアはご機嫌だ。
こんなに良い家が金貨10枚なんて信じられない、という様子で、にこにこしていた。
「確かに、街からは遠いかもしれませんね。中心部から離れていて……外に近いです」
「だが、この場合、それはプラスに働いていないか? 街中だと、周囲がうるさいぞ? あと、自然が多いところも好印象だ! うむっ、良い感じだ」
「そうですね。自然が多いところは、ソラも良いところだと思います」
「我の部屋は二階がいいぞ。丘の上だから、二階からの景色はとても素晴らしそうだっ」
ソラとルナも気に入ったらしい。
まだ契約をしていないのに、すでに部屋の話をしていた。
気が早いな、と苦笑してしまう。
「ニーナはどう思う?」
「えと、えと……い、いいと思う……」
「気に入ったか?」
「……ん」
ニーナも賛成。
残りはカナデだけど……
「うぅ……」
賛否を問うのは、幽霊の問題を解決してから……かな?
今の状態で聞いても、とてもじゃないだろうけど乗り気になれないだろうし……
問題を解決した後できちんと確認してもらい、それから問いかけたい。
個人の問題じゃなくて、俺達みんなの問題だ。
俺も、この家はかなりの良物件だと思うけれど……
カナデが反対するのならば、やめておこう。
「大丈夫だ、カナデ」
「にゃあ……?」
「俺がついているから」
「……うんっ」
少し安心してくれたらしく、カナデが笑顔になる。
「……ん。やっぱり、カナデは笑顔の方がかわいいな」
「ふにゃ!? か、かわいい、って……あうあう」
「どうかしたのか?」
「どうかするよぉっ……もう、レインはさらりとそういうことを言うんだから」
さて。
それじゃあ、家の中を見てみようか。
「って、ナタリーさん?」
家の中に入ろうとするけれど……
ナタリーさんは俺達を見送るように、その場から動こうとしない。
「どうしたんだ?」
「いえ……私は、内見は遠慮しておこうかな、と」
「どうして?」
「この物件に幽霊が出るのは、本当のことなので……いざという時、私が一緒にいると足手まといになってしまいますし。なので、私は外で待っていますね」
「そう……か?」
「では、いってらっしゃい」
ナタリーさんは、どことなく怯えているみたいだった。
この家に宿る幽霊を見たことがあるのかもしれない。
それならば仕方ないと、外で待っていてもらうことにした。
何が起きてもいいように警戒しつつ、俺達は家の中に入る。
「おー、広いわね」
「ホントだな! 先日の領主の館に似ているのではないか?」
「あれほどの大きさ、広さはありませんが……構造は同じものかもしれませんね」
扉を抜けると、大きな部屋に出た。
奥にキッチンらしき設備。
部屋の左右に通路が伸びていて、各部屋に繋がっている。
その先に、それぞれ、二階に上る階段が見えた。
「くしゅんっ」
ニーナがかわいらしく、くしゃみをした。
「大丈夫か?」
「……ん。鼻が、むずむず……って、したの……」
「埃がすごいですからね」
「見る限り、まったく掃除されていないみたいだな。一体、どれだけの間、放置されていたのやら」
「その割に、建物自体は傷ついてないわよね。ほら、この柱なんて、ちょっとした小さな傷や汚れがあるくらいで、それ以外はまともよ」
「……にゃっ!?」
みんなであれこれ言いながら建物を見ていると、突然、カナデがピーンと尻尾を逆立てた。
耳も尖り、ピクピクとせわしなく震えている。
「どうしたんだ、カナデ?」
「にゃ、にゃんか……変な気配がするよ……?」
「変な気配? あたしは何も感じないけど……」
「するっ、するから! 何かが近づいてくるよっ!」
「……みんな、俺のところへ。最大限の警戒を」
鋭い勘と気配察知能力を持つ猫霊族のカナデの言葉だ。
怖がっている、なんて決めつけて、言葉を軽んじるわけにはいかない。
そのことはみんなも理解しているらしく、すぐに真剣な表情になる。
カナデを守るように、円陣を組んだ。
前後左右、360度を警戒する。
これならば、どこから、見知らぬ何かが現れても対処できるはずだ。
「……」
息を殺すようにして、待機すること少し。
部屋の奥で埃を被っていた椅子が、突然、カタカタと震え出した。
「な、なによっ?」
「わ、我は何もしておらぬぞ? いたずらではないからな!」
「ということは、これは……ポルターガイスト現象?」
「ふにゃあああ……」
次々と椅子が暴れだして、さらに、テーブルまで震え始めた。
俺達は何もしていない。
本物の怪奇現象を目の前にして、カナデが泣きそうな顔になる。
「……イケ……」
「うん?」
「ちょっとレイン。今、何か言った?」
「いや、何も……タニアじゃないのか?」
「あたしだって、何も言ってないわよ」
「わたし、も……違う、よ……?」
ソラとルナを見る。
二人揃って、首を横に振る。
と、いうことは……
「デテ……イケ……」
地の底から這い出てくるような、そんな声。
男とも女とも区別がつかない。
思わず寒気を感じてしまうような声が、家の中に響いた。
「……デテイケ……」
声と共に、椅子とテーブルがさらに激しく震える。
「にゃあああああっ、出た、出たよぉおおおおおっ!!!?」
「か、カナデ、落ち着いて!」
「うううぅ、レイン……こ、腰が抜けちゃいそう……」
「大丈夫だ。ほら、俺がいるから」
少しでも恐怖が和らぐように、カナデの手をしっかりと握る。
それで、少しは落ち着いてくれたらしい。
足をガクガクと震わせながらも、カナデは正気を保っていた。
……が、それも長くは続かなかった。
「デテイケッ!!!」
一際強い声が響いた。
それを合図にしたように、何もない空間がぐにゃりと歪む。
白い煙のようなものが渦を巻いて、一箇所に集まる。
そして……
体が半透明に透けた、女の人が宙に現れた。
歳の頃は、俺達とそんなに変わらないだろう。
ただ、肌の色は病的なまでに白く、体も透き通っている。
メイド服のようなものを着ているが……
そんなかわいらしさとは正反対に、顔は、鬼のような形相をしていた。
「……あふぅ……」
「カナデ!?」
カナデの体から力が抜けて、ふらっと倒れてしまう。
耐えきれずに失神してしまったらしい。
まずい!
今、ここで何かをされた場合、逃げることができない!
カナデを放置するわけにはいかないし、かといって、すぐに助け起こすことができるかどうか。
それだけの時間、相手が待ってくれるかどうか。
思いがけないところで、俺達は追い詰められてしまう。
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