8話 漆黒の牙
盗賊たちを全て倒したところで、商人に声をかけた。
「大丈夫か?」
「は、はい……危ないところを助けていただき、ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
商人は我に返った様子で、慌てて頭を下げた。
「怪我はしていないよな?」
「はい。私も御者も、問題ありません」
「こんなところを護衛もなしに移動するなんて、ちょっと無防備じゃないか?」
「いえ、護衛は雇っていたのですが、不利になると逃げ出してしまって……」
「ひどい連中だな」
「もう過ぎたことです。それよりも……」
商人は震えながら言う。
「先程、この連中の口から『漆黒の牙』という言葉が……本当にあの『漆黒の牙』だとしたら、早く逃げないといけません……あぁ、なんということだ。あの連中に目をつけられてしまうなんて……」
「そんなに厄介な連中なのか?」
勇者パーティーにいたせいで、世間の情報は疎い。
「血も涙もない連中です。獲物は全て皆殺し。逆らう者も皆殺し。腕の立つ者がたくさんいるらしく、多くの冒険者や国の兵士が返り討ちにあっているみたいでして……」
「なるほど」
緊急事態とはいえ、そんな連中にケンカを売ってしまった。
そのことは一片たりとも後悔していないが……
このまま放置しておくと、面倒なことになりそうだ。
「く、くくくっ……」
地面に倒れている盗賊の一人が唇を吊り上げた。
「てめえらは、もう終わりだ……その顔は、ばっちりと覚えたからな……家族、親戚、友人……全部、皆殺しにしてやるよ……」
「それは脅しか?」
「これから起きる事実だよ……ははっ、ざまあみやがれ」
まるで反省してる様子がない。
他の連中も似たような感じだ。
となると、ここにいない『漆黒の牙』のメンバーも、同じタイプの人間と判断した方が適正だ。
「なら、全員捕まえるか」
「「は?」」
商人が目を丸くした。
カナデも目を丸くした。
「い、今、なんとおっしゃいましたか……?」
「こんな危険な連中、放っておくわけにはいかないだろ? 復讐だなんだので、後で付け狙われても面倒だからな。今のうちに潰しておくに限る」
「えっと……レイン、それはちょっと無茶じゃないかな?」
「どうしてだ?」
「相手は百人を超える規模の盗賊団だよ? 私は特に問題ないけど、レインは人間だから……私と契約しているといっても、さすがに、百人を相手にするのは厳しいと思うよ?」
「そうでもないぞ」
「にゃん?」
「まあ、俺に任せてくれ」
――――――――――
尋問したところ、『漆黒の牙』のアジトは街道を外れた洞窟にあるらしい。
捕虜にした盗賊を商人に任せて、俺達は洞窟へ向かう。
「……見つけた。あそこだよ」
カナデの嗅覚などを頼りに、洞窟にたどり着いた。
さきほどと同じように、木陰に隠れながら様子をうかがう。
入り口に見張りが二人いる。
「あの洞窟で間違いないか?」
「うん。『漆黒の牙』は、洞窟をアジトにしている、って話らしいから。洞窟の中から、たくさんの声がするから、どこかに出かけている、っていうこともなさそう」
「よし」
「どうするの? さっきみたいに突っ込む? あ、でもでも、今度は私が前に立つからね? いくらなんでも、レインには厳しいと思うから」
「その通りだな。でも、闇雲に突っ込むなんてことはしない」
指名手配されるほどの盗賊団のアジトだ。
中は大量の罠であふれているだろう。
そんなところに、のこのこと顔を出すつもりはない。
「森の中なら、そこら辺に……よし、いたっ」
そこらを飛んでいる蜂と仮契約を交わした。
「は、蜂と契約したの……? えっと……蜂は動物じゃなくて、昆虫なんだけど……」
「インセクトテイマーって知っているか?」
「え? あ、うん。ビーストテイマーの昆虫版だよね? 昆虫と契約することができる……って、まさか」
「俺、一時期だけど、インセクトテイマーとしての訓練をしたこともあるんだ。だから、昆虫も使役することができる」
「え? え? えええ……? そ、そんなことができるの? もう、すごいって言葉じゃ物足りないんだけど……」
驚いているような呆れているような、カナデは複雑な表情になる。
「二つの職業を同時に極めてるなんて、ありえないんだけど……」
「インセクトテイマーの方は、完全じゃないぞ? まだまだ、できないことも多いからな。普通に使役するので精一杯だ。よし、他の仲間も仮契約をしたぞ」
「それでも十分すぎるよ。レインって、本当にすごいんだね……なんかもう、常識が麻痺してきちゃうよ。というか、そんなことまで覚えてるレインの過去が気になるよ……」
使役した蜂に仲間を集めさせて……
数百匹の蜂と仮契約を交わした。
「そんなにたくさんの蜂と契約することは、普通に使役する、って言わないと思うよ……」
「そうか?」
「にゃあ……レインと一緒にいると、驚いてばかりだよ」
「退屈しないだろう?」
「……くすっ。そうだね」
これから大規模盗賊団にケンカをふっかけるというのに、妙に落ち着いていた。
……カナデが一緒いるからかもな。
カナデの笑顔があると、それだけでがんばれるような気がする。
「それで、どうするの?」
「この蜂は、アールビーって言われてる特殊な個体だ。麻痺毒を持っていて、対象を捕獲。巣に持ち帰ったところでエサにするっていう、ちょっと変わった蜂だ」
「あ、なんとなく話が見えてきたよ。そのアールビーを連中にけしかけるんだね?」
「正解」
アールビーの毒性は強いから、一度刺されば、半日はまともに動けない。
「俺はここで蜂に指示を出すから、カナデは街に戻って、他の冒険者や国の兵士を集めてくれ。さすがに、俺一人で全員を捕まえることはできないからな」
「うん、らじゃー!」
にっこりと頷いて……
次いで、真面目な顔になる。
「でもでも、気をつけてね? レインのことだから、失敗なんてしないと思うけど……油断したらダメだよ?」
「わかっているよ。まずいと思ったら、すぐに逃げる。約束するよ」
「うん」
カナデは、ちらちらと不安そうにこちらを振り返るものの……
大丈夫だ、と言うようにしっかりと頷いてみせると、ようやく安心できたらしい。
ジャンプをして、雲の彼方に消える。
「よし。じゃあ……やるか」
いけ、とアールビーの群れに命令を出した。
明日から、12時に一度の更新になります。
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