79話 家を探そう
ナタリーさんの案内で、拠点となる家を探すことになった。
善は急げ。
ギルドでランクアップの手続きを済ませた後、ナタリーさんについてきてもらい、みんなで一緒に街を回る。
「何か希望などはありますか?」
隣を歩くナタリーさんが、書類が挟まれたボードを手に、そう問いかけてきた。
「そうだな……うーん」
考えてみる。
考えてみるけれど、特にコレといって思い浮かばない。
宿に泊まることが当たり前になっていたからな……
今更、どんな家がいいか? と言われても、答えに迷ってしまう。
うまくイメージが湧かないのだ。
「カナデは、何かあるか?」
「うーん……庭っ!」
「庭?」
「広い庭があるといいな♪ こう、おもいきり駆け回れるような、それくらい大きな庭!」
野生の本能が刺激されているのだろうか?
なんとも、らしい回答だ。
「タニアは?」
「そうね……あたしは、やっぱり綺麗な部屋かしら? 汚いところに住むつもりはないし……あと、大きなベッド! これは欠かせないわねっ」
「ベッドが欲しいのか? 家の話じゃなくて?」
「ふかふかのベッドがあれば、家はなんでもいいわ。もちろん、最低限のライン……基準を満たしていることが条件よ?」
今まで、窮屈な思いをさせていただろうか?
だとしたら、申し訳ない。
拠点を手に入れたら、できるだけ大きくて立派なベッドを買うことにしよう。
まあ……予算と相談になってしまうけれど。
「ソラとルナは?」
「木造を希望します。木の温もりを感じたいのです」
「広くて使いやすいキッチンがあると、我は嬉しいぞ」
「え? ルナ、料理できるのか?」
「なんだ、その反応は? 失礼だな。我は、こう見えて料理は得意なのだ! ふはははっ、素敵なキッチンがあれば、レインに手作り料理をごちそうしてやるぞっ」
「その時は、ソラもお手伝いしましょう」
「むぐ……ソラは手伝わなくてもいいのだぞ……?」
「なぜですか。ソラも手伝います。ルナの姉ですからね。妹一人に任せておくことなんて、姉としてできませんから」
「うむ、いや、しかし……ソラの作るものは、料理というよりも兵器……い、いや、なんでもないぞ。うむ。食べるのはレインなのだから、問題ないか」
姉妹仲良く料理をしているという、ほのぼのとした光景を見られるかもしれない。
そう思うと、家探しにも力が入る。
……不穏な単語がいくつか聞こえてきたような気もするが、そのことは、今は気にしないことにした。
「ニーナは?」
「えと、あの……わ、わたしの意見なんて、別に……」
「そういうわけにはいかないよ。ニーナも大事な仲間なんだ。ないがしろにするなんて、できない」
「あぅ……」
「なんでもいいから、こんな家がいいな、っていうのがあれば聞かせてくれないか?」
「えと、えと……お風呂……」
「風呂?」
「お風呂があると……うれしい、の……お風呂、気持ちいい……から」
なるほど、風呂か。
宿はたくさんの人が利用するから、衛生的にちょっと不安があるし、他人と一緒になることもあるから快適とは言えない。
個人の風呂があれば、快適に過ごすことができるだろう。
「にゃー……私、お風呂は苦手だなぁ」
猫霊族は猫と近い特性を持っているので、カナデは風呂が苦手らしい。
その光景を想像したのか、尻尾がへなへなとなっている。
「お風呂が苦手なんて、カナデは人生の半分は損してるわよ」
「そんなに!?」
「みんなで入るお風呂は気持ちいいわよ。あたしが保証してあげる」
「みんなで……それは、ソラ達も一緒、ということですか?」
「我は風呂は好きだぞ」
「ま、みんな一緒ということになると、さすがに個人宅じゃ難しいかもしれないけどね」
「あ、あの……みんな一緒、ということは……レインも……一緒?」
「ふぇ!?」
突拍子のないニーナの言葉に、タニアは裏返ったような声をこぼした。
「にゃー……レインが一緒……」
「さ、さすがにそれは……で、ですが、それはそれでチャンス……?」
「うむ。我は別に構わないぞ? 主と従者の距離を縮める、良い機会になりそうだ!」
みんながそれぞれ赤くなる。
お願いだから、妙なことを言わないでほしい。
ちょっと気まずいから。
「れ、レインは別よ、別! いくらなんでも、一緒に入るわけないじゃないっ」
「そ、そうだよね……よかった、なの……さすがに、は、恥ずかしいから……」
「……」
気がつくと、ナタリーさんのジト目が俺を捉えていた。
「な、なんですか?」
「……いーえ、なんでもありませんっ」
どう見ても、なんでもあるような顔をしているのだけど……
藪蛇になるような気がしたので、それ以上は何も言わないことにした。
――――――――――
ナタリーさんに案内してもらい、貸し物件を見て回る。
そして……時刻は夕暮れ。
かれこれ、10件近く見ただろうか?
未だ、コレだ! という物件は見つからない。
六人が生活するには、微妙に狭く、部屋の数が足りなかったり……
みんなの希望が何一つ反映されていなかったり……
条件に合ったかと思えば、あまりに高額だったり……
なかなか良い物件を見つけることができず、結局、時間だけが過ぎた。
「にゃー……家探しって、大変なんだね……」
街を歩き回り、さすがのカナデも疲れたらしい。
耳がぺたん、となっている。
ちなみに、ニーナはお疲れで、タニアがおんぶしていた。
タニアの背中で、すーすーと寝息を立てている。
「すみません、良い物件を紹介することができず……」
ナタリーさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、ナタリーさんのせいじゃないから。俺達が、ちょっとわがままなんだと思う」
「シュラウドさんのパーティーは、色々な意味で特殊ですからね。普通はない要望を出されても、それはそれで仕方ないと思います」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「どんな無茶な要望を出されたとしても、それに応えるのが、私達冒険者ギルドの役目! 影ながら、サポートをしなくてはいけませんからね。家探しだとしても、それに対して、完璧に応えないといけません」
ナタリーさんは、実に仕事熱心だ。
いつも助けてもらっている身として、尊敬すらしてしまう。
こういう人がいるギルドは、きちんと信頼することができる。
「んー……あと一件、案内していないところがありますが……やめておきましょう」
「え? どうして?」
「最後に回していたので、実を言うと、オススメできないところでして……」
「俺達の希望に合わない? あるいは、今まで以上に高額……とか?」
「いえ。みなさんの要望通りの家ですよ。多少、街の中心から離れてしまいますが……金額は、このようなところでしょうか」
ナタリーさんが提示した額は、恐ろしく低い。
今までの物件の十分の一以下だ。
「おーっ、お買い得♪」
「こんなところがあるなら、さっさと紹介してくれればいいのに」
カナデとタニアは乗り気だ。
ただ、俺は微妙な気分だった。
あまりに好条件すぎて、逆に気味が悪い。
その予感は、的中することになる。
「良物件であることは間違いないのですが……実は、一つ、問題がありまして」
「と、いうと?」
「実は……出るんです」
ナタリーさんは、両手を胸の前で垂らすようにして、白目を剥いてみせた。
普通に怖い。
ぼんやりと目を覚ましたニーナが、ナタリーさんを見て、ビクゥ!? と震えていた。
「出る? それって、もしかして……」
「……幽霊です」
「にゃーーーーーっ!!!?」
幽霊の二文字に、カナデがものすごい勢いで反応した。
尻尾をビーンと立たせて、耳をビクビクと震わせる。
そのまま俺の背中に抱きついてきた。
「怖いのか?」
「幽霊はダメ、ダメなのぉ……」
「何よ、情けないわねぇ。最強種とあろうものが、幽霊程度を怖がってどうするの?」
「だってだってぇ……あいつら、打撃がきかないんだもん。あと、取り憑かれたりするんだもん……幽霊は、猫霊族の天敵なんだよぉ……」
情けない声でカナデがそう言う。
種族の中に『霊』の文字が入っているのに、ものすごい怖がり方だ。
……まあ、それは関係ないか。
「カナデが怖がっているし、やめておくか?」
「ですが、他に良い物件はないのでしょう? 見てもいないうちから決めてしまうのは、どうかと思いますが」
「というか、魔法のエキスパートである我らがいるのだぞ? 幽霊なぞ、浄化してしまえばいいではないか」
「なるほど、その手があったか」
確かに、ソラとルナなら、そこらの幽霊ごとき敵ではない。
「カナデ、ちょっとでいいから、見に行っても構わないか? ソラとルナがいるし……俺もいる。いざとなれば、カナデのことは絶対に守るから」
「……ほんと?」
「ああ、本当だ」
「うぅ……手、繋いでて。それならいいよ」
「これでいいか?」
迷子の子供のように不安そうにするカナデ。
その手を、優しく握りしめた。
「にゃあ♪」
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