76話 因果応報
アリオスは滞在している宿に戻った。
部屋に入ると、アッガス、リーン、ミナの三人が揃っていた。
「あ、おかえりー」
「どこに行っていたんだ?」
「なに、ちょっとした野暮用さ。君達は、何をしていたんだい?」
「私達は、先の騒動に関する情報収集をしていて、ちょうど、今、話をまとめていたところです」
「先の騒動、ねぇ」
「情報統制がされていますが……先日、街中に現れたという化物は、魔族で間違いないでしょう」
ミナが深刻な顔をして言う。
魔族が街中に現れるということは、それほどまでに重い事態なのだ。
何しろ、ここ数年、そんな事件は起きたことがない。
ただ、前例がないわけではない。
魔王と戦争が繰り広げられている最中に、魔族が街中に現れて、人々を襲ったという事件がある。
そのことを考えると、今回の事件は魔王が戦争を始める兆候なのかもしれない。
ミナは、そう疑っていた。
しかし、魔王はまったく関係ないということを知っているアリオスは、気楽な返事をする。
「そこまで深く考えることはないだろう。この街の領主は、色々な骨董品に手を出していたと聞く。大方、その中の一つに魔族が封印されていて、何かの弾みで解けてしまったのだろう」
「そうでしょうか……?」
「考えるだけ無駄さ。魔族はもう討伐されたんだろう? 真相はわからない」
「そのことなのだが……」
アッガスが口を開いた。
また余計なことを言うのではないか?
アリオスは、内心で舌打ちした。
「やはり、魔族を放置していたというのはまずいんじゃないか?」
「その話か……」
事件当夜。
街に滞在しているアリオス一行は、当然、魔族が出現したことを理解していた。
その上で、大した相手ではない、わざわざ勇者が出る必要はない……と、放置することを決定した。
アッガスやミナは渋ったものの、アリオスが強引に話を押し通した。
全てアリオスの策略だ。
わざと魔族を召喚させるようなことをしたのに、それを自分達の手で倒してしまっては意味がない。
なので、あえて無視した。放置した。
「この街には冒険者がいる。騎士もいる。それなのに、わざわざ僕らが出張る必要はないだろう?」
「しかし、相手は魔族だぞ? 俺達の敵だ」
「違う。僕達の敵は魔王だ。魔族なんて雑魚は、その他おまけにすぎない」
「それは……」
「それに、僕達がいなくてもなんとかなったじゃないか。つまり、所詮、その程度の相手だったということだ。僕らは便利屋じゃない。そんな雑魚にいちいちかまけているヒマはない。そうだろう?」
「……まあ、アリオスの言うこともわからないではない」
「なら、この話はこれで終わりだ。過ぎたことだ。蒸し返しても仕方ない」
「わかった」
ちょろいな。
アリオスは内心で笑った。
所詮、力と頑丈さしか売りのない戦士だ。
知恵が頭に回っていない。
子供を相手にするよりも簡単だ。
アリオスがそんなことを考えているとも知らず、アッガスは感情の読めない表情で、おとなしくしていた。
「みんなが相談していたというのは、魔族のことだけか?」
「いえ、もう一つあります」
「あのさー、そろそろ旅を再開しない? あたし、この街飽きたんだけど」
リーンが髪の毛を指先でいじりながら言う。
そんなリーンの話を受けて、アリオスは考えた。
まだレインを消していない。
受けた屈辱を返していない。
そのために、領主の息子を利用して、今回の策を練った。
しかし、それは失敗に終わった。
なぜ失敗した?
レインが即死魔法を耐えたせい?
あるいは、魔族の攻撃すらしのいだから?
あれこれと考えて……アリオスは、小さくため息をこぼした。
次のことを考えなければいけない。
いつまでも失敗を引きずっていても仕方ないのだから。
改めて考え直そう。
ただ、焦りは禁物だ。
決して油断してはいけない。
そう考えるくらいには、アリオスはレインのことを警戒していた。
ひとまず、今は置いておこう。
このまま旅を再開しないとなると、それはそれで怪しまれてしまう。
当初の目的を果たすことにしよう。
アリオスはそう判断して、皆に声をかける。
「そうだな、そろそろ旅を再開することにしよう」
「待ってました! 次は、もっと華やかな街に行きたいわ」
「リーン。私達は、魔王討伐という崇高な使命を持っているのですよ。俗物的な思考をしないでください」
「ちょっとくらい、いいじゃん。ずっと張り詰めていたら、気が休まらないわ」
「それは、まあ……」
「ところで、路銀が減っているのだが……誰か知らないか?」
アッガスの言葉に、アリオスは一瞬、苦い顔をした。
路銀が減っているのは、アリオスが勝手に使い込んだからだ。
そのことがバレれば、非難は免れない。
レインを消すために、闇市でマジックアイテムを購入した……なんて、言えるわけがない。
アリオスは知らぬ存ぜぬを決め込むことにした。
「アリオスは知らないか?」
「さあ? そんなことになっていたなんて、今、気づいたばかりだね」
「そうか……アリオスがそう言うのならば、そうなのだろう」
どことなく含みのあるアッガスの言葉に、アリオスは軽く舌打ちした。
俺は知っているんだぞ、と言われているような気がしたからだ。
「ま、ないならないでしゃーないでしょ。毎月、支度金が送られてくるんだから、困ることはないし」
「……そうだな」
「でも、食料や水はどうします? お金がないと買うことはできませんよ」
「あたしたちは勇者様御一行なんだよ? いつもみたいに、徴収すればいーじゃん」
身勝手極まりない発言であるが、誰もリーンの言うことに反論しない。
むしろ、それもそうか、と納得したほどだ。
「なら、さっそく外に出よう」
アリオスの言葉に一同が頷いた。
宿をチェックアウトして、店が立ち並ぶ区画に移動した。
まずは食料品だ。
適当に店を探して、都合のよさそうなところを見つけた後、店主に声をかける。
「少しいいか?」
「ん? なんだ、今は……って、勇者様?」
アリオスが声をかけると、店主は驚いたような顔をした。
アリオスのことを知っているらしい。
それならば話が早いと、アリオスは笑みを浮かべながら、話をする。
「一週間分の食料を適当に見繕ってくれないか?」
「は、はい。一週間分……四人分ですか?」
「ああ、そうだ」
「それならば、そうですね……銀貨五枚ほどになりますが、よろしいですか?」
「いいわけないだろう」
「え?」
「僕は勇者だ。知っての通り、世界を救う旅をしている。ならば、それに協力するというのが、君達の義務だろう? あいにく、今は手持ちがなくてね。徴収させてもらうよ」
「あたし達の役に立てるんだから、光栄に思いなさいよ。あっ、特別に、勇者パーティーが立ち寄った店、っていう宣伝をしてもいいわよ?」
アリオス達にとって、当たり前の行為だった。
世界を救う使命を持つ自分達に人々が協力することは、当然のこと。
迷うことなく、心の底からそう思っている。
事実、今までは何も問題なかった。
誰も彼も、戸惑いこそするものの、すぐに媚びるような笑みを浮かべて要求に応じてきた。
今回も、すぐに食料を差し出してくれるだろう。
そう思っていたのだけど……
「……悪いが、帰ってくれませんか」
「なに?」
「いくら勇者様方とはいえ、この状況で、タダで食料をあげるわけにはいかないんですよ」
「……自分が何を言っているのか、わかっているのか? 勇者である僕が、協力を要請しているんだぞ?」
「勇者様こそ、何を言っているかわかっているんですか!? 先日の騒動で、街はメチャクチャだ! 物流も滞っていて、自分が食べる分も困っているくらいだ。そんな状況なのに、タダで食料を渡すなんて、できるわけないでしょう。帰ってくださいっ」
「き、貴様……この僕に、そんな口を……」
店主の言葉は、これ以上ないほどの正論だった。
さすがのアリオスも反論することができず、たじろいでしまう。
その時だった。
隣の店の店主が前に出て、会話に割り込んでくる。
「言っておくが、あんたらに物をあげる店なんて、この街にはないぞ」
追い打ちのような言葉がかけられた。
「隣で話を聞いていれば、ふざけたことを……あんたら、本当に勇者なのか? 信じられないな。あんたらよりも、あの若者の方がよっぽど勇者らしい」
「……ふざけたことを口にして、タダで済むと思っているのか?」
「おっと。勇者とあろうものが、こんな往来の真ん中で手を上げるのかい?」
「ぐっ……」
「聞けば、あんたらは魔族を放置してたらしいじゃないか。この街を見捨てたようなものだ。そんな相手に協力することはないし、商品を売ることもないっ」
キッパリと言い切る男の言葉に追従するように、周囲からそうだそうだと賛同の声があがった。
いつの間にか、ちょっとした騒ぎになっていたらしい。
人だかりができていて、注目の的になっていた。
「勇者と名乗っておきながら、いざという時に助けてくれないなんて……!」
「好き勝手していたくせに……身勝手すぎる!」
「この連中に半ば脅された人を、俺は知っているぞ!」
「本当に魔王を討伐するつもりがあるのか? 先日の化物も、わざと放置していたんじゃないか!?」
人々の非難にさらされて、アリオス達がたじろいだ。
「くっ……こ、こんな連中にかまっていられるか! 行くぞっ」
「ま、待ってください、アリオス。まだ食料が……」
「そんなものはどうとでもなるっ。いざとなれば、現地調達すればいい。これ以上ここにいるのは、不愉快だ!」
「わ、わかりました」
今まで耐えてきたものを一気に吐き出すように、怒りに声を荒げる人々。
アリオス達は、逃げるようにホライズンの街を後にした。
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