表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/1151

75話 転落したその先に……

 エドガー・フロムウェアは、治癒院のベッドに横になっていた。


 体のあちこちに包帯が巻きつけられている。

 多量の薬草が使われているものの、痛みが消えない。

 体を内側から針で刺しているような痛みに、ひっきりなしに襲われていた。


「くそ……どうして、俺がこのような目に遭わないといけないのだ……」


 エドガーはベッドの上で、体を動かすことができず、唇を噛んだ。

 理不尽だ。

 ありえない。

 これは悪い夢だ。

 そんなことを思うが、目の前の現実は覆らない。


「調子はどうですか?」


 治癒術士がエドガーの様子を見に来た。

 エドガーは答えることなく、だんまりを決め込む。


「……怪我の具合を見ますよ」


 治癒術士にとって、エドガーの態度はもはや慣れたものだった。

 かまうことなく触診をして、怪我の具合を確かめる。


「順調に回復しているみたいですね」

「……」

「これなら、来月には退院できるでしょう。もっとも、杖なしに歩くことはできないでしょうが」

「……なんだと?」


 聞き捨てならない言葉に、エドガーは思わず反応してしまう。


「お、おい……今のは、どういう意味だ?」

「そのままの意味ですよ? あなたは、もうまともに歩くことはできません。怪我の後遺症ですね」

「そんなバカなことが……おいっ、お前は治癒術士なのだろう!? 俺の怪我を完璧に治せっ、これは命令だ!」

「無理を言わないでください。そのようなことは不可能です。それほどまでに、あなたの怪我は深いんですよ」

「バカな……」

「それに……」


 治癒術士が鋭い表情を見せた。

 エドガーを睨みつけて……

 射るような視線をぶつける。


「あなたの治療をするのさえ、不快なんですから。怪我を完璧に治すなんて、例えできたとしても、そんなことは絶対にやりませんよ」

「なっ……貴様、この俺を誰だと思っている!?」

「元領主の息子ですよね?」

「元……?」

「知らないんですか? あなたのお父様はすでに投獄されて、裁判を待つ身です」

「な、なに……?」

「あなたには、もう何も残っていません。どうすることもできません。今までのツケが回ってきましたね」

「バカな……俺は領主の息子だぞ? この街を治めるものだ! 貴様らは、俺の玩具だというのにっ」

「はぁー……ショックが大きくて、現実が受け入れられないんでしょうか? こうなると、哀れですね。怒りも湧いてきませんよ。なんかもう、どうでもいいですね。関わり合いになりたくないです。じゃあ、また後で様子を見に来ますね」

「ま、待てっ」


 エドガーは治癒術士を引き留めようとするが、無視された。

 部屋に一人残される。


「この俺が……治癒術士などに……」


 人の上に立つ存在であると信じて疑っていなかった。

 それなのに、下にいるはずの人間から哀れまれた。

 エドガーのプライドがズタズタになる。


「バカな……こんなことは……こんな、ことは……」


 エドガーは、自尊心の塊のような男だ。

 治癒術士に哀れまれたことで、その心がひどく傷つけられる。

 それは、自業自得以外の何物でもないのだけど……

 そのことを自覚するわけでもなく、エドガーは、ありえないと現実から目を逸らし続けた。


 そんな時だった。


 部屋の扉が開いた。

 エドガーは扉の方を見た。

 また、治癒術士がやってきたのだろうか?

 それにしてはやけに早い。


 怪訝に思っていると、複数の男が立ち入ってきた。

 いずれも見覚えがない。


「な、なんだ、貴様らは……?」

「噂は本当だったみたいだな」

「まさか、こんなところに領主の息子がいるなんてな」

「都合のいいことに、こいつ、動けないみたいだぜ」

「お、おい……誰だと聞いているんだ! 答えろっ」


 男達は、皆、剣呑な雰囲気をまとっていた。

 エドガーは声を張り上げた。

 それは、怯える心をごまかすためのものにすぎない、哀れな行動だった。


「なあ、俺達のこと、覚えているか?」

「ふん……貴様らのような下民など、俺が知るわけないだろう」

「こいつ……!」

「まあ、待て。ヤルのは、罪を自覚させてからだ」


 不穏な会話を交わす男達に、エドガーの心臓がどくんどくんと跳ねる。

 何をしているのだろう?

 何が目的なのだろう?

 エドガーの中で、恐怖と不安が少しずつ膨れ上がっていく。


「俺の妻はな……お前に連れて行かれたんだよ」

「俺は、恋人を連れて行かれた」

「俺は妹だ」

「な……なに?」

「お前がこうなったことで、みんなは解放されたが……それでも、過ぎた時間は元に戻らない。みんな、心にひどい傷を負った」

「こんなことをしても何もならない、ってのはわかってるんだが……黙ってるなんてこと、無理なんだよ」

「落とし前、つけさせてもらうぞ」


 男達がナイフを取り出した。

 切っ先をエドガーに向けて、それぞれ、暗い表情を浮かべる。


「や、やめろっ……貴様ら、何をしているのかわかっているのか!? この俺に、そのようなことを……やめろ!」

「俺達が何度頼んでも、お前はやめてくれなかったよな?」

「わかった、あ、謝ろう。特別に頭を下げてやる……だからっ」

「この期に及んで、この態度……」

「コイツ、救えねえな」


 男達はナイフを手に、エドガーににじり寄る。

 ハッキリとした危機を目の前にして、エドガーは冷や汗を流した。

 なんとか逃げようとするものの、体はまともに動かない。

 ベッドをギシギシと鳴らすだけだ。


 ナイフがエドガーの肌に触れた。

 スゥッと切っ先が沈み、赤い線ができる。


「い、痛いっ!?」


 レインと相対した時も、エドガーは傷つけられることはなかった。

 しかし、今、敵意を持った相手にナイフで切られている。


 怖い、怖い、怖い。

 エドガーは、心の底から震えた。

 初めて向けられる殺意と痛みに、歯がガチガチと鳴ってしまう。


「やめてっ、やめてくれ! 頼むっ、助けてくれ! 頼むから……い、いや、お願いしますっ、お願いだからやめてください! お願いしますっ……」


 エドガーは恥も外聞もなく、男達に懇願した。

 体を丸めて、涙を流しながら、もうやめてほしいと訴える。


 あまりにも哀れな姿だった。

 以前のエドガーを知る者が見たら、別人ではないかと疑うような光景だった。

 そんな醜態を晒してしまうほどに、エドガーは追い詰められていた。


 エドガーはプライドの塊のような男ではあったが……

 今までは、何不自由もなく暮らしていたのだ。

 そんな男が、間近で叩きつけられる人の憎悪に耐えられるはずもなかった。


「やめて、やめて……お願いだから、やめてください……謝る、謝りますから……だから……」

「……つまらない男だな」


 見苦しいエドガーの醜態に、男達の復讐心は急激に冷めていく。

 このような男を相手に、刺し違えてでも殺してやる、と意気込んでいたのがバカみたいだった。


「行こうぜ」

「そうだな……こんな男、殺す価値もない」


 男達はナイフを収めて、そのまま部屋を後にした。

 一人になったエドガーは、危機が去ったことを理解して安堵の吐息をこぼした。


 それから……自分の醜態を思い出した。


「お、俺は……どうして、あんなことを……」


 エドガーの脳裏に、必死になって命乞いをしていた自分の姿が焼き付いていた。

 忘れようとしても忘れられない。

 心がガラガラと崩れていく。


「な、なんで、こんなことに……俺は……俺は……うっ、うぅ……」


 エドガーは頭を抱えてうめいた。

 もう、それしかできない。

 それ以外のことは、何もできない。


 その後……

 エドガーは何を質問されてもまともに答えることができず、心神喪失状態と判断された。

 いくら回復魔法でも、心を癒やすことはできない。

 しかし、心神喪失状態になったからといって、今までの罪が帳消しになるというわけではない。

 きっちりと裁かれることになり……

 父親と同様に、動けるようになった後、王都に移送されて、有罪判決を受けることになる。

 そのまま、エドガーは一生を牢の中で送ることになるが、それはまた別の話である。




――――――――――




「……」


 窓から治癒院の中の様子を眺めていた男……アリオスは、声もなく、そっとその場を離れた。


「余計なことを喋らないように、始末した方がいいかと思ったが……あの様子なら、何も問題はないだろう」

『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、

評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。

よろしくおねがいします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◇◆◇ 新作はじめました ◇◆◇
『追放された回復役、なぜか最前線で拳を振るいます』

――口の悪さで追放されたヒーラー。
でも実は、拳ひとつで魔物を吹き飛ばす最強だった!?

ざまぁ・スカッと・無双好きの方にオススメです!

https://book1.adouzi.eu.org/n8290ko/
― 新着の感想 ―
[一言] エドガーよ、仮にリアルの刑務所に行ったら受刑者カーストの底辺として虐げられ、いじめられていただろうに。(だからといって、同情できないけどね☆) ※日本の刑務所カーストでは性犯罪者、子供を虐げ…
[気になる点] 一生を牢の中で送ることになるって…その理由は?しでかした事から更生の余地なしになって終身刑なのか、外に出られたとしてもまともに生活できないからなのか、身体へのダメージで長生きできないか…
[一言] エドガー・フロムウェアの末路にスカッとした読者達の反応集  ※これはエドガー・フロムウェアの因果応報を鑑賞した読者達の感想です。中にはネタバレ表現が含まれています  ・The因果応報  ・…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ