70話 降臨
魔物の上位互換といわれている存在が、魔族だ。
普通の魔物とは比較にならないほどの力を持ち。
人と変わらない知能を持ち。
そして……人を虫のように殺して、愉悦に浸る。
魔族の人に対する憎悪は深い。
胸に抱えている憎しみを晴らすように、より残酷に、より非道に人を殺す。
なぜ、そんなことをするのか?
なぜ、そんな憎しみを抱いているのか?
全ての元凶は、魔王にあると言われている。
魔族の正体は、魔王に血を分け与えられたものだ。
魔王の血を受け継ぎ、その力を分け与えられて……
同時に、魔王が持つ、人間に対する憎しみも得た。
故に、魔族は魔王と同様に、人を憎むと言われている。
魔族は魔王の血を分け与えられている。
その存在自体が災害そのものであり、昔、魔族が出現した街が、一夜で滅んだという話もある。
……事実、俺の故郷も一夜で滅んだ。
「なんで、こんなところに……」
魔族は魔王の血がないと、新しく誕生することはない。
今代の魔王は、まだおとなしくしている。
新しい魔族は生まれていないはずだ。
それ以前の魔族は、先代勇者によって討伐されたか、あるいは、マジックアイテムなどに封印されているはずなのに……
もしかして……エドガーが身につけていた指輪が、そうなのか?
指輪に封印されていた魔族の魂が、エドガーの体を媒介にして、現界した。
そういうことなのか……?
「ふむ……久しぶりに起きてみると、いやはや、実におもしろそうな状況ではないカ。このような街中で顕現することになるなんテ」
漆黒の悪魔……魔族は、流暢な言葉で喋る。
圧はまったくといっていいほどに感じられない。
しかし、逆にそれが怖い。
嵐の前のような、不気味な静けさを感じる。
「君達が、私を復活させてくれたのかナ? 礼を言うヨ。ありがとウ」
魔族の冷たい視線がこちらを向く。
ゾクリ、と背中が震えた。
「感謝の気持ちを込めて、無残に、無慈悲に、無様に殺してあげるヨ」
「っ」
「と、言いたいところだけド……」
魔族が明後日の方向を向く。
なんだ?
どこを見ている?
館の壁……ということはない。
その先にあるもの……
街だ!
「あちらに、たくさんのおもちゃがあるみたいじゃないカ。うんうん、実に楽しそうダ。本当に、このような状況で復活できたことを、感謝しなければならないナ。ああ、神よ、ありがとウ。うけ、けけけけケ」
「まっ……」
「では、まタ。ごきげんよウ」
魔族は一礼すると、その場で飛翔した。
館の屋根を突き破る。
建材がバラバラと落ちてくる中、なんとか視線で行方を追うと、街の方に向かうのが見えた。
「まずいっ」
あんなヤツを野放しにするわけにはいかない!
どうして、魔族が現れたのか?
気になるけれど、今は、考えている場合じゃない。
「レインっ!」
領主を捕らえに向かったステラが戻ってきた。
屋根が破砕する音で異変に気づいたのだろう。
「今のはなんの音だ? 何かトラブルが……」
「魔族が現れた」
「なっ!?」
今は時間が惜しい。
要点を省いて、結論のみを口にした。
「信じられないかもしれないだろうが、事実だ。今は、確認をしている時間も惜しい。すぐに外に出て、街の人の避難を!」
「う、うむ……そう、だな。レインが、このようなウソを言うような男ではないことは理解している……わかった! すぐに出るっ」
「頼んだ」
「レイン達はどうするつもりなのだ?」
「……魔族を倒す」
自分で口にしておきながら、なんて無茶なことだろうと思った。
相手は魔族だ。
魔王の血を分け与えられたもの。
いわば、魔王の一部。
その力は想像もできない。
以前戦ったシャドウナイトが、赤子のように思えるだろう。
ランク分けするならば、Aランクといったところか。
最強種と互角だ。
そんなものを倒す?
簡単に口にできるようなことじゃない。
それでも。
だけど。
放っておくことなんてできない。
かつて、炎の中に消えた故郷のことを思い出した。
あの惨劇が、今、目の前で繰り返されようとしている。
そんなこと……絶対に、許せるわけがない!
認められない!
だから。
なにがあろうと。
なにをしても。
食い止めてみせる!
「みんなは……」
無理についてこなくてもいい。
そう言おうとして……
「にゃー……レインは、ダメダメだね」
カナデが不機嫌そうな顔をした。
タニアも。
ソラとルナも、どことなく不満そうな顔をしていた。
「レインがあたし達の心配をしてるってことくらい、わかってるわよ? でもね、だからといって仲間はずれにするのはどうかと思うわ」
「ソラ達は仲間ですよね? なら、野暮なことは言わないでください」
「危険なことだとしても、信頼して、支え合うことが仲間というものではないか?」
「レインが、私達のことを大事に思ってくれてるのはうれしいけど……でもでも、それだけじゃダメなんだからね? いつでもどんな時でも、私達は、レインの力になりたいの」
「それが、仲間っていうもんでしょ?」
「……そうだな」
みんなに諭されて、思わず苦笑した。
俺は、少しは成長しているかと思っていたんだけど……
まだまだ、ダメだったらしい。
肝心なところで、みんなを信じることができないなんて。
今は、危険だから離れろ、と言うのではなくて……
一緒に戦ってほしいと、仲間を信頼する場面なのだ。
「一緒に来てくれるか?」
「「「「もちろん!」」」」
みんなは、揃って笑顔を浮かべた。
俺は、本当に良い仲間に恵まれた。
「……レイン……」
ニーナが不安そうにこちらを見上げる。
「わたし、も……」
「……ニーナは、待っていてくれないか?」
これから向かうところは、文字通り、戦場になる。
さすがに、そんなところにニーナを連れて行くわけにはいかない。
心細いかもしれないが……
まだ、ここに留まっている方が安全だ。
「でも、わたし……」
「ニーナは、普通の人に比べたら強いと思う。でも……ハッキリと言うが、相手が魔族となると、力不足だ」
「う……」
「それに、なによりも……ニーナは、戦うことが嫌いだろう?」
「……」
「無理して戦わなくてもいいんだ。俺達に任せてくれていい」
「……レイン……」
「心細いかもしれないけど、待っていてくれないか?」
「……ん」
完全に納得したわけではなさそうだけど……
それでも、ニーナは、コクリと小さく頷いた。
「ステラ、この子を見ていてくれないか?」
「わかった、任せてほしい」
ステラにニーナを預けて……
俺達は館の外に出た。
――――――――――
魔族の後を追いかけるのは簡単だった。
家屋が破壊された跡が、一直線に伸びている。
まるで、獣道を無理矢理踏み歩いたようだ。
「いた!」
破壊の跡を追いかけていくと、ほどなくして魔族を発見した。
楽しそうに笑いながら、逃げ遅れた人に爪を向ける。
「ファイアーボール!」
逃げ遅れた人を巻き込まないように、魔力を調整しつつ、火球を放つ。
魔族の頭部に着弾。
爆炎が広がるけれど……
「うン? これはなんだイ?」
魔族は平然とした顔で小首を傾げた。
まるで、虫にたかられたというような態度だ。
「おヤ? おやおやおヤ? さっきの人間達じゃないカ。どうしたんだい、こんなところデ? もしかして、私を楽しませてくれるのかナ?」
「あなたを楽しませることなんてしないよ! 私達は……」
「お前を倒すっ!」
「おもしろいネ。うん、実におもしろイ。こちらの方が楽しそうダ。虫ケラの始末は、後回しにして……先に君達を狩ることにしよウ」
魔族がこちらに向き直り……
この街の命運を賭けた戦いが、今、始まる。
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