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69話 変貌

「レインーっ!」


 カナデがこちらに駆けてきた。

 ソラとルナも一緒だ。

 どうやら、みんなも戦いを終えたらしい。


「悪い人、こてんぱんにしたよ! えへへー、えらい? えらい?」

「ああ、よくやったな」

「にゃふぅ♪」


 カナデの頭を撫でると、気持ちよさそうな声をこぼした。


「「じーっ」」


 気がつくと、ソラとルナがこちらを見つめていた。

 その視線が意味するところを察して、続けて、二人の頭を撫でる。


「ソラとルナも、おつかれさま」

「ん……ソラは、がんばりました」

「もっと撫でるといいぞ。ほれ♪」

「ちょっとレインっ」


 今度は、ニーナを連れて、タニアがやってきた。


「あたしも、この子を守るっていう役目、ちゃんとしたんだけど……べ、別に勘違いしないでよ? みんなみたいに、頭を撫でてほしいっていうわけじゃなくて、えと、その……と、とにかくふぁ」


 タニアの頭も撫でると、途中でセリフが止まり、恍惚とした顔になる。

 俺の手は、癒やし効果でもあるのだろうか?

 ついつい、真面目にそんなことを考えてしまう。


「よかった……皆、無事のようだな」


 最後にステラが駆けてきた。

 俺達が元気そうなところを見て、ほっと安堵している。


「約束、ちゃんと守ったからな」

「ああ……安心したぞ」

「とにかく……これで、もう邪魔者はいない。あとは……」

「私達、騎士団の出番だ」


 ステラの視線が、エントランスホールの奥に向いた。


「ひっ」


 領主とその息子エドガーが震えた。

 今、彼らを守る者はいない。

 丸裸だ。

 そのことを理解しているらしく、二人は顔を青くしていた。


「館の捜索は仲間に任せることにして……私は、話を聞くことにしよう。お二人とも、ご同行願えますか?」

「ひ……ひぃっ!」


 領主が館の奥に逃げた。


「あっ、おい!?」

「往生際の悪いヤツだな」

「他の場所から外に出られたら厄介だ。私は、領主を追いかける。この場は任せてもいいか?」

「ああ、任された」

「感謝するぞ! 今度は、私の出番だっ」


 ステラが領主を追いかけて、奥の扉に消えた。


「ぐっ……」


 一人残されたエドガーは、唇を噛んだ。

 このような状況だというのに、怒りに満ちた目で、俺達を睨みつけている。

 もう切り札はないはずなのに……度胸だけは大したものだ。


「貴様ら……このようなことをして、タダで済むと思っているのか!? 俺を誰だと思っている!? この街を治める領主の息子だ! 俺に逆らうことなんて、あってはならない! ならないのだ!!!」

「いいから、おとなしくしてろ」


 ナルカミのワイヤーを使い、エドガーを捕縛しようとした。

 しかし、エドガーは護身用のナイフを取り出して、威嚇するように刃を見せつけてきた。


「……それはなんの真似だ?」

「この俺に逆らう愚か者を処刑する! この手で、始末してやるんだよ!」

「あのな……」


 この期に及んで、こんな態度がとれるなんて、ある意味、大物なのかもしれない。


「状況、わかるだろう? お前はもう終わりだ。おとなしく捕まれ」

「ふざけるな! そのようなこと、認められるものか! 俺は、将来、この街を治める者なのだ! 下等な民に捕まるなんてこと、ありえるものかっ」

「今まで、好き勝手してきたツケが回ってきたんだよ」

「そんなものはない! 俺は支配者だ、頂点に君臨する者だ! 何をしようが自由だっ」

「ふざけたことを……そんなこと、認められるわけがないだろう」

「認められるんだよ。貴様らは、俺の庇護下で暮らしているのだ。逆らうことは許されない」

「……支配をしているから、何をしても自由だと? 問題ないと?」

「ああ、その通りだ」

「理不尽なことだとしても、受け入れろと?」

「それが民というものだ!」


 ダメだ。

 まるで話にならない。

 特権階級という名の甘い毒を吸い続けてきたせいだろうか?

 腐りきっている。

 この男の思考回路は、とても同じ人間のものとは思えない。


「にゃー……レイン、レイン。この人、すっごい嫌な感じがするよ……」

「カナデ?」


 ギュッ、と俺の服を掴むカナデ。

 その顔は不安そうに歪んでいた。


 カナデが怯えている……?


 どういうことだ?

 この男に、それだけの力はないはず。

 切り札である傭兵達も撃破した。

 まだ、他に何かあるというのか……?


「このようなことは認められない……そうだ、認められるわけがない……この俺が、こんなところで終わるわけがない……そうだ、終わるわけがない……」


 やがて、エドガーは、ぶつぶつと同じ言葉を繰り返し始めた。

 壊れた人形みたいで、不気味な雰囲気がある。


 カナデと同じように、嫌な予感を覚えた。

 これ以上、この男を放置しておくことはできない。

 多少、手荒なことになったとしても、即座に無力化……気絶させてしまった方がいい。


 そう判断した俺は、拳を握り、エドガーを殴りつけようとするが……


「ありえない、ありえない、認められない、認められない……そうだ……ソウダ! このようなことは……ミトメラレナイ!!!」


 瞬間、エドガーが身につけていた指輪が光を発した。


 どこまでも暗い、漆黒の光。

 負の感情を凝縮して、一つにまとめたような……そんな印象を受ける。

 見ているだけで心がザワザワして、気が遠くなってしまいそうだ。


「にゃ!? れ、レイン、これって……」

「カナデっ、近づくな!」

「ふあ!?」


 カナデを抱きかかえて、エドガーから離れるように跳んだ。

 他のみんなも距離を取る。


「ぐ、が……グガガガッ……」


 指輪からあふれる仄暗い光が、エドガーの体に生き物のようにまとわりついていく。

 手が覆われて、足が覆われて……

 やがて、顔を飲み込む。


 漆黒の光は帯状になり、エドガーの体を幾重にも包み込んだ。

 そうして、繭のような円形の球ができあがる。


「これ……は……」


 冷たい汗が流れた。

 見ると、みんなも顔をこわばらせていた。


 頭の中で警報が鳴り響く。

 このまま放置してはいけない。

 すぐに、あの黒い繭を破壊しないといけない。


「くっ……!」


 ようやく我に返った俺は、即座に魔法の構造式を思い浮かべた。


「ファイアーボール!」


 ここが屋内だとか、そういうことは一切無視した。

 全力の一撃だ。


 ゴォッ!!!


 人の大きさほどの火球が黒い繭を直撃した。

 天井を吹き飛ばすほどの爆発。

 そして、紅蓮の炎が吹き荒れる。


 それでも……

 黒い繭は変わらずそこに在り続けた。


「なんなんだ、これは……?」


 ピシリ、と黒い繭に亀裂が走る。

 卵が孵化するように、亀裂があちこちに広がり……


 全てが弾けた。


「……」


 漆黒の巨体。

 禍々しい形をした翼。

 鋭い牙と槍のように尖る角。

 そして……真紅に光る瞳。


 悪魔と呼ぶ以外にありえない存在が、そこにいた。


「こいつは……」


 記憶にある。

 見た覚えがある。

 昔……俺の故郷が滅びた時に、似たようなヤツがいた。


「……魔族……」

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