67話 レインの戦い・1
俺は、リーダー格の男と対峙していた。
この男が、Bランクの冒険者に匹敵するという実力の持ち主なのだろう。
圧がすごい。
少しでも気を抜いたら、そのまま男の気迫に飲み込まれてしまい、戦意喪失してしまいそうだ。
「やる前に、一ついいか?」
「……なんだ?」
「名前を聞いておこうと思ってな。お前さんのような歯ごたえのあるヤツは、名前を覚えておくことにしてるんだ。ま、戦績みたいなものか?」
「レイン・シュラウドだ」
「ニック・グローリーだ……いくぜっ」
ニックが地面を蹴る。
魔法でも使ったかのような、驚異的な速度で目の前に迫る。
「ふっ!」
こめかみを狙う右フック。
スウェーで避けて、反撃の……
「はっ!」
反撃をする間がない!
ニックは、流れるような動作で次々と拳を叩き込んできた。
ただ闇雲に拳を振るっているわけではない。
一つ一つの動作が、芸術のように洗練されている。
「もしかして、拳闘士か!?」
「正解だっ、おらよ!」
拳という名の凶器が飛んできた。
空気を裂く一撃。
まともに直撃すれば、それだけで骨が砕けるだろう。
右ストレートが俺の顔面に迫る。
ただ、軌道は読めた。
体を捻り、首を横に傾けて回避。
さらに体を倒して、ニックの下半身を掴むようにタックル。
膝で迎撃されるが、構わずに下半身を押さえつけて、バランスを崩してやる。
馬乗りになり、有利なポジションを確保した。
カナデとの契約で得られた力だ。
そうそう簡単に抜け出すことはできない。
このまま勝負を決める!
そう意気込み、下に組み敷かれたニックに向けて拳を振り下ろすが……
「ちっ」
「な……!?」
こいつ……マウントポジションをとられているのに、俺の拳を避けた!?
一度だけのまぐれじゃない。
二度、三度、拳を放つけれど……
ニックは上半身を揺らして、首を動かして、直上からの打撃を避けてみせた。
あるいは、両手を盾代わりに受け止めてみせる。
これが拳闘士の力か!
ただ単純に、身体能力が強化されているだけの俺とは違う。
鍛え抜かれた体と、体の奥底まで染み付いた技術。
その技術こそが、この男の最大の武器なのだ。
「調子に……乗るなよ!」
「っ!?」
ブリッジの要領で、ニックが反り返り、上に乗る俺の体勢を崩した。
そこに、体を回転させながら、蹴撃。
ニックに蹴り飛ばされて、逃げられてしまう。
「ふぅ……お前さん、とんでもない力だな。マウントポジションをとられるなんて、いつ以来だったっけかな?」
「そういうお前こそ、その技術……とんでもないな。拳闘士っていうのは、お前みたいなヤツばかりなのか?」
「いいや。俺が特別なのさ」
ニックが凶悪な笑みを浮かべてみせた。
背中がゾクリとした。
こいつは危険だ。
おそらく、戦いが長引けば長引くほど、俺が不利になるだろう。
いつしか、アリオスと戦った際に、俺が剣技を見極めたように……
俺の攻撃方法が、ニックに見抜かれてしまう恐れがある。
逆に、俺がニックの攻撃を見抜くという方法もあるが……
それは、とても難しいことのように思えた。
一瞬で見抜くことができるほど、ニックの拳は甘くない。
「なら、こういうのはどうだ!?」
ナルカミの機構を解放。
毒を塗り込んだ針を射出した。
「ちっ!?」
さきほどのように、腕を盾にしてくれれば儲けものなのだけど、さすがにそんな愚は犯さない。
毒を塗っていることを想定しているらしく、ニックは、距離をとって針を回避していた。
この攻撃は、当たる気がしないな。
不意をつけば、あるいは……いや。
その不意をつくこと自体が、相当に難しいだろう。
そんなことができるなら、拳で殴った方が早そうだ。
「なら……今度は、コレだ!」
ナルカミのもう一つの機構を使用した。
スイッチを押して……
それから、何もない空間を掴むように、腕を右から左に振るう。
「なっ……ワイヤー!?」
ナルカミから射出された極細のワイヤーがニックの腕に絡まり、その体を捉らえた。
これが、ナルカミに仕込まれている、もう一つのギミックだ。
見えづらい極細のワイヤーを射出して、対象を捕獲する。
元々は、小動物などを捕獲する際に使用するためのものなのだけど……
対人戦でも、問題なく使えるようだ。
「くっ、この……!」
ニックはワイヤーをちぎろうとするが、苦戦していた。
それもそのはずだ。
ワイヤーも、ガンツが作った特別製だ。
頑固職人の魂が込められているから、普通の人間にちぎれるようなものではない。
ワイヤーでニックと繋がった腕を、おもいきり振り上げた。
引っ張られる形になり、ニックが前につんのめる。
駆けて、肉薄し……
その勢いのまま、膝を腹部に叩き込む。
「ぐっ……!?」
ニックの巨体がよろめいた。
すかさずに拳を連打。
肉の鎧を打ち崩すように、何度も何度も打ち……
その場で独楽のように回転。
回転の勢いをのせてジャンプして、ニックの側頭部に蹴撃を叩き込む。
ニックが言葉にならない声をこぼした。
足元をふらつかせて……
それでも、踏ん張り、まだ倒れることはない。
「くそがっ!!!」
「っ!?」
ニックが豪腕を振り回して、俺を排除しようと試みる。
せっかくのチャンスだ。
ここで距離をとるわけにはいかないのだけど……
手負いの虎のように暴れるニックを御することができず、仕方なく、距離をとることにした。
ニックから視線を外すことなく、警戒しながら後ろに跳んだ。
ただ、ワイヤーはニックの腕に絡ませたままだ。
これがあれば、再び、優位に立つことは……
「……くくくっ」
不意に、ニックが笑った。
楽しそうに。
おもしろそうに。
愉悦に満ちた表情で、唇の端を吊り上げる。
「おもしろい……おもしろいなあ、おい! いいじゃねえか、お前。こんなにやるなんて、聞いてないぜ。最高だっ、最高に楽しいっ!!!」
「何を言っている……?」
「おいおい、しけた面してんじゃねーよ。こんなに楽しいことをしてるんだ。もっと笑おうぜ。楽しそうな顔をしようぜ?」
もしやと思うが、コイツ……
「バトルマニアなのか……?」
「陳腐な表現をするなあ。ま、否定はしねーけどな」
「なんて厄介なヤツだ……」
傭兵で拳闘士でバトルマニア。
なんて最悪の組み合わせだろう。
こんなヤツと出会うなんて、今日の俺は運がないのかもしれない。
これは、厄介なことにならないうちに、早めに終わらせた方がよさそうだな。
「まさか、こんな楽しいことになるなんて、思ってもなかったぜ……でも、よかった。てめえが相手なら、おもいきりヤルことができる」
「なんだと……?」
その言い方だと、まるで……
「ここからは、本気でいかせてもらうぜ」
今まで、本気ではなかった?
……いや、それはない。
こんな時に遊びをするような男ではないはずだ。
この男は拳闘士でバトルマニアかもしれないが、それ以前に、プロの傭兵だ。
仕事が失敗するかもしれないというリスクを犯してまで、遊ぶということは考えづらい。
しかし、ハッタリとも思えない。
どういうことだ……?
怪訝に思い、ついつい様子を見てしまう。
それが失敗だった。
ニックはニヤリと笑い、どこからともなく錠剤を取り出した。
「こいつを使うと、色々とつまんねーことになるから、できるだけ控えてるんだが……ま、てめえ相手なら問題ないだろ。っていうか、こいつがないと足りない。使わせてもらうぜ」
「まっ……」
止める間もなく、ニックは錠剤を飲み込んだ。
「ぐっ……お、おおおおおぉっ!!!」
ニックの筋肉が膨れ上がる。
体が巨大化しているのではないかと錯覚するほどに、体が変化していく。
胸板は鎧のように厚く、腕は二倍ほどに。
それはもう、変化というほど生易しいものではない。
『変身』だった。
「ふぅううう……」
ニックは長い吐息をこぼして……腕に絡まったままのワイヤーを、無造作に引きちぎる。
普通の人間には無理なことを、あっさりとしてのけた。
「こいつは、俺の奥の手だ。身体能力を極限まで強化する薬でな。こいつを使うと、誰も相手にならねーから、滅多なことじゃ使わないんだが……てめえなら、おもしろそうなことになりそうだ」
「まったく……ホント、今日の俺はついてないのかもしれないな」
「さあ、第二ラウンドの開始だ!」
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