63話 状態異常無効化
ゾクリ、と背中に悪寒が走る。
「なんだ……?」
思わず足を止めて、周囲を警戒した。
その時だった。
「レインっ!」
焦りを含んだカナデの叫び声。
その理由は、すぐに理解した。
死神だ。
巨大な鎌を持つ死神が空を駆ける。
狙いは……俺だ。
逃げる時間はない。
すでに、ヤツの射程圏内だ。
俺は迎撃をするべく、ナルカミを使い、手の平ほどの大きさがある針を射出する。
毒を仕込んでいるわけではなくて、単体で一つの武器になる、攻撃力の高いギミックだ。
しかし……針が死神に刺さることはない。
幻影を見ているように、その体をすり抜けた。
それでいて、悪寒は消えず、むしろよりひどくなる。
死神が鎌を振り上げる!
「レインっ、ダメぇ!!!」
避けられない!
思わず、俺は目を閉じて……
「……ん?」
……何も起きない?
恐る恐る目を開けると、目の前に死神がいた。
そして、死神が振り下ろした鎌が、俺の体を貫いていた。
「うおっ!?」
思わず声をあげてしまうが……
特に痛みはないし、血が流れているわけでもない。
死神は、それ以上、何をするわけでもなくて……
そのまま蜃気楼のように消えた。
「……幻覚? いや、それにしてはリアルだったし……それに」
「「「「レインっ!!!」」」」
慌てた様子でみんなが駆けてきた。
「だ、だだだ、大丈夫っ!? 今、変なヤツがレインに鎌を……」
「怪我してない!? 痛みは!? ねえ、なんとか言いなさいよっ」
「今すぐ回復魔法をかけます! 傷口を見せてくださいっ、早く!」
「我と契約したのだ! 我を置いていくようなことは許さぬぞっ」
みんなの目にも死神が見えていたらしく、相当な慌てっぷりだ。
この場にいた全員が幻覚にかかっていた?
それとも、あれは幻覚じゃなかった?
……ダメだ。
考えてみるものの、わからない。
ひとまず疑問は置いて、みんなを安心させないと。
「落ち着いて。俺は大丈夫だから」
「ホント……?」
「レイン、けっこう無理をしたりするから……」
「ホントに大丈夫だ。なんともないよ。ほら、このとおりだ」
その場で軽く体を動かしてみせる。
それでようやく安心できたらしく、みんなはほっとした顔をした。
「それにしても、今の、なんだったのかしら……?」
「私、すっごい嫌な感じがしたよ……その……レインが死んじゃうかと思った」
「おそらく……あれは、即死魔法ですね」
心当たりがあるらしく、ソラが険しい顔で言う。
さすが精霊族。
魔法に関することならば誰よりも詳しい。
「その名前の通り、対象を死に至らしめる、極めて危険な魔法です。上級ではなくて、さらにその上……超級魔法に分類されます。まさか、そのような魔法を使える者がいるなんて……」
「ふむん? しかし、魔力反応はまったくなかったぞ? どのような使い手であれ、魔法を使う時は魔力反応が検知されるものだ。それがまったくないということはありえぬな。おそらく、マジックアイテムの類だろう」
「なるほど、その可能性はありますね……しかし、不思議なのは、どうしてレインが無事だったのか、ということなのですが……」
ソラが心底不思議そうな顔をした。
「不発、とかじゃないの?」
「いえ。死神が顕現した時点で、不発ということはありません。抵抗を許すことなく、対象の命を刈り取る……あれは、そういう魔法ですから」
カナデが言うと、ソラがすぐに否定した。
魔法は正常に発動したらしい。
しかし、俺は生きている。
どういうことだろう?
「レインのことだから、何か隠し球があるとか、そういうことじゃないの?」
「あのな……俺をなんだと思っているんだ?」
「「ありえない特技を持ってるとんでもビーストテイマー」」
タニアだけじゃなくて、カナデまで揃って言う。
俺、そういう目で見られていたのか……?
そういうへんてこな称号はいらないのだが……
「ふむ」
あーでもないこーでもないと話し合う中、ルナが思案顔を浮かべていた。
何か思い当たることがあるのだろうか?
顎に手を当てて、考えるような仕草をして……
ややあってから、こちらを見る。
「レインよ。少し、実験してもよいか?」
「うん? よくわからないが、構わないよ」
「では、いくぞ……ポイズンドロップ」
「「「なっ!?」」」
みんなが唖然とする中、ルナは俺に向かって毒を付加する、状態異常魔法を使用した。
毒々しい色をした紫の霧が俺を包み込む。
「ちょっ!? る、ルナ! いったい何をしているんですか!?」
「あんたっ、とち狂ったの!?」
「あわわわっ、レインが……!?」
「お前達、慌てるでない。まあ、見ているがいい。我の考えが正しければ……」
少しして、毒の霧が晴れる。
俺は……毒にかかることなく、健康体のままだ。
何も変わらず、何も起きていない。
どういうことだ……?
今、確かにルナに状態異常魔法をかけられたはずなのに。
「うむ、やはりな」
「ルナ……これは、どういうことですか? 説明してください」
「レインは我らと契約をしたことで、連続詠唱のスキルを手に入れた。しかし、よくよく考えてみればおかしくないか?」
「何がですか?」
「レインは、ソラと我、二人と契約したのだぞ? ならば、手に入れる力も二つでないとおかしいではないか」
「あ……」
なるほど。
ルナの言いたいことを、なんとなく理解した。
「おそらく、連続詠唱はソラと契約した結果なのだろう。ソラは、そういう方面が得意だからな。では、我と契約した力は?」
「にゃー……つまり?」
「我と契約したことで、レインは、また別の力を手に入れていた。その力は、おそらく……状態異常無効化だろうな」
「状態異常……」
「無効化……」
カナデとタニアが驚き顔で、続けて言う。
そんな二人に、講師のようにルナが説明を続ける。
「即死魔法も、状態異常の一種だ。防ぐ方法は限られている。身代わりのアミュレットを持っているか……あるいは、状態異常魔法に対する高い耐性を持っているか。レインはアミュレットなんて持っていないから、高い耐性を獲得したのではないか、と考えたわけだな。うむ」
「確かに……他に、考えられる可能性はありませんね……」
「それを確認するために、わざと毒の魔法を使ったっていうわけ? 乱暴ね」
「にゃー……もしも間違っていたら、どうするの?」
「その時は、すまぬと謝り、すぐに解毒していたぞ。しかし、そのようなことにはならなかった。我の考え通り、レインは状態異常無効化のスキルを手に入れていた。ふはははっ、全て我の計算通りだ!」
「何が計算通り、ですか!」
「ふぎゃっ!?」
ソラのげんこつがルナの頭に落ちた。
カエルがつぶれるような声をあげて、ルナがその場でうずくまる。
「だからといって、いきなり毒の魔法をご主人様にかける人がいますか! そのような行為、使い魔失格ですよ」
「し、仕方ないではないか。即死魔法とは違う魔法でないと、ありとあらゆる状態異常魔法に耐性があるかわからないし……ああするしかないのだ!」
「なら、事前に説明をして、きちんと許可をとってからにしなさい。思いついたからといって、いきなり実行するなんて、何を考えているんですか!?」
「ふはははっ、特に何も考えてないぞ! 我にそのようなことを求めるな!」
「いばって言うことですか!」
「ぴぎゃっ!?」
再び、ソラの雷が落ちた。
普段は真面目で優等生なソラだけど……
怒ると怖いらしい。
「ぶるぶる……」
「大丈夫、大丈夫。あっち見ないようにしようね」
ソラに怯えるニーナを、カナデがなだめていた。
「レイン、すみません……ルナがとんでもないことをして……ほら、ルナも謝ってください」
「むう……しかし、我は」
「謝りますね……?」
「う、うむっ」
笑っているけど笑っていない。
そんな不気味な顔をしたソラに気圧されるように、ルナはコクコクと頷いた。
「悪かったな、我が主よ。ついつい、好奇心でやってしまった。後悔はしていない」
「ルナ……?」
「後悔しています! 反省しています! ごめんなさいっ」
普通の喋り方になるくらい、ルナが怯えていた。
妹は姉に逆らえないものらしい。
「まあいいさ。突然のことで驚いたけれど、なにかに役立つかもしれないし、事前に知っておくことができてよかったよ。俺は気にしてないから」
「ありがとうございます……ほら、ルナも」
「うむ……寛大な措置、感謝するぞ。ふはははぷぎゅっ!?」
いつも通りの態度を貫こうとしたルナが、三度、ソラに折檻されていた。
こう言ってはなんだけど……
おもしろくて、ついつい笑ってしまう。
カナデとタニアも、仕方ないなあ、という感じで笑っていた。
ニーナも、ちょっとおもしろそうなものを見る顔をしていた。
みんな、いい具合に緊張が解けたらしい。
良い傾向だ。
領主の私兵は、あらかた排除することができた。
ただ、Bランクの冒険者に匹敵するという傭兵は、まだ姿を見せていない。
おそらく、館の中で領主とエドガーを守っているのだろう。
次は、館に踏み込まないといけない。
これからが正念場だ。
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