61話 脱出
しばらく休んだところで、体が動くようになった。
立ち上がり、ニーナの手を取る。
「さあ、ここから出るぞ。準備はいいか?」
「う……う、ん」
ニーナは緊張している様子だ。
本当に逃げることができるのか? と、疑問に思っているのかもしれない。
期待を裏切らないように、絶対に、逃してやらないとな。
「行くぞ」
ニーナの手を引いて部屋を出た。
人の気配はしない。
表の方に人手が割かれているためだろう。
それでも、念のために周囲に警戒を払いながら館の中を進む。
階段を下りて、一階へ。
裏手に回り、ソラとルナの合流を待つ。
「どうして……止まる、の?」
「一緒に潜入した仲間がいるんだ。二人を待って……」
「それは」
「ルナ達のことか?」
「ひゃっ」
物陰からソラとルナが現れて、ニーナがぴょんと跳び上がった。
「よかった、無事だったか」
「心配してくれていたのですか?」
「当たり前だろう」
「そうですか……悪くない気分ですね」
「しかし、我らに心配など不要だ! 最強無敵の精霊族だからなっ、ふははは!」
「だから、大きな声を出さない」
「ふぎゃ!?」
ソラにげんこつをくらい、ルナは、なんとも形容しがたい声をこぼした。
「え、っと……」
「大丈夫だ。二人共、俺の仲間だよ」
面食らうニーナに、心配はないと告げてやる。
驚いているみたいだけど、同じ最強種であることがわかるらしく、あまり警戒していないみたいだ。
「時に……レイン。その子は誰なのですか? 新しい子を引っ掛けたのですか?」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ」
「こやつ、自覚がないぞ」
「ないですね」
「あのな……って、今はこんなことをしてる場合じゃない。連れ去られた人達は?」
「ソラ達が、転移魔法で街の中心に逃がしました」
「あそこならば、人目につくだろうし、すぐに保護されるだろう。巻き込まれる心配もないぞ」
「そっか……ありがとう。よくやってくれたな。さすが、ソラとルナだ」
「んっ」
「ふぁ」
つい反射的に、二人の頭を撫でてしまう。
子供扱いするなと怒られるかと思いきや……
二人はまんざらでもない様子で、どこか気持ちよさそうに、なでなでを受け入れていた。
「こ、これは、素晴らしいご褒美ですね」
「う、うむ……癖になってしまいそうなのだ。やめられない止まらない」
「それ、口癖なんですか?」
「知らぬ」
「もう一度、転移魔法は使えるか?」
「む? まったく問題ないぞ。精霊族の魔力量を舐めないでほしいな」
「なら、この子も頼む」
「そういえば、その子はどうしたのですか?」
「えっと……詳しい説明は省くが、もう一つの魔力反応は、この子のものだったんだ。この子……ニーナも最強種で、領主に捕まっていたから逃がしてやりたい」
「その姿……神族ですか? 珍しいですね……神族は人間に祀られることが多く、あまり人前に姿を現さないはずなのですが」
「引きこもりの我らが言えたことではないぞ」
「だから、引きこもり言わないでください」
「まあいい。ちゃちゃっと転送してやるのだ。ほら、こっちに来るがいい」
ちょいちょいとルナが手招きをするものの、ニーナは俺から離れようとしない。
俺の服の端を掴み、すがりつくようにしながら、こちらを見上げる。
「置いて……いかないで」
「大丈夫。二人に安全なところに送ってもらうだけだから」
「離れたく……ない……一人は、イヤ……」
「……ニーナ……」
声を震わせるニーナ。
庇護欲をそそられるというか……
とてもじゃないけれど、転移して終わり、なんていうことはできない。
今、目を離したら安全かもしれない。
でも、ニーナは寂しいだろうし、とても不安になるだろう。
軽くかがみ、ニーナと視線を合わせる。
「……ここにいると、怖い目に遭うかもしれない」
「……」
「危険な目に遭うかもしれない。ニーナにひどいことをしたヤツと出会うかもしれない。それでも……一緒にいるか?」
「……ん。レインと……一緒が、いい……」
「わかった。なら、一緒にいよう」
ふわふわのニーナの頭を撫でる。
安心したように、ニーナはわずかに笑みを浮かべた。
「では、表の方に急ぎましょう」
「まだ騒がしいからな。カナデもタニアも戦っているのだろう。我が加勢してやらねばいけないようだ」
「二人は反対しないのか?」
「レインが決めたことですから」
「それに、放っておけないという気持ちは、わからないでもないからな。ふふん、我は、弱者に寛容なのだ」
「同じ最強種でしょうに」
なんだかんだ言いながらも、二人もニーナのことを心配しているらしい。
まだ出会ったばかりなのに気にかけることができる……ソラもルナも、とても良い子だな。
こんな時になんだけど、ほっこりとした気分になる。
「よし」
ここから先は気を引き締めていかないと危険だ。
気持ちを切り替える。
「ニーナ、俺の背中に」
「……ん」
しゃがむと、ニーナは素直に俺の背中に乗った。
「む、それはいいな……後で、我もしてほしいぞ」
「ソラも希望します」
「全部終わったらな」
「わかりました」
「ならば、全力で終わらせてやろうではないか!」
俺達はそれぞれ気合を入れて、表の方に駆けた。
――――――――――
一方……館の表では、ステラ率いる騎士団と領主の私兵が激突していた。
「蹴散らせ蹴散らせぇえええっ! 連中を館に一歩も入れるなっ!!!」
「怯むなっ、正義は私達にある!!!」
騎士団は、ステラを含めて六人。
プラス、カナデとタニアで二人。
対する領主の私兵は、次から次に現れて、百人ほどに達していた。
八人対百人。
普通に考えるならば、ステラに勝機はない。
いかにステラが剣技に優れていたとしても、同時に相手をできるのは、せいぜい三人くらいだ。
百人を相手にすることはできないし、体力も続かない。
が、普通ではない、規格外の存在が二人いた。
「うにゃにゃにゃにゃにゃ……にゃんっ!!!」
乱戦になり、門の周辺は敵味方であふれていた。
そんな中、隙間を縫うように、正確に人と人の間を駆け抜け、風のように疾走する影が見えた。
カナデだ。
すれ違いざまに拳と脚による痛烈な打撃を叩き込んでいく。
領主の私兵が苦悶の声をあげて、次々に倒れる。
まるで、戦場を駆け抜ける嵐だ。
一度、嵐に飲み込まれたら、その場に立っていることはかなわない。
「カナデ、やるじゃない。あたしも負けてられないわね……ほらっ、いくわよ!」
カナデの奮闘を見て、タニアが感化された。
高く高く跳躍して……
瞬時に味方のいない地点を見つけ出して、そのまま突貫。
無数の敵を蹴散らしながら、隕石のごとく着弾する。
敵兵が動揺しながらも武器を向けてくるが、タニアからしてみれば、あまりにも遅い。
その場でくるっと回転。
自慢の尻尾を鞭のようにして使い、周囲の敵兵を薙ぎ倒した。
「……す、すごいな、あの二人は」
二人の活躍を見て、ステラが呆然とした。
交戦開始から、約30分。
敵の数は三分の一ほどに減っていた。
そのほとんどが、カナデとタニアの活躍によるものだ。
それでいて、カナデとタニアはまるで傷ついていない。
疲れた様子も見せていない。
たった二人で、敵兵を圧倒していた。
改めて、最強種のデタラメな力を思い知る。
しかし……
それでも、とステラは危惧する。
「このままで終わるとは思えないな……」
囚われている人々のことが気になる。
それに、領主に雇われているというBランクに匹敵する傭兵は姿を見せていない。
このまま、無事に終わるだろうか?
終わってほしいけれど、そう簡単にいかないような気がする。
そんな予感を抱いたステラは……
「ええいっ、私が弱気になってどうする!」
己を鼓舞するように、強く剣を握り締めた。
人質ならば、レインがなんとかしてくれるだろう。
Bランクの冒険者に匹敵する傭兵が現れたとしても、皆で力を合わせればいい。
ステラはそう考えて、敵陣に切り込む。
……その時だった。
「おいっ、このままじゃまずいぞ!」
「人質だ、人質を使えっ!」
「っ!?」
敵兵の間で、不穏な会話が交わされた。
レインは間に合わなかったのだろうか?
ステラは焦りを覚えるが……
「すまない、待たせたな!」
空から何かが飛んできて……
ステラのすぐ側に着地した。
ステラは、自然と笑顔になる。
「レインっ!」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




