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60話 五人目の最強種

 女の子はぐったりとしていて、ひどく弱っているみたいだ。

 今にも消えてしまいそうなほど、儚く見える。


「あ……ぅ……」


 何か、怖い記憶を思い返したのかもしれない。

 女の子は涙を流して……


「っ!」


 その瞬間、罠かもしれないとか素性がわからないとか、そういった考えは吹き飛んだ。

 こんなところに女の子を閉じ込めておくなんて、ありえない。

 俺は扉を蹴りつけて、鍵を壊して中に入る。


「……な、に?」


 女の子は横になったまま動かない。

 どうやら、立ち上がる気力すら残っていないみたいだ。


「大丈夫か?」


 そっと、女の子を抱き上げる。

 その軽さに驚いた。

 まるで羽みたいだ。


 ふわふわとした髪から、ぴょこんと狐耳が飛び出ていた。

 ぼろぼろの服の隙間から、狐の尻尾が三本。

 体は小さく、ソラとルナよりも背が低いかもしれない。

 見た目のせいもあるかもしれないが、幼く、小動物のような印象を受けた。


「ヒール」

「……あなた、は?」


 治癒魔法をかけると、ある程度は回復したらしく、女の子がこちらを見た。

 ただ、その瞳には怯えの色が含まれていた。


「……大丈夫」

「あ……」


 そっと抱きしめた。

 ガラス細工を扱うように、丁寧に、優しく。

 俺の温もりを分け与えるように、しっかりと。

 女の子をそっと抱きしめて、安心してほしいというように、背中を軽く叩いてやる。


「俺は……君の味方だから」

「み……かた?」

「ああ、味方だ」

「……うぅ……」


 女の子が、恐る恐るといった感じで、こちらに抱きついてきた。


 この一瞬で、俺を信じたというわけじゃないと思う。

 ただ……

 見知らぬ男の言葉にさえ、すがりつきたくなるくらい、追い詰められていたのだろう。

 差し伸べられた手を、罠かどうか疑う余裕もなくて……

 必死になって助けを求めている。

 そんな気がした。


「……んぅ」


 ややあって、女の子がもぞもぞと動いた。


「ちょっと……苦しい、です……」

「ごめん」


 女の子をゆっくりと離した。

 ただ、ふらふらしていたので、倒れないように背中を支えてやる。

 そのことが意外だったらしく、女の子の目が丸くなる。


「どう、して……優しく、してくれるの……?」

「言っただろう。味方だ、って」

「味方……」

「俺は、レイン。君の名前は?」

「……ニーナ……」


 女の子……ニーナは、小さな声でつぶやいた。


「ニーナは、どうしてこんなところに? もしかして、だけど……領主達に……この館の人に囚われていた?」

「……うん」


 こくりと、ニーナが頷いた。

 恐怖の色が顔に浮かんでいる。

 嫌なことを思い出させてしまったのかもしれない。

 背中をぽんぽんと叩いて、落ち着かせてやる。


「ありが……とう」

「落ち着いたか?」

「……ん」

「どうしてこんなところにいるのか、聞かせてくれないか? 困っているのならば、何か力になれるかもしれない」

「助けて……くれるの?」

「もちろん」

「う……えぇ……」


 ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。

 詳しい事情はわからない。

 ただ、この子はずっと一人で耐えてきたのだろう。


「ごめ……ごめん、なさい……安心、して……涙、勝手に……」

「大丈夫……大丈夫だから」

「う……ひっく……ぐす……」


 しばらくして、ニーナは落ち着きを取り戻した。

 ただ、赤くなった目が痛々しい。


「わたし……山奥に……いたの……」


 ゆっくりと、ニーナは事情を語り始めた。


 見ての通り、ニーナは最強種らしい。

 猫霊族と近い関係にある、神族だ。


 これまたややこしい話だけど、神様というわけではない。

 遥か昔、神々に力を授けてもらい、その名を一部譲り受けたことで、『神族』という名前がついた一族だ。


 その神族であるニーナは、山の奥にある社にいた。

 近隣の村人達に祀られて、ゆっくりと眠っていたらしい。

 神族は神聖なものとして、人々に崇められることが多い。

 ニーナも、その一人だったのだろう。


 穏やかに暮らしていたニーナだけど……ある日、状況が一変した。

 ニーナの噂を聞いた領主の息子……確か、エドガーと言ったか。

 ヤツが現れて、ニーナを捕まえ、我がものにしたという。


 それからの日々は……ニーナにとって、地獄のようなものだった。

 エドガーはニーナに性欲をぶつけることはなかったが……

 代わりに、暴力をぶつけた。

 最強種をなぶることができるという愉悦に囚われたらしい。

 来る日も来る日も、ニーナはエドガーに殴られて……

 そして……今に至るという。


 そんな話を聞いて……


「……」


 俺は激情のあまり、我を忘れそうになった。

 今すぐにエドガーを探し出して、顔の形が変形するくらい殴りつけたくなった。


 でも……


 今、怒りに囚われたら、ニーナを怯えさせてしまうかもしれない。

 それはダメだ。

 どうにか怒りを抑えて……ニーナの頭を撫でる。


「大変だったな。でも、もう大丈夫だ。俺が、ニーナをここから連れ出すよ」

「……逃げられるの……?」

「ああ、もちろん」

「……うぅ……」


 再び、安堵故に泣きそうになるニーナを抱きしめて、落ち着かせた。


「ところで、聞いてもいいか?」

「……ん」

「どうして、捕まることに? ニーナの力なら、簡単に撃退できただろう?」


 神族は、他の最強種にはない特殊能力を有している。

 聞いた話だけど、何もないところから物を創造したり、亜空間にアイテムを収納したり。

 そんな特殊能力を、各個体が有しているらしい。

 その分、能力は他の最強種と比べると劣るけれど……

 それでも、人が敵うような相手じゃないはずだ。


「……ん。村の人が……捕まって……おとなしくするしか、なかった……」

「そっか……ニーナは、優しいんだな」

「優しい……?」

「村の人のために、あえて捕まったんだろう? 優しいよ。普通なら、とてもじゃないけれどできるようなことじゃない」

「……ん」


 ちょっとだけ照れくさそうに、ニーナは頬を染めた。

 しかし、その表情はすぐに消えて、絶望が浮かび上がる。


「捕まって……この首輪を、つけられたの……それに、わたし、まだ子供だから力も大してなくて……だから、逃げられない……レイン、助けてくれる、って……うれしいけど、無理なの……」

「これは……奴隷に使用するものか」


 魔法を利用した、マジックアイテムの一種だ。

 契約者に逆らうことができず、なおかつ、一定範囲から外に出ることができない……つまり、逃げることができなくなる、という制約が課せられる。

 こんなものを女の子につけるなんて……

 再び怒りが湧いてくるが、ニーナがそれを察してびくっと震えたので、慌てて気持ちを落ち着かせた。


「……ふぅ」

「……レイン……?」

「大丈夫、俺がなんとかしてみせる」

「……できる、の?」

「俺を信じて」

「……ん。レインを……信じる」


 そっと、ニーナを束縛する首輪に触れた。


 対象を支配してコントロールする。

 この首輪に使われている魔法は、ある意味で、テイムの技術と似ている。

 それならば……俺の力を使い、支配権を横取りすることもできるはずだ!


 意識を集中させて……

 首輪に魔力を流し込んだ。


「ぐっ!?」


 瞬間、電流が流れたような激痛が走る。

 正規の手段を踏まず、首輪を外そうとする者に対する措置なのだろう。

 俺の体に異質な魔力が流れ込んできて、飢えた獣のように暴れ回る。


 痛い。

 体を内側から針で刺されているような気分だ。

 声を我慢することができず、時折、悲鳴がこぼれてしまう。


「れ、レイン……?」

「少し、ぐっ……待ってて、くれ……! これくらい、すぐに……がっ」

「痛い、の……? すごく、苦しそう……」


 自身がひどい目に遭っていたからこそ、俺の苦しみ、痛みを理解できるらしい。

 ニーナが狼狽して、その目に涙を溜める。


「やめ、て……そこまで、しなくていいから……」

「いいから……もう少しで……ぐあっ!?」

「レイン……レイン……もう、いいから……私なんて、いいから……私が、いなくなっても……誰も、悲しまないから……だから……いいの。もう、諦めるから……」

「そんな寂しいこと、言わないでくれよ」

「あ……」


 激痛が走る中……なんとか、笑いかける。


「俺は……ニーナがいなくなると、寂しい。悲しいよ……ぐっ……」

「どうして……そんな……そこ、まで……」

「理由なんて、どうでもいいさ……俺は、ニーナを助けたいんだ……だから!」


 気合を入れて、一気に魔力を注ぎ込んだ。

 ピシリ、と首輪が音を立てて……

 次の瞬間、バラバラに砕ける。


「あ……」

「ふう……なんとか、なったか」


 さすがに疲れた。

 倒れてしまいそうになるが……


「レインっ!」


 今度は逆に、ニーナに支えられた。


「ありがとう……助かるよ。ちょっと今は、体が自由に動きそうになくて……」

「レイン……レイン……」

「うん?」

「……無茶は、ダメ……」

「しかし、この場合は……」

「わたし、も……レインがひどい目に遭うの……イヤ。悲しく、なる……だから、ダメ……」

「……そっか。なら、気をつけないといけないな」

「……ん」


 涙を浮かべていたものの……ニーナは、初めて笑ってくれた。

 とても綺麗な笑顔だった。

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