58話 協力者
エドガー・フロムウェアは傲慢な男であり、領民をおもちゃのように扱う。
そのことに対して、一切の罪悪感を覚えることなく、むしろ、それが当たり前というような態度をとる。
彼にとって、領民は自らの愉悦を満たしてくれる道具でしかない。
そんなエドガーではあるが、愚者ではない。
頭の回転は早く、広い視点で物事を見ることができる。
故に、自分の行いが領民の反感を買うことを理解していた。
故に、騎士団を抱き込み、監査の手を逃れるようにした。
ただ、一つの手を打っただけで安心できるほど、エドガーは楽観的な男ではない。
予想外のトラブルというものは、いつ、どんな時に襲い来るかわからない。
その時のために、エドガーは、自分だけの駒を用意しておいた。
領民に金を握らせて、仲間達の動向を探らせて、報告させる。
騎士団に内通者を用意して、裏切り者が現れないか、常に監視させる。
色々な方法で、自らの安全を確保してきた。
そんな時だった。
エドガーの元に、不正に手を染めている騎士達がまとめて捕まった、という報告が舞い込んできたのは。
「くそっ!!!」
報告を受けたエドガーは、手に持っていたグラスを床に叩きつけた。
グラスが割れて、ワインが絨毯に染み込む。
「騎士が逮捕されただと!? しかも、全員!? ありえないだろうっ、連中は何をやっているのだ!」
「ひぅ」
同じ部屋にいる少女が、荒れるエドガーを見て、肩を震わせて怯えた。
その仕草に反応して、エドガーの視線が少女を捉える。
「……何を見ている」
「え……」
「何を見ていると聞いているんだ!?」
「わ、わたしは、何も……あうっ!?」
エドガーが少女の頬を打つ。
突然のことに対応できず、少女は床の上に倒れた。
「い……いた……」
割れたグラスが少女の肌を傷つける。
しかし、構うことなく、エドガーは少女を蹴りつけた。
苛立ちを紛らわすために、何度も何度も蹴りつける。
少女は何もすることができない。
嵐が過ぎ去るのを待つように、ただただ、体を丸くして耐えるしかない。
辛い。
苦しい。
痛い。
少女は涙をにじませながら、ごめんなさい……と小さな声で繰り返した。
エドガーは、そんな少女を見て満足した。
神に等しい存在である自分に対して、必死になって謝る。
それこそが、本来、領民達がとるべき態度である。
少女の様子を見て、エドガーはわずかに溜飲を下げた。
そこで少女に興味をなくしたように、椅子に座る。
「さて、どうしたものか……」
もう少し、少女で遊んでおきたいと思うけれど、今後のことを考えなければいけない。
エドガーは窓の外を見ながら、これからのことを考える。
「俺達と繋がっていた騎士が全員捕まる……果たして、そんなことはありえるのか?」
まずは、間者の報告を疑うエドガー。
それも仕方のないことだ。
裏で繋がっている騎士達は、9割に及ぶ。
残りの1割が9割を打倒した?
普通に考えてありえない。
正義を妄信的に掲げる愚かな連中に、それほどの力があるなんて聞いていない。
騎士団長のジレーは頭の足りない男ではあるが、実力はそれなりにある。
圧倒的少数の相手に負けることなんて、ありえるだろうか?
エドガーは、そうやって頭の中で情報を整理して……
ほどなくして結論を出す。
「……ここで楽観的に考えるわけにはいかないな。やはり、報告は正しいと見た方がいいだろう。ありえないと思うだけに、逆に真実味が増してきた」
エドガーは、ステラのことを思い返した。
以前、騎士団支部を訪れた時に、軽く話をしたことがある。
融通が利かず、騎士は正しくあるべきと信じている、エドガーからして見れば愚かな女だった。
そのステラが騎士団の実権を握ったとしたら?
まず間違いなく、自分達の監査に乗り出すだろう。
この館は、人に見せられないものがたくさんある。
自分の趣味だけではない。
父の横領、不正な資金用途の証など。
騎士団の目に入れば、今の地位を保つことは不可能だろう。
そこまで考えたところで、エドガーは、ありえないと断じた。
自分は選ばれた人間だ。
何も持たない民とは違う。
人々をどう扱おうが構わない。
なぜなら、自分のものなのだから。
それなのに、悪と断じられて、全てを奪われることはおかしい。
あってはならないことだ。
エドガーは、本気で、心の底からそのようなことを考えていた。
「簡単なのは、証拠を隠滅することだが……」
エドガーは、自分のコレクションを思い返した。
長年に亘り、集めてきたとっておき達だ。
それを捨てるのは惜しい。
それに……
「……うぅ……」
倒れたままの少女をチラリと見る。
偶然、手に入れることができた最強種。
人間であるエドガーが、最強と言われている種族をおもちゃのように扱う。
たまらない愉悦があった。
これを手放すことができるだろうか?
できない、とエドガーは判断した。
このおもちゃは、他に変えられないものだ。
今失えば、二度と手に入れることはできないだろう。
「それに……現実的に考えて、全ての証拠を隠滅することは不可能だろう。おもちゃを消すとしても、全てを何もなかったように処分することは難しい。父さんが関わっている問題は、なおさらだ」
証拠を処分することはできない。
ならば、おとなしく捕まる?
ありえない!
エドガーは、心の中で強く断じた。
「この俺が凡人に下るなど……そんなことは認められない。ならば……やるしかないか?」
エドガーは、騎士団と事を構える覚悟を決めた。
自暴自棄になったわけではない。
よく考えた末の結論だった。
現在の騎士団は、ステラが中心となっている。
ならば、ステラを排除して、再びジレーを担ぎ上げればいい。
あるいは、自分に従順ならば、別の人間でもいい。
騎士団と事を構えたとしても、抱き込むことができれば、後でどうとでもなる。
要するに、勝てばいいのだ。
幸いというべきか、こういう時に備えて私兵を雇っている。
その数は100に及ぶ。
さらに、Bランクの冒険者に匹敵する傭兵もいた。
エドガーは頭の中で、それらの要素を整理して並べて……笑う。
「くくく……そうだ。そうすればいい。俺に逆らうような愚か者は、断罪すればいい。なんだ、簡単な話じゃないか。迷う必要なんてない。騎士団だろうがなんだろうが、俺の敵になるというのならば、叩き潰してやる!」
「……果たして、そんなにうまくいくだろうか?」
「っ!?」
突然、男の声が響いた。
エドガーのものではないし、もちろん、少女のものでもない。
気がつけば、窓の傍に人影があった。
深いローブを着ていて、顔は見えない。
しかし、体型や背丈から男であることが予想された。
「誰だ……?」
エドガーは驚きながらも、その動揺を表に出さず、静かに問いかけた。
「善意の協力者だ」
「なんだと?」
「騎士団と事を構えるらしいが……あなたの考えている通りに事が運ぶだろうか? いや、うまくいかないだろう。あなたの計画は失敗する」
エドガーは眉をひそめるが、それだけに留めた。
不思議と、男の言葉には納得させられてしまうような、そんな声の力があった。
ひとまず、聞くだけ聞いてみよう。
そう判断して、エドガーは男の話に耳を傾ける。
「僕がそう断言する根拠は、騎士団に協力している、とある男の存在を知っているからだ」
「とある男?」
「レイン・シュラウド。覚えていないかな? 先日、広場であなたに楯突いた男なのだけど」
「……ああ、アイツか」
忌々しい記憶を思い出して、エドガーは舌打ちした。
「この俺に逆らう、愚か者のことだな? 結局、ジレーのヤツは捕まえられなかったようだな……しかし、アイツが騎士団に協力しているというのか? どこまでも忌々しい……だが、それがどうした? ただの愚民が一人加わったところで、何も変わらないだろう」
「レインはビーストテイマーで、最強種を使役しているんだよ」
「なんだと?」
聞き捨てならない情報だった。
エドガーは、男の話に食いついてしまう。
「それは本当なのか?」
「確かな情報だ」
「まずいぞ……それはまずい。まずいまずいまずい……最強種なんてものを相手にできるわけがない。くそっ、どうしてこんなことになる!」
「慌てる必要はないさ。手を貸すと言っただろう?」
「……何か策が?」
「コレを」
エドガーは、男から指輪を受け取る。
禍々しい色をした宝石がつけられている。
「対象を死に至らしめる魔法が封じられている、マジックアイテムだ。コレを使い、レインを始末するといい」
「男を? 始末するのは、最強種ではないのか?」
「最強種は一人だけじゃなくて、二人いる。指輪を使えるのは一度キリだ。だから、主であるレインを狙え。ヤツが倒れれば契約が解除されて、最強種はあなたと敵対する理由がなくなり、立ち去るだろう」
「なるほど……わかった、そのようにしよう」
「賢明な判断だ」
「しかし、なぜお前はこのようなことを……」
続けて話をしようとしたところで、一瞬、目を離した隙に、男は消えていた。
夢だったのだろうか?
突然のことに、エドガーはそんなことを思うが、指輪は手元に残っていた。
「……まあいい。これで邪魔者を排除できるというのならば、死神だったとしても、利用してやるぞ」
エドガーは暗い笑みを浮かべながら、指輪を握りしめた。
だからこそ、気づくことができなかった。
指輪から黒いモヤがわずかに漏れていることに。
そのモヤは獣のような形をとり、主であるエドガーに食らいつこうとしていることに。
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