53話 騎士団
騎士団は、国によって設立された、冒険者ギルドと対を成す組織だ。
冒険者ギルドが人々の自由のために動くのならば、騎士団は秩序のために動く。
犯罪者を取り締まり、街の治安を維持する。
それが騎士団だ。
騎士団は王都だけではなくて、各都市に支部が設置されている。
俺とカナデは、その支部を訪ねた。
ちなみに、他のみんなは留守番だ。
大勢で訪ねても迷惑だろうし、エドガーに狙われている以上、あまり目立つような真似はしたくない。
「すみません」
建物の中に入り、受付嬢に声をかける。
この辺りのシステムは、冒険者ギルドと変わらない。
「はい、どうされました?」
「犯罪被害について、聞きたいことがありまして」
「なんでしょう?」
「被害届を提出すれば、捜査をしてもらえるんですよね?」
「ええ、もちろんですよ。我ら騎士団は、街の秩序を守るために存在しているのですから」
「では、俺達の被害届を受理してもらえますか? 内容は……領主の息子による、権力を乱用した行いについて」
「っ!?」
ストレートに切り込んでみると、受付嬢の顔色が変わった。
さて。
この次はどう出る?
「少し前に、広場で起きた騒動は知っていますか?」
「……ええ、もちろん。迅速な情報収集は必須ですからね」
「俺達が、その事件の被害者です」
「えっ」
「俺と、ここにいない二人が被害を受けました。ああ、この子は、ただの連れです」
「どうも、ただの連れにゃ」
「ね、猫霊族? なんでこんなところに……い、いえ。今はそういう話をしている場合じゃないですね。それはともかく……その話は、本当ですか?」
「もちろん。証言が必要だというのならば、集めてきましょうか? ついさきほどのことなので、まだ、覚えている人はたくさんいるはずだから」
「……」
「被害届を提出したいので、用紙をもらえますか?」
「……その必要はないな」
別のところから声が飛んできた。
甲冑を着た壮年の騎士が現れて、俺達を睨みつける。
「と、言うと?」
「確かに、領主様の息子は騒動を引き起こしたみたいだが……些細なもので、軽いケンカのようなものと聞いている。ただのケンカに、騎士団が手を出す理由はないな。失礼だが、あなたが話を大きくしているのではないか?」
「なるほど」
「ちょっと、ただのケンカってどういうこと? ソラとルナは、無理矢理……レイン?」
抗議をしようとしたカナデを、視線で制止した。
「では、この件では騎士団は動くつもりはないと?」
「その程度の事件は、毎日、頻繁に起きているからな。騎士団は、小さな事件一つ一つに対処しているほどヒマではないのだよ」
「小さな事件……ね」
「それに、そのような話は捏造の疑いが高いという調査結果が出ている。領主様の評判を落とすために画策されている……と」
「俺は、そんなことはしない。するつもりもない」
「でしたら、余計なことは考えないようにしてくれるか? あまり不必要なことを口にしていると、名誉毀損で、逆にあなた方の調査をしなければならなくなる」
色々なパターンを想定していたが……
どうも、最悪の展開になっているようだ。
「忠告、感謝します。俺達は、別に領主を貶めようとしているわけではないので……被害届は提出しないことにします」
「賢明な判断だ」
「では、これで。カナデ、行くぞ」
「え? あ、うん」
騎士団支部を後にした。
建物を出て、人気のないところまで移動したところでカナデがこちらを見る。
「ねえねえ、レイン。いいの? 話を聞くんじゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけどな……まずは、最初に確かめたいことがあったんだ」
「にゃん、確かめたいこと?」
「騎士団は領主と繋がっているか、っていうところだ」
国の監査を何度も受けても、領主の悪行の証拠を見つけることはできない。
どうすれば、そのような完璧な証拠隠滅能力を得ることができる?
多数の街の人々に目撃されているのに、どのようにして、証拠を握り潰している?
色々な可能性が考えられるが……
その一つに、『監査側との癒着』というものがある。
簡単な話だ。
あらかじめ、金などを使うことで、監査をする騎士団と親しい仲になっておく。
そうすることで、監査の手を緩めてもらい、何も証拠は出なかった、という結論を出してもらう。
これならば、何度監査を受けても証拠が出ることはない。
被害者の訴えをもみ消して、いつまでも好き勝手にすることができる、というわけだ。
確証はなかった。
あくまでも、可能性の一つとして考えていただけだ。
ただ、もしも、領主と騎士団が裏で繋がっていたとしたら?
騎士団から話を聞くなんてことは、まず不可能だろう。
それどころか、領主のところに突き出されるかもしれない。
なので、まずは最初に裏があるのか確かめることにして……
あの騎士の態度が全てを物語っていたので、さっさと撤退した……というわけだ。
「にゃるほど……レイン、色々と考えているんだね」
俺の考えをカナデに話すと、感心したような顔をされた。
「できれば、間違っていてほしかったんだけどな……」
敵は領主だけではない。
街を守るはずの騎士団も敵だ。
さすがに、全ての団員が領主と繋がっているわけではないだろうが……
少なくとも、監査を行う騎士達は領主と繋がっているだろう。
道理で証拠が出てこないわけだ。
「さて、まいったな」
「にゃー……騎士団が領主と仲良くしてるなら、どれだけ訴えても無駄になっちゃうわけだよね」
「どうにかして領主達の悪行を表にしなければいけない。しかし、本来、それを行うはずの騎士団は領主達のいいなりになっている」
「私達で監査をして、悪事を暴いちゃう、っていうのは?」
「難しいな……個人の監査なんてものは認められていないからな。証拠として認められるかどうか……下手したら、これまた、反逆罪が適用されるだろうな」
「にゃー……なんか、腹が立つにゃ」
「ホントにな」
街の領主達が敵。
騎士団も敵。
どうにかして、この状況を打破しなければいけないが……
さて、どうしたものか?
「すまない」
振り返ると、騎士の甲冑に身を包んだ女性がいた。
歳は俺よりも上……20くらいだろうか?
長い髪をポニーテールでまとめている。
凛とした表情は騎士らしく、瞳には強い意志が感じられた。
「にゃっ、騎士!? 追いかけてきたの!?」
「カナデ、落ち着いて」
カナデが臨戦態勢を取るが、街中で、しかも騎士と事を構えるわけにはいかない。
「……何か?」
「君達は、さきほど、騎士団の支部にいただろう?」
「さあ? 何かの見間違いでは。そんなところに足を運んだ記憶はない」
「私もその場にいたのだ。君達の会話も聞こえた。領主達による犯罪被害に関する相談をしていたな?」
「盗み聞きとは、あまりいい趣味とはいえないな」
「すまない。そんなつもりはなかったのだけど、つい気になってしまい……いや、言い訳にすぎないな。気を悪くしたのならば謝る。この通りだ」
女騎士が頭を下げる。
あまりにも簡単に下げるものだから、驚いてしまった。
通常、騎士はプライドが高い。
幾多もの関門を潜り抜けた者だけがなれる職業なのだ。
エリート意識を持つ者は多い。
それなのに、こうも簡単に頭を下げるなんて……
この女性の人柄なのか。
はたまた、こちらを油断させるための策略なのか。
……ダメだ、判断がつかない。
こういう時は、カナデを頼りにしよう。
「……カナデ、どう思う?」
「……うーん、イヤな感じはしないよ。ホントに悪いって思ってるみたい」
こういう時、カナデの勘というか、人を見抜く眼力は頼りになる。
こういうのもなんだけど、猫霊族は、最強種の中で一番野生に近いからな。
勘が鋭く、相手を見抜く力に優れている。
そのカナデが言うのならば、この女性のことは信用してもよさそうだ。
「謝罪を受け入れるよ。頭を上げてほしい」
「そうか、助かる」
「それで、俺達に何か用なのか? まさかとは思うが、事件を口外しないように念押しをしにきたとか?」
「とんでもない。むしろ、その逆だ」
「逆?」
「申し遅れた。私は、騎士団、ホライズン支部の副隊長を務めているステラ・エンプレイスという」
「レイン・シュラウドだ」
「カナデだよ」
「私の目的は、領主達の悪行を白日の下に晒し、断罪することにある」
女騎士……ステラは、とんでもないことを口にした。
これは、完全に予想外の出来事だ。
思わず目を丸くしてしまう。
「にゃー……つまり、ステラは私達の味方?」
「そうなりたい、と思い声をかけたというわけだ」
「とりあえず、話を聞かせてくれないか?」
――――――――――
騎士団のホライズン支部は、領主達との癒着で腐りきっているらしい。
団員の大半が領主達のいいなり。
隊長も金に溺れ、まともな捜査をすることがない。
強い意思と正義感を持つステラは、領主達が用意した賄賂に手を染めることはなかった。
本来あるべき騎士団の正しい姿を取り戻すために、一人、奔走していたという。
腐りきった騎士団の体制に風穴を開けたい。
全ての元凶である領主達の悪事を全て明らかにしたい。
しかし、一人でできることなんて限られている。
何もできないに等しい。
誰が仲間なのか、誰が裏切り者なのか。
暗闇の中を一人歩くような行為を続けるしかなかった。
そんな時、俺達の会話が聞こえてきたという。
最強種である猫霊族を連れた冒険者が、領主達の被害を訴えている。
何かの転機になるかもしれない。
そう思い、俺達に声をかけたらしい。
「……なるほど、そういうわけか」
「にゃー……大変なんだね」
「恥ずかしい話だが、私一人では、もうどうしようもなくてな……藁にもすがる思いで、あなた達に声をかけたというわけだ。今は、少しでも前に進むための情報が欲しい」
「って言われても……私達も、大した情報は持ってないよね? 領主達の事件に巻き込まれたのだって、今日が初めてだし」
「む、そうなのか……?」
「ただ、目的は一致している」
「そうだね。私達も、領主達をなんとかしよう、って決めたところなんだ」
「そう……なのか? しかし、どうして……」
「こんな現状を知ったら、放っておけないだろう?」
「……」
「……」
「え? それだけの理由なのか?」
「そうだけど?」
「放っておけない、なんて……たったそれだけの理由で、領主を敵に回そうというのか? 騎士団と事を構えようというのか?」
「俺にとっては、十分な理由だ。困っている人を助けるのに理由が必要なのか?」
「……ぷっ、くはは」
ステラが我慢しきれないというように笑う。
「いや、すまない。バカにしたつもりはないんだ。ただ、そのようなことを真面目に口にする者がいるなんて、思ってもいなくてな」
「レインらしいよね」
なぜか、カナデはニコニコ顔だ。
自分が褒められたみたいに、うれしそうにしている。
「俺達、協力できると思うんだけど、どうかな?」
「ああ、もちろんだ。二人に声をかけたことは、間違いではないようだ」
しっかりと握手を交わした。
「でもでも、どうするの? 領主達だけじゃなくて、騎士団も敵なんだよね?」
「そうだな……」
「やっぱり、まとめて叩きのめしちゃう?」
「そ、それはさすがにまずいぞ。証拠もなしにそのようなことをしたら、私達が反逆罪に問われてしまう」
「うにゃー……めんどくさいね。証拠が必要だけど、でもでも、騎士団は動いてくれなくて……にゃーん、考えすぎて、頭がショートしちゃいそう」
「……いや」
頭の中で考えをまとめる。
領主達は敵……騎士団も敵……
必要なのは証拠……
そのためにするべきことは……
「……カナデの言う通り、全て叩きのめしてしまうか」
「な、なんだと!?」
「レイン、ヤケになった?」
「そんなわけないだろう。ちゃんとした考えがある」
「どんなの? 聞かせて聞かせて」
「必要なものは二つ。悪事の証拠と、領主達を裁いてくれる正しい騎士団だ。まずは、騎士団を本来あるべき正しい姿に戻す」
「それは……でも、どうするつもりなのだ? すでに、大半の団員が領主達と結びついている。私達の方が圧倒的に不利なのだぞ?」
「この際だ。大掃除をしよう」
「にゃん? 大掃除?」
「不正に手を染めている団員、全員を排除する」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




