51話 領主の息子と騎士団
ホライズンの街を治める領主の館。
その一室に、エドガー・フロムウェアの姿があった。
「ちっ」
エドガーは、不機嫌そうに舌打ちをした。
思い返すことは、広場で起きた出来事だ。
いつものようにおもちゃを探していると……極上品を見つけた。
すぐに連れ帰り、楽しもうとしたのだけど……
一緒にいた男に邪魔された。
あろうことか、領主の息子である自分に楯突いた。
不愉快極まりない行為だ。
「あの男、ふざけた真似をしてくれる」
自分は、この街を治める領主の息子だ。
ある意味で、神に等しい存在だ。
平民が逆らうことは許されない。
命を差し出せと命令したら、連中は喜んで自害しなければならない。
エドガーは、本気でそんなことを考えていた。
彼にとって街で暮らす人々はその程度の認識なのだ。
「エドガー、入るぞ」
扉が開いて、でっぷりと肥えた男が現れた。
豪華な装飾品をまとい、派手に着飾っている。
ただ、山のように突き出た腹部が全てを台無しにしていた。
「なんだ、父さんか」
「街で騒ぎを起こしたそうだな?」
「……否定はしないが、俺のせいじゃない。愚民が己の分をわきまえず、調子に乗ったから、躾けてやろうと思っただけさ」
「ふむ、そういうことか。ならば、仕方ないな」
エドガーの父……すなわち、ホライズンの街の領主も、息子が起こした事件の詳細を聞いていた。
その上で、仕方ないと言う。
彼の人柄が集約された一言だった。
「ということは、今日の獲物はなしか」
「残念ながらね」
「楽しみにしていたのだがな」
「いつも思うのだけど、俺のおこぼればかりでいいのかい? 父さんも、自分で獲物を見つけたらどうだい?」
「儂は、どうも目利きが苦手でなあ。その点、お前が見定めた獲物なら間違いないから安心できるのだよ」
「ま、父さんがそれでいいと言うのなら、俺は構わないけどね」
第三者がこの場にいれば、眉をひそめるどころか、絶句しそうな会話が平然と繰り広げられていた。
本人達が己の罪を自覚している様子はない。
悪びれる様子すらない。
自分達が治める街だ。
ならば、その街に住まう者をどうしようが勝手だろう。
そんな傲慢な考えが透けて見えるようだった。
「いつものように、後始末は儂に任せるといい」
「いや。待ってくれないか? 今回は、俺にやらせてほしい」
「うん? それは構わないが、どうかしたのか?」
「……ちょっとね」
エドガーが暗い表情を浮かべた。
獲物を刈り取る邪魔をしただけではなくて、自分に恥をかかせた男……
確か、レインと言ったか?
愚かな行いを死ぬほど後悔させてやろう。
エドガーは暗い情念を心の中で燃やし、拳を握りしめた。
――――――――――
領主が部屋から立ち去り……
入れ替わるように、甲冑に身を包んだ男が現れた。
ジレー・ストレガー。
ホライズンの街の騎士団支部、隊長を務める男だ。
「遅いぞ」
「エドガー様、おまたせしてしまい、申し訳ありません」
ジレーはエドガーの前で膝をついて、頭を下げた。
王に忠誠を誓うような動作だ。
それを見て、多少は気が晴れたらしく、エドガーは、ジレーに椅子に座るように勧めた。
「さて……今日、ここに呼んだ理由はわかっているな?」
ジレーが椅子に座り、エドガーが口を開いた。
再び、軽く頭を下げながら、ジレーが答える。
「はっ。広場の件でありますな?」
「いつものように、被害届などを出そうとする者がいた場合、適切に処分しろ」
「かしこまりました」
とんでもないことを要求されたはずなのに、騎士団長であるはずのジレーは、迷うことなく頷いてみせた。
そのことに気をよくしたらしく、エドガーが笑みを浮かべながら、革袋をジレーに渡す。
「ほら、いつものヤツだ」
「ありがとうございます」
「金貨10枚だ。確認してもいいぞ?」
「いえ。今更、エドガー様を疑うような真似はいたしません」
「いい返事だ。これからも頼むぞ?」
「もちろんです」
ジレーは、エドガーを敬うように、繰り返し頭を下げた。
本来ならば、騎士が忠誠を捧げるのは国を治める王、ただ一人だ。
それなのに、ジレーという男はエドガーに対して己を捧げていた。
それは、とても歪な関係であり……
この街の暗部を象徴しているような光景だった。
「では、事後処理があるため、私はこれで」
「ああ、待て」
ジレーが立ち上がり、部屋を立ち去ろうとすると、エドガーが呼び止めた。
振り返るジレーに、エドガーは追加の革袋を投げた。
「金貨五枚だ」
「これは?」
「追加で頼みたいことがある」
「なんでしょうか」
「レインという名の男について調べてほしい。おそらく、古くから街に住んでいる者ではない。旅の者か、最近、街にやってきた者だろう。その男に関する情報をよこせ。可能ならば、俺の下に連れて来い」
「かしこまりました」
なぜ? とか、どうして? なんて言葉は使わない。
主……エドガーが求めているのならば、ジレーはそれに従うだけだ。
そうすれば、金をもらうことができるのだから。
「期待しているぞ」
「はっ。必ず、ご期待に応えてみせましょう」
ジレーが退出して、エドガー一人になる。
「この街で、俺に逆らえる者はいない……いてはならない。そのことを教えてやるっ」
自分は領主の息子なのだ。
この街で二番目に偉い存在だ。
民が逆らうことなど許されない。
どのような命令であれ、従わないといけない。
それがこの街の人々の義務なのだ。
それを理解していない愚か者は、正義の鉄槌をくださないといけない。
エドガーは拳を握り締めて、その時が来ることを妄想した。
「くくくっ」
笑みを浮かべる。
あの生意気な男は、どのように命乞いをするだろうか?
どのような惨めな顔を見せてくれるだろうか?
その時を想像するだけで、たまらない愉悦が満ちる。
「ふむ」
男をなぶるための準備を進めることで、ある程度、気が晴れた。
しかし、完全に落ち着いたというわけではない。
広場で受けた屈辱は、心の隅にこびりつくように、エドガーのプライドを激しく傷つける。
まだ足りない。
気晴らしをしないといけない。
こういう時のために手に入れた、絶好のおもちゃがあるではないか。
エドガーは鈴を鳴らした。
「……し、失礼……します……」
しばらくして扉が開いた。
幼い少女が顔を出した。
見た目は、まだ子供といってもいい。
可憐な容姿をしていて、将来が期待されそうだ。
容姿だけではなくて、他に目を引く要素があった。
獣のような耳と尻尾が生えていた。
少女はおずおずとエドガーに声をかける。
「あ、の……な、なんでしょうか……?」
「遅いっ!」
「ひっ」
エドガーの投げたグラスが、少女の近くに飛ぶ。
ガラスの割れる音に、少女はびくりと体をすくませた。
「鈴を鳴らしたらすぐに来いと命令しただろう? なぜ遅れた?」
「え……で、でも……わたし、すぐに……」
「口答えをするな!」
「うあっ」
エドガーが少女を平手で打つ。
たまらずに少女は床に倒れた。
「愚図が……これは、また躾けないといけないみたいだな」
「うぅ……」
エドガーが嗜虐心に満ちた笑みを浮かべた。
対する少女は、諦観を瞳に宿していた。
これはいつものことだった。
殴られてばかりで……
何度謝っても許してもらえない。
少女にとって、当たり前の日常だった。
いつまでこんなことが続くのか?
何度、絶望しなければいけないのか?
答えは……わからない。
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