50話 撃退
「ちっ」
兵士達が前後左右から同時に斬りかかってきた。
さすがに、これは厳しい。
厳しいが……俺が二人を守らないと!
「このっ!」
まずは、前方から突撃してきた兵士の足を払う。
倒れたところで上から下に足を踏み抜いて、行動不能にさせる。
続けて、左右から襲い来る兵士達の対処に移る。
ソラとルナの手を引いて、抱きしめるような形を取る。
二人の体を支えながら、左右からの剣戟を避ける。
ソラとルナを抱えたまま、自由に使える足で兵士達を蹴り飛ばした。
巨大なハンマーで殴られたように、兵士達の体が大きく吹き飛ばされた。
「もう一つ……追加だ!」
最後に、後方から迫っていた三人の兵士達に向き合う。
ソラとルナを離して……
替わりに、手近に置かれていたベンチを持ち上げ、投げつける。
この行動は予想外だったらしく、兵士達は避けることができず、真正面から投げつけられたベンチを食らい、まとめて倒れた。
「こいつ、化物だ……!?」
「ひ、怯むな! このままだと、俺達がエドガー様に……」
「犬だ! 犬を放て!」
兵士達の合図で軍用犬が放たれた。
「グルルルゥッ!!!」
犬歯をむき出しにして、軍用犬達が吠える。
タイミングを合わせて、風のように襲いかかってくるが……
「止まれっ!!!」
「っ!?」
相手が獣ならば、俺の本領発揮だ。
命令を下して、軍用犬達の足を止めさせた。
「なっ、ど、どういうことだ!? おいっ、いけ! なぜ止まる!?」
「……」
「行けと言っているだろう、どうした!?」
突然、軍用犬達が命令を聞かなくなり、兵士達が慌てる。
無駄だ。
犬をテイムするなんて、俺にとって朝飯前だ。
軍用犬だろうがなんだろうが、普通の犬ならば簡単にコントロールすることができる。
「いけっ!」
兵士達に代わり、俺が命令を下した。
軍用犬達は一斉に兵士達に襲いかかり、悲鳴が上がる。
「はぁ……なんというか……これはまた、すごいですね」
「いざとなれば、ルナ達も加勢するつもりでいたのだが……まるで出番がないな」
「まさか、レイン一人でどうにかしてしまうなんて、思ってもいませんでした」
「さすがレインなのだ! 我の主であるだけのことはあるな。我は誇らしいぞ」
ソラとルナの言葉が少しくすぐったい。
「ちっ、役立たず共め」
「そろそろ諦めてくれないか?」
「諦める? 俺が? はっ、バカを言うな。俺は、一度手に入れたいと思ったものは、どんな手を使っても手に入れることにしてる。前言撤回などありえぬな」
ほとんどの兵士達が倒されたというのに、エドガーから余裕の色は消えない。
もしかして、ヤツ自身がとてつもない力を持っているのだろうか?
それ故に、自信があるのだろうか?
とはいえ、そういう風には見えない。
叩けばそのまま飛んでいきそうな感じだ。
エドガーは、不敵な笑みを浮かべたままだ。
まだ警戒を解くことはできない。
「諦めないというなら、どうするつもりだ? お前自身が向かってくるか?」
「ふん。バカを言うな。なぜ、この俺がそのようなことをしなければならない? そういうのは、自分では大したことを考えることができない、愚者がするべきなのだぞ」
「その愚者に、お前は含まれていないのか?」
「その生意気な口をすぐに閉ざしてやろう……これを見ろ」
エドガーが視線を向けた先……複数の兵士達が周囲に散らばり、事の成り行きを見守っていた人々に剣を突きつけていた。
「これ以上抵抗をするのならば、こいつらに代わりに罰を受けてもらう」
「なっ……」
「なるほど。確かにお前は力があるようだ。強い、と認めよう。しかし、力だけで全てに勝利できるほど、世の中は甘くない。こういう戦い方もあるのだよ」
「ふざけるな! 無関係の人を巻き込むなんて、そんなバカなやり方があるものかっ」
「無関係だというのならば、好きにしろ。俺は構わないぞ? こいつらの血が流れるだけだ」
「自分の領の民に手を出すなんて、本気か?」
「本気だとも。民衆なんて、俺の道具にすぎない。道具をどう扱おうが、持ち主の勝手だろう?」
エドガーは狂気に飲み込まれているわけではない。
理知的な色が瞳に宿っていた。
つまり、これで正常……ということだ。
なんて厄介な相手だ。
狂っているならまだしも、正常な状態で、本気でこんなことを考えるなんて。
ある意味で、魔物よりも質が悪い。
「さあ、女達を渡せ。それで、手打ちにしてやる」
ウソだろうな。
ここまでした以上、俺を無傷で帰すわけがない。
まあ、俺のことはどうでもいい。
ソラとルナをこんなヤツに渡すなんて、ありえない。
でも、だからといって、無関係の人々を見捨てるなんてことはしたくない。
どうにかして助けないと……
しかし、相手は複数。
しかも位置がバラバラで、それなりに距離が離れている。
一人を倒している間に、残りの兵士が人々を傷つけてしまうだろう。
「……レイン」
「……我らがなんとかしようか?」
ソラとルナが、そっと、俺にだけ聞こえる声でささやいた。
「……できるのか?」
「……ソラ達精霊族は、魔力に特化した種族です。複数の魔法を扱えるだけではなくて、特殊な魔法スキルを有しています」
「……その中の一つに、連続詠唱というものがあるぞ。一つの魔法を同時に複数使えるスキルなのだ。これならば、一度に連中を叩くことができる」
「……デメリットは?」
「……特にないぞ」
軽くルナが視線を逸らす。
「……本当にないのか? ウソはつかないように」
「……強いて言うのならば、我らの正体がバレるということか。精霊族は、魔法を使う時は羽を顕現させなければいけないのだ。羽が余剰魔力放出の役割を果たすため……まあ、小難しい話は今はどうでもいいか」
「……そういうことなので、騒ぎになった場合、ソラ達のことを守っていただけると幸いです」
「……もちろん、守るが……」
できることならば、そのような騒動は避けたい。
ソラとルナが精霊族だということがバレたら、どうなるか。
悪い想像が尽きることはない。
「……待てよ?」
さきほど、二人と交わした会話を思い出した。
ソラ、ルナと契約を交わした俺は、新たにどんな力を手に入れた?
魔力でもない。
新しい魔法を覚えたわけでもない。
となると……
「……」
意識を集中して、魔法の構造式を思い浮かべる。
すると、今までにない構造式がぽんと思い浮かんだ。
新しい魔法というわけではなくて、既存の魔法……ファイアーボールに一手間を加えるような、そんな構造式。
これは……賭けてみてもいいかもしれない。
「……ソラ、ルナ。一つ、試したいことがある。失敗した場合は、二人に任せたい」
「……わかりました。レインに任せます」
「……よくわからぬが、後のことは任せるがよい」
「……頼んだ」
二人と視線を交わす。
そこにあるのは、信頼の感情だ。
「どうした? だんまりを決め込むつもりか? いつまでそうしているつもりだ。おとなしくしないのならば、血を見てもらうことになるぞ」
焦れた様子でエドガーが言う。
「わかった……俺達の返事は」
「返事は?」
「お前が喜ぶことは絶対にしない、だ」
瞬時に魔法の構造式を構築。
それに、新しい式を追加。
そして、魔法を解き放つ。
「ファイアーボール・マルチショット!!!」
複数の火球が生み出されて、四方八方に散る。
連続詠唱。
一つの魔法を同時に複数解き放つ。
できた!
これが、ソラとルナと契約をして得た力か!
「なっ!?」
「ぎゃあ!?」
「ぐあああっ!」
人々に剣を突きつけている兵士達に、火球が勢いよく激突した。
人質に危害が及ばないように出力は絞っているものの、それでも、直撃すればタダでは済まない。
兵士達は一度に倒されて、地面を転がり悶えた。
「バカな!? 魔法を同時にいくつも解き放つだと? そのようなこと、できるわけが……」
エドガーが驚いているが、わざわざ説明してやる義理も義務もない。
そこらの兵士が落とした剣を拾い上げて、エドガーの喉元に突きつける。
「まだ続けるか?」
「くっ……」
「兵士達を連れて帰れ。そして、二度とその顔を見せるな」
「……貴様、覚えていろよ」
「ワンパターンの台詞だな。もう少し、捻りが欲しい」
「俺は、欲しいと思ったものは必ず手に入れる……必ずだ」
エドガーは忌々しそうにこちらを睨みつけて……
倒れている部下達はそのままに、一人、この場を後にした。
「とりあえず、なんとかなったものの……」
これは、面倒なことに巻き込まれたかもしれないな。
とはいえ、後悔はしていない。
「ソラ、ルナ。大丈夫か?」
この二人を……仲間を守ることができたのだから。
それに、罪のない人々も守ることができた。
同じような場面に遭遇しても、俺は迷うことなく、同じ選択を繰り返すだろう。
「レイン、ソラ達のためにありがとうございます」
「感謝するぞ、レインよ。我は、素直にうれしい!」
「それにしても、レインが精霊族の特殊スキルを受け継いでいるなんて……驚きでした」
「さすがレインなのだ。我が見込んだ男だけはある」
「ソラも、レインのことは高く評価していますよ?」
「いいや。我の方がレインを評価しているぞ?」
「ソラです」
「我だ」
よくわからないことで争う二人が微笑ましい。
とはいえ、和んでいる場合じゃない。
宿に戻り、これからのことをカナデとタニアと話し合わないとな。
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