48話 信頼
引き続き、ソラとルナと一緒に散歩をする。
大通りを抜けて、商店が立ち並ぶ区画にやってきた。
「おー!」
200年ぶりに訪れる人間の街。
見るもの全てが目新しいらしく、ルナはあちらこちらに視線を飛ばしていた。
「これは、なかなか」
ソラは、ルナほどはしゃいではいないものの、似たような感じでキョロキョロしていた。
二人共、今日はずっとこんな感じだ。
どこか微笑ましい。
子供を連れ歩いているような気分だ。
とはいえ、そんなことを考えていると知られたら、二人は怒るだろうな。
顔に出さないようにしないと。
「ところで、レインよ。我は気になっていることがあるぞ」
「うん? 気になっていること?」
「レインは、カナデとタニアと契約したのだろう?」
「そうだな」
「カナデと契約したことで、身体能力が強化された。タニアと契約したことで、魔力が強化された。違いないな?」
「そうだけど……?」
「そして……レインは、我とソラとも契約をした」
なるほど。
ルナの言いたいことが、なんとなく理解できた。
「つまり、ソラ達と契約したことで得られているであろう能力は何か? という話ですね」
言いたいことを代わりにソラに言われてしまう。
「うむっ、その通りだ! 我らと契約したことで、レインはどのような力を手に入れたのか、興味があるぞ」
「と、言われてもな……」
俺自身、興味はある。
カナデによると、一定以上の種族と契約した場合は、使役している者の力を得られるという話だ。
ソラとルナは精霊族という最強種だから、何かしらの力を得ていることは間違いないだろう。
ただ……実感がないんだよな。
カナデの時もタニアの時も、実戦に至るまで気づくことはできなかった。
自分の中で、何がどう変化しているのか?
それを自覚することは難しい。
「何か変化はないか?」
「わからないな……特に、今までと変わりはない」
「この前の鉱山での戦いの時、何か変わったことはありませんでしたか?」
「ない……と思う」
先の戦闘を思い返しながら答えた。
身体能力は変化なし。
魔力は……多分、変わらないと思う。
きちんと魔力量をコントロールすることができた。
二人と契約したことで魔力がさらに上昇しているならば、おそらく、とんでもないことになっていただろう。
今までのようにコントロールできず、自滅していた可能性が高い。
そうなっていないということは、魔力が上昇していないということだ。
「ふむ? それは妙だな」
俺の話を聞いて、ルナが怪訝そうな顔になる。
「我ら精霊族は、魔力に特化した個体だからな。我らを使役したとなれば、当然、魔力が増えると思っていたのだが……」
「扱うことができる魔法が増えているのかもしれませんよ? ソラ達が使える魔法を全て使えるようになっている、とか」
「おおっ、なるほど! それはあるかもしれぬな。よしっ、レインよ! とりあえず、絶級魔法を放ってみるがいい!」
「とりあえず、で街中で魔法を撃てるわけないだろう。というか、なんだ、その絶級魔法っていうのは?」
「魔法に位があるのは知っているだろう? 初級、中級、上級。人間の間では、この三つが基本なのだよな? 確か。カナデがそんなことを口にしていたぞ」
「ああ、その通りだ」
「ただ、その上にさらに二つの位が存在する。上級を遥かに超える、超級魔法。そして、その超級を超える、我ら精霊族しか扱うことができぬ秘術……絶級魔法が存在するのだ。まあ、我らはまだその域に達していないので、使うことはできないが」
超級魔法は知っている。
おとぎ話などに出てくる勇者が使っていたと言われている魔法だ。
少し前までは、ただのおとぎ話の内容としてしか認識をしていなかったが……
この前、アリオスと激突した時にタニアが使用したらしく、現実に実在する魔法と知った。
しかし……伝説に出てくるような超級魔法を超える、さらに上の位の魔法が存在していたなんて……
そして、それを扱うことができるのは精霊族だけだなんて……
改めて、最強種というのはとんでもない種族ということを思い知る。
「絶級魔法? どころか、上級魔法も使えないさ」
「諦めるのが早くないか? 試してみないことには、わからないぞ?」
「二人ならわかるだろう? 習得した魔法は、その魔法の構造式が頭の中に思い浮かぶけれど、そうでない魔法は何も思い浮かばない。俺が思い浮かぶ魔法の構造式は、ファイアーボールとヒールとブーストの三つだけだ」
「ふむ。そういうことならば、新しい魔法を習得してるということはなさそうだな」
「では、レインはどのような力を得ているのでしょうか? もしかして、何も得ていないとか?」
「それは、なんかイヤだぞ。我らが外れみたいではないか」
「契約をしたものの、得られる力が皆無の外れ使い魔……ソラ達は、そんなレッテルを貼られてしまうのでしょうか?」
「うお……言葉にすると、ますますイヤな気分になるな。レイン、そのようなことを思っていたのか!?」
「ないから」
二人を落ち着かせるために、ぽんぽんと頭を撫でた。
「ふぁ」
「ひゃう」
軽く頭を撫でると、二人は妙な声をこぼして、おとなしくなった。
「得られる力がなかったとしても、俺にとって、二人は大事な仲間であることに違いはないさ。力うんぬんで判断するつもりはない」
「……困りました」
「うん?」
「そのようなことを言われたら、ソラは照れてしまいます」
「う、うむ。我も、こそばゆい思いがして……むううう……まともにレインの顔を見れないのだ」
二人は頬をわずかに染めて、落ち着かない様子でもじもじしている。
ソラはともかく、ルナまで。
普段の態度からは想像できないが、意外と純情なのかもしれない。
「なあ、レインよ。なぜ、そこまで我らを信用するのだ? 我らは、まだパーティーに加わったばかりだ。パーティーの戦闘は一度しか経験しておらぬ。しかも、その戦闘は、捕虜を確保した後に、我らが途中で離脱するという中途半端なもの。それなのに、なぜ信用する? 我が言うのもアレだが、簡単に信用しすぎではないか?」
「ルナの言うことは、ソラも気になっていました。どうしてなのですか、レイン?」
「あー……確かに、気になるかもしれないな」
二人の言う通りかもしれない。
信頼というものは、一夜でできるものじゃない。
コツコツと積み重ねて、たくさんの時間を重ねて、それで、ようやく出来上がるものだ。
一夜で作り上げられた想いを信頼と言っているとしたら、それはニセモノになる。
そのことは自覚しているのだけど……
それでも、俺はソラとルナを大事な仲間と呼ぶ。
間違えているのかもしれないが、仲間と呼び続ける。
「俺が勇者パーティーを追放された話はしたよな?」
迷いの森の攻略を終えて、街に戻る途中……
それまでの経緯を説明するために、二人にあれこれと話をしたことがある。
「ええ、覚えていますよ。レインを追放したという、アホな方々のことですね? あの時、宿で会った人間が勇者なのですよね?」
「愚かな連中だな。我が知る人間のイヤな部分が詰め込まれたような者だ」
二人の言葉は辛辣だ。
俺に同情してくれているのかもしれない。
「俺とアリオス達の間に『信頼』の二文字はなかった。あるのは、ただの利害関係で……今になって思い返すと、何もない空っぽのパーティーだった」
「利害関係のみで作られたパーティーですか……」
「我らとはまるで違うな」
「今になって思うけど、俺は、どこかでアリオス達を信じていなかったのかもしれない。相手は勇者で、でも、俺は力のないビーストテイマー。信じようとしても、自分に自信が持てず、信じることができない……必要ないと思われているかもしれないと、どこかで怯えていたのかもしれない。そして、アリオス達を信じることができず……その結果が、追放だ」
「「……」」
「もしも、アリオス達を心の底から信じていれば……信頼を寄せていれば、また、別の結果が訪れていたのかもしれない」
「そんなことは……レインは悪くありません。ソラは、軽く顔を合わせただけなので、詳しくはわかりませんが……あの人間は、とてもイヤな感じがしました。レインが信頼をしていたとしても、裏切っていたと思います」
「我も同意見だぞ。人間は愚かな存在だ。レインは、信頼するに値するが……他の連中はそうもいかないからな。自分が悪いなどと思う必要はないぞ」
「ありがとうな。そう言ってくれると、うれしいよ。でも、やっぱり、信頼できなかった自分にも責任はあると思うんだよ」
「「……レイン……」」
「だから、俺は決めたんだ。もう同じような失敗はしない。信じて、信じて……それで裏切られるのなら、別に構わない。笑って受け入れるさ。そうやって信じることで、開けるものがあると思うんだ。そう信じているんだ。だから……俺は、どんなことがあっても仲間を信じる。俺の方から信じることで、『信頼』を築いていく……とな」
「なんていうか……レインらしいですね」
「うむ。単純ではあるが、非常にわかりやすい」
「それ、褒めてないよな……?」
「褒めていますよ? とてもレインらしく……ソラも、レインに今まで以上の信頼を寄せるようになりました」
「我は、他の人間は好きになれぬが……レインは別だぞ? 我らを助けてくれたからな。それに、今の言葉は『信用』できる」
俺の言葉に応えるように、二人も似たような言葉を使い、笑顔を浮かべた。
俺達は、今はまだ、本物の信頼で結ばれていない、仮初のパーティーなのかもしれない。
それでも、いつかは……
そう思い、歩き続けていこう。
きっと、俺達の想いは交差して、道は繋がるはずだから。
「ところで、レインよ」
「うん?」
「真面目な話をしていたら、腹が減ってしまった。そろそろ、何か食べたいぞ」
「ホットドッグを食べたばかりでしょう……ルナのお腹は、いったいどうなっているのですか?」
「あの程度では足りぬ。我は、もっとボリュームのあるものを食べたいのだ!」
「ははっ。そういうことなら、昼にするか。まずは、宿に戻ってカナデとタニアを迎えに行こう」
「うむっ。急ぐぞ、昼食が我を待っている!」
回れ右。
これまで歩いてきた道を戻り、宿へ。
「ふっ、ふふふ」
「なんですか、ルナ。その笑い方、気持ち悪いですよ」
「気持ち悪い言うな!」
「事実ですし」
「昼食を前に、気分が高ぶってしまっただけだ! いちいち突っ込むでない!」
「そのような笑い方をされたら、スルーできませんよ」
「むぅ。我が姉は、いちいちつまらぬことを気にするのだな」
「ルナが色々なことを気にしなさすぎではないかと」
「なんだとー!?」
二人が楽しく? 話をしている少し後ろを歩く。
穏やかな時間。
今日は、静かな休日になりそうだ。
……なんてことを思うが、次の瞬間、その予想は見事に裏切られることになる。
「おい、そこの者」
俺達を呼び止める声。
振り返ると、やたらと豪華な服を着た男がいた。
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