47話 散歩
「こんにちは」
「あ、シュラウドさん。こんにちは」
ギルドに足を運ぶと、ナタリーさんが笑顔を向けてくれた。
ぱぁっと輝くような、明るい笑顔だ。
「どうされましたか? 今日は、新しい依頼を?」
「いや。一週間は休暇にしようと思っているから、依頼を請けにきたわけじゃないんだ。この前、引き渡した連中のその後が気になって来てみたんだけど……」
「ガンツさんからの依頼の件ですね? 彼らならば、冒険者の資格を剥奪。市民権も剥奪されて、奴隷の身分に落とされました。今頃は、王都に移送されていると思いますよ」
「奴隷……ずいぶん厳しい処分が下ったんだな」
「冒険者の地位を貶めるだけではなく、盗掘も行っていましたからね。それに、シュラウドさんに対する武力行使。違法な魔物の飼育に、鉱山の不法占拠……その他、余罪が多数。死罪にならないだけマシというものですね」
容赦ないな。
まあ、俺が知っている以外にも余罪があるというのなら、それも仕方ないかもしれない。
どちらにしろ、連中のその後を知ることができてよかった。
逆恨みをしてガンツを襲う、なんてことを心配していたのだけど……
それは杞憂に終わりそうだ。
「ところで……」
「うん?」
「そちらのお二人は?」
ナタリーさんの視線が俺の後ろに向く。
そこにいるのは……
「こんにちは。ソラは、ソラと言います」
「我はルナだ! よろしくしてやってもいいぞ、ふはははっ!」
ソラとルナの双子だ。
ギルドに行くと言ったら、興味があるとついてきてしまったのだ。
ちなみに、カナデとタニアは宿でまだ寝ている。
「はぁ……私は、この冒険者ギルドで受付を担当しているナタリーといいます」
二人の勢いに押されているのか、ナタリーさんは面食らったような顔をしていた。
しかし、そんな顔は少しの間だけ。
すぐに怪訝そうな、何かを探るような顔になる。
「……もしかして、お二人はシュラウドさんのパーティーなのですか?」
「はい、そうですよ」
「うむ! ルナとレインは、魂で結ばれた仲間であるぞ!」
「また、こんなにかわいい子が……」
なぜかジト目を向けられる。
「ど、どうしたんだ?」
「いーえ、なんでもありませんよ。なーんーでーも、ありませんっ」
「うん? ……うん?」
ナタリーさんが不機嫌になった……ような気がした。
しかし、俺は何もしていない。
よくわからないな……乙女心は複雑だ。
――――――――――
「んーっ……暖かい日差しが心地良いですね」
「うむ。絶好の散歩日和というやつだな」
ギルドを後にして……
すぐに宿に戻るのも味気なく、ソラとルナと一緒に散歩をすることにした。
三人で並んで街を歩く。
「これが人間の街なのですね……ふむ。実に興味深いです」
「そうか? そんなに面白いものでもないと思うが……」
「お忘れですか? ソラ達は、200年以上、人間と交流を結んでいないのです。人間に関する知識は200年前のものなので、現在の文化に触れることは、目新しいことばかりでとても興味深いのですよ」
「なるほど。それもそうか」
ソラとルナは、あちこちをキョロキョロと見ている。
まるで、田舎から出てきたばかりみたいだ。
さしずめ、俺は二人の保護者というところか。
「生活水準は、それほど向上していないのですね……もちろん、200年前と比べると進歩が見られますが……ふむ?」
「何度か戦争が起きたからな」
「戦争ですか?」
「人間と魔族の戦争だよ。魔王が魔族を従えて、魔族が魔物を従えて……連中は、度々、侵略を繰り返してきた。時には、世界を巻き込む大戦争に発展することもあった。そんなことが何度か起きているから、なかなか文明が発達しないのかもな」
戦争をすれば文明が発展する、という過激な思想を持つ者もいるが……
それは過ちであると歴史が証明している。
戦争が行われると、色々な技術が向上するという一面はある。
例えば、軍事力。
戦争に必要不可欠な軍事力は、戦争が繰り返されるほどに拡大していく。
例えば、機動力。
兵士の移送は、戦争において重要なポイントだ。
頑丈で、より速度の出る馬車などが開発されている。
例えば、補給線の拡大。
軍事行動において、補給線を支えることは一番に考えられることだ。
そのために、様々な努力、工夫が行われている。
……などなど。
戦時中は、様々な開発や思考が生み出されていく。
そして、それらの成果が日常生活を変えることもある。
戦争のために開発された兵器を応用して、より便利に快適に水路を掘る道具が開発された、という話があるくらいだ。
そういう点に着目すると、戦争は文明を発展させるのかもしれない。
しかし、全体的な視野で見ると、そうはいかない。
戦争は全てを疲弊させる。
人が死に、物資が尽きて、大地が腐る。
なにもかもが失われていくのだ。
そんな状態から立ち直ることは難しい。
自力で立ち上がることはできず、多数の人々が肩を寄せ合わせないといけない。
そうすることができない人は、倒れるしかない。
新しい知識、技術を授かることもある。
しかし、それ以上に、多くのものを失い続ける。
……それが戦争だ。
「なるほど……」
「うむ……興味深い話だ」
持論を語ると、二人は何度もコクコクと頷いた。
学校の教師になったような気分だった。
「ちょっと話が逸れたが……人間と魔王は、以前から戦争を繰り返しているんだ。もちろん、年中続いているわけじゃない。一度開戦したら、数年は続くが……その後は、数十年単位で魔王はおとなしくしている。この200年で、えっと……確か、五回ほど開戦したかな?」
「五回……ふむ。多いと見るべきか、少ないと喜ぶべきか」
「そんなことが繰り返されているから、文明が発展しないのかもな」
「なぜ、魔王はそこまで人間を敵視しているのでしょうか?」
「さてな。それがわかれば苦労はしないさ」
過去に行われた戦争で、勇者が魔王を討ち取ったことがある。
しかし、魔王が滅びることはない。
どういうカラクリなのかわからないが、新たな魔王が誕生するのだ。
そして、魔王は人間を憎んでいるかのように戦争を起こして……再び、争いが起きる。
その後は、同じことの繰り返しだ。
魔王が蘇り、勇者も覚醒を果たす。
勇者が魔王を倒して、しかし、魔王はしばらくした後に復活して……
もう何十年、何百年と、そんなイタチごっこを続けている。
「ソラは、ずっと奥地で暮らしていたので、そういった事情は知りませんでした」
「うむ……我も知らなかったぞ。人間のことについて、学ぼうとしなかったからな。必要のない知識と割り切り、無視していたのだ」
「知らないことは、これから知っていけばいいさ。俺達は、学ぶことができるのだから」
「そうですね」
「レインは、人間のくせに良いことを言うではないか!」
二人が笑う。
絶対にわかりあえないと言われていた精霊族が、こうして笑顔を見せている。
ひょっとしたら……
いつか、魔王と分かり合うこともできるのだろうか?
ふと、そんなことを思った。
「おっ?」
くるっとルナがその場で回り、とある一点を見つめる。
ホットドッグの屋台があった。
「なあなあ、レインよ。なんだ、あれは?」
「ホットドッグだよ。わりとポピュラーな食べ物で……ソーセージをパンで挟んだものだ」
「そーせーじ?」
そこから説明しないといけないのか。
「あー……肉のミンチを棒状にして茹でたもの、って感じだな」
「ほー、ほー……うまそうではないか。じゅるり」
一瞬、ルナとカナデが重なって見えた。
二人共、食いしん坊だからなあ。
「食べるか?」
「よいのか!?」
「ちょうど小腹も空いてきたし、構わないさ。ソラも食べるよな?」
「いいのですか? 負担でなければ、お願いします」
「ホットドッグくらい、なんてことないから」
屋台の店主に声をかけて、三人分を購入する。
立ち食いは行儀が悪いので、ベンチのあるところまで移動して座った。
「「「いただきます」」」
同時にホットドッグにかぶりついた。
プツリとソーセージが破れて、中から肉汁があふれる。
肉はジューシーで、熱々なのが良い感じだ。
辛いソースと甘いソースが絶妙な具合で、全てを柔らかく、香りのいいパンが包み込んでくれる。
「うん、これは当たりだな」
屋台だから、良し悪しが分かれるところなんだけど……
あの店は当たりのようだ。
久々においしいホットドッグを食べたような気がする。
「どうだ? これがホットドッグなんだけど……」
「はむはむはむはむはむっ!!!」
「あむっ! はぐはぐっ! ぱくりっ、あぐあぐっ、んぐっ! ごくんっ!!!」
二人共、ものすごい勢いで食べていた。
口元をソースで汚しながら、一心不乱に食べている。
感想を聞くまでもない。
「気に入ってくれたみたいで良かったよ」
「はふぅ……なんておいしさなんでしょう。あまりにもおいしいから、一気に食べてしまいました。もったいない……あ、口を開くと余韻が……」
「レインよ。我にもう一つ、献上してもいいのだぞ?」
「もうすぐ昼だろう? これ以上は、昼が食べられなくなるからダメだ」
「マジか……」
ものすごいがっかりされた。
なんだか、俺が悪いことをしているような気分になってしまう。
「また今度な」
「またと言ったな!? またと言ったな!? 約束だぞっ」
「ソラも期待してしまいます」
「今度は、カナデとタニアも連れて、みんなで一緒に食べよう」
青空の下、みんなで一緒にホットドッグを食べるところを想像する。
それは、とても幸せな光景に思えた。
この回から、ちょっと長めの話になります。
一度、まとまった話が書いてみたいと思い、長い尺をとることにしてみました。
お付き合いいただけるとうれしいです。




