46話 崩壊の足音
アリオス一行は、未だホライズンに滞在していた。
真実の盾を手に入れた以上、この街に用はない。
魔王討伐の旅を続けるために、次の街に向かわないといけない。
しかし、不足しているものがあった。
金は魔王討伐に必要な費用ということで、月々、莫大な額が支給されている。
武具、食料や水などの物資も、勇者の名前を出せば現地調達が可能だ。
足りないものは、人材だ。
レインがパーティーを抜けたことで、アリオス達を影で支える者がいなくなった。
まとまるとそれなりの量と重さになる食料と水を運ぶ者がいない。
地図を作成して、マッピングをする者がいない。
街の人々と交渉をして、宿を取る者がいない。
……などなど。
レインがパーティーを抜けたことで、ありとあらゆる雑用が発生した。
本来ならば、それはアリオス達がやるべきことなのだけど……
選ばれし者という意識を持つアリオス達は、そのような雑用を自分達がやることではない、と本気で考えている。
故に、レインを引き戻そうとしたが……失敗した。
そこで、代わりの人材を見つけることにした。
冒険者ギルドに依頼をして、パーティーメンバー募集の告知を出した。
効果は抜群だった。
勇者パーティーの一員になれるかもしれないと、たくさんの人々が応募した。
集まった人数は、実に数十人だ。
さすがに、全員を連れて行くことはできないし、レインに対して言ったように、足手まといは必要ない。
アリオス達は面接を行い、メンバーを厳選することになるが……
「失格だ」
宿の一室を借りて行われた面接会場で、アリオスは面接にやってきた冒険者の男に冷たく告げた。
冒険者の男は、レインと同じビーストテイマーだった。
能力は高く、動物だけではなくて下級の魔物もテイムすることができる。
男は、パーティーの裏方になることも承知していて、アリオス達が出している条件をほぼほぼクリアーしていた。
しかし……
「まるで戦えないというのなら、話にならないな」
「し、しかし、ビーストテイマーはそういうものですし……私ならば、魔物を使役して戦わせることができますよ!」
「どの程度の魔物を使役できるんだ? 例えば……魔物とは異なるが、最強種を使役できるのかい?」
「む、無茶を言わないでください。人が最強種を使役できるわけないでしょう。そんなありえない話をされても……」
「そうか……つまり君は、あいつ以下ということになる」
「あいつ……?」
「魔物を使役できるとしても、その手間が必要になるだろう? 僕達に協力をしろとでも? そうして使役できた魔物は、本当に役に立つのか? 立たないだろう? それに、テイマーが使役できるのは一匹だけなんだろう? 魔物を使役したら、誰が補給線を支えるんだ? 君かい? 君が大量の荷物と食料、水を持ってくれるのかい? それならば、まあ、構わないが」
「う……」
「僕達が求めているのは、最低限、戦うことができて、それでいて、きちんと後方支援を行うことができる者だ。君はその条件を満たしていない。故に、失格だ」
アリオスの辛辣な言葉に、男は何も言い返すことができなかった。
肩を落として部屋を後にする。
「まったく……使えない者が多いな」
苛立つ感情を抑えきれない様子で、アリオスが舌打ちをした。
実のところ、今失格を言い渡された男は、アリオス達のサポートに非常に適していた。
レインにしていたように、熊でもテイムさせて荷物を持ち運ばせることができる。
さらに、男は口がうまく、交渉にも長けていた。
しかし、アリオス達はそれだけでは満足しなかった。
レインなら、ある程度、戦うことができた。
少なくとも、戦闘中は、自分の身は自分で守ることができた。
手のかからない存在だった。
そういう意識が働いてしまい、男の評価を下げていた。
レインと比較しても仕方ないのだけど、どこかで意識してしまう。
そんな調子で面接を続けた結果……
「ミナ。次の者を呼んでくれないか?」
「その……今の人が最後です」
一緒に面接を行っているミナが、気まずそうに言った。
「つまり、全滅か……」
「あの……アリオスは、少し選考基準が厳しいのでは?」
見かねて、ミナがそう言った。
最初のうちは、アリオスに同意していたが……
数十人の志願者全員を落第させたとなると、さすがに一言、何か言いたくなる。
「……ミナは、僕の判断に間違いがあると? そう言いたいのかな?」
「い、いえ。そのようなことは……」
蛇に睨まれたカエルのように、ミナが固まる。
アリオスの怒気がはっきりと伝わってきた。
以前なら、このようなことはなかったのに……
ミナは困惑した。
そして、気づいていなかった。
以前は、レインが避雷針の役割になっていて、アリオスの理不尽な怒りを受け止めていたことに。
レインがいない今、誰の元にアリオスの怒りが落ちるのか?
誰が八つ当たりを受けることになるのか?
「……すみません。そういうつもりはないのです。アリオスの判断は正しいと思います」
理不尽な怒りを向けられることを恐れて、ミナは逃げた。
アリオスの言葉が正しいと、盲目的に従った。
形だけの、中身のない言葉を並べる。
そうしてできあがるものは……何もない。
見た目だけは立派かもしれないが、中身は空だ。
少しはあったかもしれないパーティーの絆が、少しずつ消えていく。
そのことに、ミナはもちろん、アリオスも気がついていない。
「仕方ない。もうしばらく、この街に滞在することにしよう。ひょっとしたら、別行動してるアッガスとリーンが、良い者を見つけてくれるかもしれないからね」
「しかし、旅が滞ることに……」
「ここ最近は、色々とあったからな。たまには体を休めておかないと、この先、続かないさ。だろう?」
「そう……ですね。すみません。私達のことを気遣ってくれたのですね」
「当たり前だ。僕達は仲間だろう? 仲間のことを気遣うのは、当然のことだ」
中身が伴っていない言葉ほど、虚しいものはない。
そのことを自覚しているのか、はたまた、無自覚なのか。
アリオスは、仲間を気遣うような笑みを浮かべた。
「ミナもしばらく休むといい。面接ばかりで疲れただろう」
「そうですね……すみませんが、そうさせてもらいます」
「ああ。ゆっくりするといい」
「アリオスはどうするのですか?」
「僕は、少しやることがあるからね」
「あまり無理はしないでくださいね。アリオスは勇者なのですから、倒れたりしたら、比喩ではなくて世界が大変なことになるかもしれません」
ミナの言葉は、アリオスを心配しているようで、アリオスを見ていない。
アリオス個人ではなくて、『勇者』という存在を気にかけていた。
ある意味で、アリオスのことは欠片も気にかけていない。
個人を心配しているようで、まるで個人を見ていない。
虚しいやり取りだ。
ここにレインがいたら、眉をひそめていたかもしれない。
「ああ。気をつけるさ」
ミナの言葉の意味に気がついているのか、それとも、あえて気づいていないフリをしているのか。
アリオスは普通に応えて、部屋を出るミナを見送る。
「……」
一人になったアリオスは、道具袋を取り出した。
中から、禍々しい色をした宝石がハメられている指輪を手に取る。
一人の時に、とあるルートを通じて手に入れたものだ。
その値段は、金貨50枚。
一般庶民からすれば、天文学的な数字だ。
アリオスが持っている金は、国から託されたものだ。
いわば、国民の税。
しかし、アリオスは迷うことなく指輪を買った。
自分の金ではなくて、国から託された金?
国民の税?
そんなことは関係ない。
これは必要なことなのだ。
とある目的のために欠かせないものなのだ。
だから、購入した。
無駄遣いなどということはない。
むしろ、勇者の役に立つことができたとして、喜んでもらいたい。
アリオスは本気でそんなことを考えていた。
「……コイツを使えば……」
指輪は、ただの装飾品ではない。
マジックアイテムで、とある効果を秘めている。
それともう一つ。
装着者が負の感情に囚われた場合、ひどく恐ろしい、危険な事態に発展する可能性があった。
それは、人類の天敵に塩を送るような行為。
何の罪もない人々を危険に晒しかねない行為。
アリオスは、全て承知の上だった。
勇者にあるまじき……いや、人にあるまじき行為をしているのだけど、そんなことは構わない。
目的を達成するためならば、手段を選ぶつもりはない。
「すぐに使いたいところだが……さすがに、僕が使うわけにはいかないな。足がついたら面倒だ。アッガスにやらせるか? この前も、レインをパーティーに戻すなどと、ふざけたことを勝手に口にしていたし……」
アッガスは仲間であるはずなのに、アリオスは、使い捨てるようなことを口にした。
それが、アリオスの現在の心境を表していた。
アッガス達は、少なくとも、まだ自分達は絆で結ばれたパーティーと思っているかもしれない。
しかし、アリオスは……
「……いや、やめておくか。僕の仲間の犯行だということになると、やはり、面倒なことになるだろう。評判も地に落ちる」
アリオスは、指輪を手の平で転がしながら、暗い……暗い表情を浮かべた。
「さて……どこかに、良い駒は転がっていないだろうか? コイツを使い、レインを消してくれるような……そんな都合の良い駒はいないだろうか?」
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