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39話 材料がない

 話を聞いてみると……


 店主は、どうでもいい客に対しては、安価で大量に採取できる鉱石を使い、武具を作っているらしい。

 店主曰く、ナマクラだ。

 それでも、複数の鉱石を組み合わせることで、一定以上の品質を保つことができる。

 そのせいか、こう言ってはなんだが、騙される冒険者は多いらしい。


 見事、店主の試練を乗り越えた者には、店主が心を込めて武具を作る。

 素材も安物の鉱石ではなくて、月に少量しか採取できないという、ミスリルを使用しているとのこと。

 遊びではなく、本気で作った武具。

 さらに、素材はレア鉱石のミスリル。

 その武具は、一生使えるほどに素晴らしいものらしい。


 しかし、ここに来て問題が起きた。

 ミスリルの供給がストップしてしまったらしい。


 店主は特定の冒険者と専属契約を結んでいて、彼らが採掘してくるミスリルを使用していた。

 しかし、最近になり、ミスリルの供給が滞っているらしい。

 原因は、冒険者たちが採掘に失敗していること。

 鉱山に行っても、ミスリルが欠片も見当たらないらしく、採掘できない状態に陥っているらしい。


 掘り尽くしてしまったのか。

 あるいは、別の原因があるのか。

 真相はわからないが、店主のところにミスリルが届くことはなく、武具を作ることができずにいる……ということだ。


「おかげで、ここ最近は、まともな武具を作っておらん……このままでは、腕が錆びてしまうよ」

「にゃー、それは大変だね」

「他から輸入することはできないの? あたしなら、そうするんだけど」

「無論、それも考えたさ。しかし、ミスリルは量が少ない貴重な鉱石。他所に輸出するほどの量は出回っておらんのじゃ」

「そのような鉱石の採掘権を、店主は保有していたのですか? と、ソラは疑問を呈します」

「親が残してくれた遺産の中に、山があってのう。よくよく調べてみると、ミスリル鉱石が採掘できる場所だったのじゃよ」

「なるほど、ラッキーだな。我ならば、宝の山を見つけたと歓喜しているぞ」

「ですが、ミスリル鉱山を見つけたのならば、そこを売れば、一生遊んで暮らせるのでは?」

「ミスリルって、単価いくらだっけ?」

「炭化?」

「単価よ、単価。1kg当りいくらなのか、っていうことよ」

「確か……金貨10枚くらいじゃなかったか?」


 おぼろげな知識を頼りに発言する。

 すると、店主が補足してくれる。


「最新のレートは、9枚じゃな。市場によって変わるから、まちまちではあるが」

「おー、にゃるほどー」

「山ごと売り払えば、金貨1000枚くらいかしら? ソラの言う通り、遊んで暮らせるわね」

「ふん。そんなつまらぬ真似はしないわい。儂は武具職人じゃ。生涯、ハンマーを持ち続けるぞ」

「にゃー、職人魂、っていうやつだね!」

「そういうところ、素敵ね! 共感できるわっ」

「褒めても何もでないぞ、嬢ちゃんたち」


 店主は笑い……

 それから、苦々しい顔になる。


「あんたらのような連中にならば、儂が腕を振るう甲斐はあるのじゃが……すまんな。材料がなければ何もできん。儂は錬金術師ではないのでな」

「謝ることないさ。そういう事情なら仕方ない」

「そう言ってくれると助かるよ」

「ただ……」


 突然、ミスリルが採掘できなくなった、という話は気になるな。


 通常、鉱石が枯渇する場合は、段々と採掘の量が減っていくものだ。

 右肩下がりに量が減り……

 やがて、ゼロになる。

 それが普通のパターンだ。

 それなのに、いきなり採掘できなくなるというのはおかしい。


 気になるな……


「レイン、レイン」


 カナデが俺の顔を見た。


「どうしたの?」

「ああ、いや。気になるな、と思って」


 俺の中の疑問をみんなに話した。


「にゃー。私はよくわからないけど、レインがそう言うならおかしいんだろうね」

「カナデは、もうちょっと物事を考える力を身に付けた方がいいです」

「辛辣な言葉!?」

「我が姉よ、無理を言ってはいけないぞ。なにせ、猫霊族の頭は空っぽなのだからな」

「ひどいにゃ!?」

「冗談だ。場を和ませるための冗談である……ふふふ」


 ルナの背中に小悪魔の羽と尻尾が見えたような気がした。


「それはともかく……レインはどうしたいの?」

「調べてみたい気はする。ただ、俺が勝手に決めていい問題でもないしな……それに、何もなかったらみんなを無意味に連れ回すだけになる。それはそれで、心苦しいからな……迷いの森の時も、勝手に決めてしまったし……」

「いいじゃない、勝手をしても」


 タニアがあっさりと言う。


「え?」

「それくらい気にしないわよ。それに……あたしたち、仲間なんでしょ? 変な遠慮なんてしてほしくないんだけど。ちょっと大げさな言い方かもしれないけど、仲間なら一蓮托生でしょ?」

「おー、タニアが良いこと言った!」

「明日は雨ですね」

「嵐かもしれぬな」

「あんたらねえ……」

「……そうだな。タニアの言う通りだ」


 俺達は仲間だ。

 変に遠慮をする方がおかしいかもしれない。


「なんじゃ、お前さん方? こそこそと話をしてどうした?」

「鉱山についての話なんだが……俺達に調査を任せてみないか?」

「なんじゃと?」

「気になることがあるんだ。自然に鉱石が枯渇したわけじゃなくて、何か裏があるような気がする。だから、俺達に調査を依頼してみないか?」

「ふむ」


 店主は考えるように、顎に手をやる。

 そのままの体勢で思考すること、しばし……

 ややあって、店主は口を開いた。


「これも、何かの縁かもしれぬな。よしっ、お前さんたちに頼むことにしよう」

「ありがとう」

「礼を言うのは儂の方じゃ。何が起きているかわからない鉱山の調査を引き受けてくれるなんて、本当に助かる」

「あたしたちのご主人様は、本当にお人好しよね」

「そこが、レインのいいところにゃ♪」

「じゃあ、俺達を指名しての依頼をギルドに出しておいてくれるか?」


 指名依頼、という制度がある。

 特定の冒険者に依頼を請けてもらいたい場合に使用されるものだ。


 顔を合わせたことのない冒険者は信用ならない、という依頼主がたまに存在する。

 そういった依頼主は、特定の冒険者を指定することができる。

 そうすることで、信頼の置けるものに依頼を任せることができる……というシステムだ。


 ちなみに、アリオスの時もこの制度を使用した。

 アリオスは、『勇者が冒険者を頼りにしたことが公になるなんて……』と渋っていたが、冒険者が勝手に依頼を引き受けることはできない。

 規則なので、きっちりと守ってもらった。


「うむ。了解したぞ。して、お主の名は?」

「ああ……そういえば、自己紹介をしてなかったな。すまない。俺は、レイン・シュラウドだ」

「レインじゃな……うむ、覚えたぞ。私は、ガンツ・ストロフじゃ」

「よろしくな、ガンツ」


 握手を交わす。


「それで、報酬についての話じゃが……何か望むものはあるか?」

「ガンツに武具を作ってもらいたい」

「そんなことでいいのか? こう見えても、儂はそれなりに金を持っておるぞ?」

「それよりも、ガンツの武具が欲しいんだ」

「ほう。金よりも儂の武具を欲するか」

「ダメか?」

「いいや、最高の答えじゃ」


 ガンツがニヤリと笑う。

 最初見た時のような、無愛想な表情はどこへやら。

 覇気に満ちた表情を浮かべて、自慢の体を見せつけるように、腕まくりをした。


「約束するぞ。最高の武具を作ってやるとな」

「期待しているよ」


 交渉成立だ。


 ガンツが魂を込めて作る武具は興味がある。

 どれほどのものができあがるのだろう?

 今から楽しみだ。


「レイン、レイン」

「うん?」

「楽しみにするのはいいけど、まずは、ちゃんと依頼を完了しないとダメなんだよ?」


 考えていることが丸わかりだったらしく、カナデにそんなことを言われてしまう。


「俺、そんなにわかりやすい顔をしてたか?」

「してたにゃ」

「してたわね」

「してました」

「していたぞ」


 みんなに揃って言われてしまった。

 ポーカーフェイスの練習でもしておこうか?

 ついつい、真面目にそんなことを考えてしまう。


「ガンツ、鉱山の場所は?」

「ここからそう遠くはない。鉱山までの地図と、内部の地図、両方を渡しておこう」

「助かるよ」

「頼む。何かしら問題があるなら、原因を突き止めてほしい。武具が作れない儂なんて、儂ではないからのう……この通りじゃ」


 ナマクラを表に出して、気に入った客にしか武具を作らないという偏屈なやり方をしているものの……

 言い換えれば、ガンツの武具に対する想いは、それだけ真摯なものなのだ。

 俺は武具職人ではないが、ガンツの想いは理解できるような気がした。


 ガンツの力になりたい。

 純粋にそう思う。


「この依頼、必ず達成するぞっ」

「「「「おーーーっ!!!」」」」

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