37話 勇者の血とこれからの話
「にゃあああ……」
アリオス達が滞在している宿を後にしたところで、カナデが不機嫌そうな唸り声をこぼした。
「どうしたんだ?」
「やっぱり、あの勇者ムカツクにゃ……しばいてきていい?」
「そういうことなら、あたしも一緒してあげる。再起不能にしておきましょ」
「こらこら。そういう冗談はやめなさい」
「「本気だけど?」」
声をぴたりと合わせて、真顔で言う。
恐ろしい二人だった。
「以前にも言っただろう? アリオスは……まあ、イヤなヤツではあるが、それでも勇者なんだ。あいつがいなくなったら、魔王を倒せる者がいなくなる」
「レイン、ソラは質問があります」
くいくい、と服を引っ張られた。
「うん?」
「なぜ、魔王は勇者にしか倒せないのですか?」
「それは我も気になるぞ」
「そういえば……なんでかな?」
「何か理由があったような気がするんだけど……ダメ。覚えてないわ」
みんな揃って首を傾げていた。
誰もが知っているようなことなのだけど……
まあ、彼女達は最強種だからな。
人間の事情には疎いのかもしれない。
特に、人間と交流を断っていた精霊族のソラとルナは、わからないことが多いだろう。
「そうだな……どこから話したものか」
手頃なベンチに座り、教師になったような気分で話を続ける。
「これは、真偽が曖昧な話なのだけど……初代勇者は、神々と契約を交わしたらしい」
「にゃん? 神様と?」
「伝承によると……はるか昔、人間は魔王に支配されていたらしい。強大な力を持つ魔王、魔族に逆らうことができず、奴隷のように扱われていたとか。そんな現状を打破するために立ち上がったのが、初代勇者だ。初代勇者は魔王達と戦う力を得るために、神々と契約をして、その血を取り込んだらしい。そうして神々の力を得た勇者は劇的な力を手に入れて、魔王を倒して、人間を解放した……と言われている」
「他の人のために戦えるなんて、立派な人なのね」
「今の勇者とは大違いだねー」
「初代勇者は子供を作り、その血を受け継いだ。同時に、力も受け継がれた。それが何代にも亘り……今に続いている。アリオスは、初代勇者の血を受け継いでいるんだよ。選ばれた者だ」
「その割に弱くない? 私達にぼっこぼこにされたよね?」
「なんだ、その話は? 我はすごく興味があるぞ」
「その話、長くなりそうだからまた今度な」
妙なところで、ルナが話に食いついてきた。
ソラは何も言わないものの、その目が『興味あります』というように輝いていた。
「あれがアリオスの全力、っていうわけじゃないんだ」
「にゃん? 手を抜いていた、ってこと?」
「ああ、いや。言い方が悪かったな。あの時点では、アリオスは勇者として完成されていないんだ」
勇者の血筋は特殊な力を得る。
『限界突破』という力だ。
人は、どれだけの努力を重ねても魔王を倒す力を得ることはできない。
そこまで成長することなく、途中で、成長限界に達してしまう。
戦いの才能に優れている人でも、魔王を倒すほどに成長することはできない。
せいぜい、四天王を撃破するのが精一杯というところだ。
人の限界は決められている。
しかし、勇者は違う。
神々の血を取り込み、代々受け継がれてきたその体は、成長限界という言葉はない。
どこまでも成長して、どこまでも力を蓄えていく。
やがて、魔王を打ち倒せるほどに成長する。
「要するに、勇者というのは、魔王を倒せるほどに成長することができる存在なんだ。普通の人ならば、どこかで限界が訪れて、それ以上は成長しない。しかし、勇者はその制限がなくて、限りなく無限に成長することができる。それこそ、いつか魔王を倒せるほどに……な。だから、魔王を倒すことができるのは勇者のみ、と言われている」
「にゃるほど……そういうことだったんだ」
「あたし達と戦った時の勇者は、まだ目覚めていないような状態だった、っていうことか」
「今のアリオスは、まだ普通の人と変わらないくらいの力しかない。でなければ、俺達が勝てるわけないからな」
「にゃん。納得したよ」
ソラが挙手する。
「どうしたんだ? わからないところでも?」
「今の話を聞いていて、ふと、思ったことがあるのですが……レインも、成長限界がないのでは?」
「え?」
「カナデとタニアと契約をしていて、さらに、ソラとルナとも契約をしました。それで、新しい力を得ているはずです。どんどん新しい力を取り込むことができるレインは、実質、成長限界がないということになりませんか?」
「あっ、言われてみれば」
「そうね……今のレインって、力と魔力だけなら、あたし達とほぼ同等よね? 多少、低いかもしれないけど……」
「少なくとも、人間が成長できる限界を軽々と越えていると思うぞ。うむ、我が断言してやろう」
そうなの、だろうか……?
俺自身、限界を越えているなんていう実感はない。
「ねえねえ、ふと思ったんだけどさ」
名案を閃いたというように、カナデが顔をキラキラさせながら言う。
「レインが、もっともっと最強種と契約して、どんどん力をつけていったら、そのうち、魔王を倒せるくらいになるんじゃないのかな?」
「えっ」
「そうなれば、あんな勇者を頼りにすることなんてないよ。レインが魔王を倒しちゃえばいいと思うな」
「そんな荒唐無稽な話を……」
「うむ、悪くない案だ」
「ルナ?」
ありえないと笑い飛ばすはずなのに、なぜか、ルナが賛同してしまう。
ルナだけじゃない。
タニアとソラも、悪くないのでは? というような顔をしていて、カナデの案を却下しようとしない。
「レインはイヤ? 魔王なんかと戦いたくない?」
「それは……」
魔王と戦う。
この世界に平和をもたらすために戦う。
以前、アリオスのパーティーにいた頃は、そのことを目的にがんばってきた。
俺達の手で平和を勝ち取るんだ、と日々戦い続けてきた。
でも、パーティーを追放されて……
やるべきことを見失い、目的も消えた。
今は、ただ流されるままに日々を過ごしている。
カナデやタニア。
ソラとルナ。
大事な仲間と出会うことができたけれど……
その先にある『目的』は見つけられないままだ。
俺は、何をしたい?
俺は、何ができる?
俺は……
「ねえねえ、レイン。私達で魔王を倒しちゃおう? あんな勇者に任せる必要、ないよ。私達で……ふにゃん!?」
「落ち着きなさい。このせっかち猫」
「せっかち猫!?」
タニアがカナデの頭をゴンとやった。
「悪くないって思うけど、いきなり実行できるほど簡単な内容じゃないでしょ。レインが困ってるじゃない」
「レイン、困ってる?」
「まあ……突然だからな」
「うにゃ……ごめんなさい。レインのこと、考えてなかった……」
しょんぼりとするカナデの頭を、気にしないでというように撫でる。
ほっこりとした顔になった。
「正直なところ……」
短い時間ながらも考えをまとめて……
俺の中にある気持ちを言葉にする。
「カナデの言うようなことが本当にできるのなら……俺に、魔王が倒せるっていうのなら……挑戦してみたい、っていう気持ちはある」
脳裏に思い浮かぶのは、かつて滅んだ故郷の光景だ。
村のみんなが倒れて、家が燃えて、全てが消えて……
魔王がいる限り、同じようなことが各地で繰り返される。
それを止めることができるのならば、止めたいと思う。
「ただ……なんて言えばいいんだろうな。あまりに突然のことだから、覚悟ができていない」
「男ならば、男らしく決断した方がよいぞ。と、我は進言する」
「即断できるような、心が強い人間ならいいんだけどな……俺は、そこまで強くないよ。みんなに支えられて、今までうまくやってこられただけだ」
「むう、そうは思えないぞ」
「本当に魔王を倒す決意をするとなると、色々な覚悟が必要だ。たくさんの人の命を背負わなければいけない。そんなことができるかどうか……正直、俺はわからない」
「それは……うむ。そうだな。そういう話になるか」
「少し考えさせてくれないか? 俺は何をしたいのか、どうするべきなのか。一度、自分と向き合い、じっくりと考えてみるよ」
「じっくり考えてください。ソラ達は、いつまでも待ちますよ。そして、どのような決断をしたとしても、レインの考えを尊重します」
「私は、レインとずっと一緒にいるよ♪」
「ま、まあ、どうしてもって言うならあたしも一緒にいてあげる」
「ありがとう、みんな」
これから、どうするべきなのか?
歩いていく道を選ぶ時が近づいているのかもしれない。
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