36話 そして、勇者は……
迷いの森の攻略が完了したので、ホライズンに戻る。
移動を含めて、かかった時間は計2日。
わりと早く攻略できた方だろう。
アリオス達が滞在している宿に移動して、部屋を訪ねる。
「やあ、レイン。どうかしたのかい? まさか、攻略を諦めたとか言わないよな?」
「その逆だ。攻略は終わった」
「は?」
「ほら、真実の盾だ」
荷物袋から真実の盾を取り出して、アリオスに渡した。
「あ、ありえないぞ! 迷いの森を2日で攻略するなんて……そんなバカなことが……もしかして、適当なニセモノを用意して、それでごまかそうとしているわけじゃないだろうな?」
「そんなわけあるか。疑うなら、好きに調べてくれ」
そう言うと、アリオスが真実の盾を調べ始めた。
装備をしたり、表裏を確認したり、鑑定魔法を使用したり。
疑り深いヤツだな。
ニセモノなんて用意する意味がないのに。
とはいえ、俺がアリオスを信頼できないように、アリオスも俺を信用できないのだろう。
そう考えると、納得できた。
「……確かに、本物みたいだな」
「だろう?」
「ふん。子供のお使いくらいはできるというわけか」
「にゃー……お礼も言わないなんて」
「ニセモノと疑ったことも謝っていないわね」
「これが勇者ですか……」
道中、アリオスのことを軽く話していたが……
ソラとルナも気に入らないらしく、険しい顔をしている。
「やるか? 我はやってもいいぞ?」
「にゃん、賛成!」
「やめなさい」
後ろの四人が物騒な会話をしていたので、慌てて止めた。
「なんだ、その二人は? 知らない顔が増えているが……」
「気にしなくていい」
ソラとルナは、幻覚系の魔法を使ってもらい、背中の羽は見えないようにしている。
精霊族だとバレたら、色々と厄介なことになるからな。
カナデとタニアは、珍しくはあるが、人里に降りてこないこともない。
が、200年前に交流を断った精霊族が現れたとなると、大きな噂になってしまう。
何かしらの害を受ける可能性もある。
窮屈かもしれないが、街の中など、人の目があるところはこうしてもらわないといけない。
「それで、報酬は?」
「やれやれ、すぐに金の話か」
「当たり前だ。アリオスのために、無償で働くわけがないだろう」
「キミは、いちいち一言多いな……ほら」
「確認させてもらうぞ?」
「好きにしたまえ」
アリオスから受け取った革袋を開いて、中を確認する。
金貨が20枚。
ぴったりだ。
「事前に取り決めた通りだ。問題ないだろう?」
「ニセモノという可能性もないだろうし……そうだな、問題ない。これで、取引成立だ」
依頼完了だ。
これで、もうここに用はない。
さっさと立ち去ることにしよう。
アリオスに背中を向けると、
「待て、レイン」
話の流れを見守っていたアッガスが俺を呼び止めた。
無視するのも大人気ないと思い、振り返る。
「なんだ?」
「……パーティーに戻ってこないか?」
アッガスの言葉は完全に予想外のもので、思わず目を丸くしてしまう。
ただ、それは俺だけじゃなくて、アリオスも同様だったらしい。
「おい、アッガス。キミは何を言っているんだ? レインをパーティーに戻すなんて、そんな話は聞いていないぞ」
「俺の独断だ。色々と思うところはあるかもしれないが、ここは、俺に任せてくれないか?」
「……」
アリオスが黙ったところで、アッガスは話を続ける。
「以前と違い、ちゃんとした仲間として迎えることを約束しよう。もちろん、待遇の改善も約束する。報酬が欲しいというのならば、それも約束しよう。どうだ、レイン? 悪い話じゃないだろう?」
「えー、またコイツと旅するの?」
「レインの支援が必要なのは、ここ最近の出来事で理解しただろう?」
「そりゃ、まあ……探索とかすっごい面倒だし……ま、そういうことならいっか。特別に認めてあげてもいいわよ」
「ミナはどうだ?」
「そうですね……崇高な使命を持つという点において、彼は、自覚が足りないように思えますが……この際、妥協しましょう。私も構いませんよ」
「アリオスは?」
「……」
アリオスは応えない。
沈黙を肯定と解釈したのか、アッガスは一人で勝手に話を進める。
「そういうわけだ。過去のわだかまりは水に流して、また一緒に旅をしないか? レインが使役している最強種も、魔王討伐にきっと役に立つだろう」
「……」
俺は沈黙していた。
いや。
正確に言うと、呆れ果てて声も出なかった。
自分達で追い出しておいて、やっぱり必要だから戻ってこい……なんて。
この連中は正気なのだろうか?
俺なら、とてもこんなことは言うことはできない。
それに、戻ってきてもいいぞ、と上から目線ときた。
へりくだれとは言わないが、もっと言い方があるだろうに。
「にゃあああ……頭に来るにゃ」
カナデを始め、みんなは怒りの表情を作っていた。
そんなみんなの顔を見て、不思議と心が落ち着いた。
俺のことなのに、自分のことのように怒ってくれる仲間がいる。
それは、とてもうれしいことのように思えた。
彼女たちがいてくれるなら、それでいい。
他に何もいらない。
アッガスに背を向ける。
「断るつもりか?」
「聞くまでもないだろう? 俺が喜んでパーティーに戻ると思ったのか?」
「魔王を討伐すれば、地位も名声も富も自由になるんだぞ?」
「そんなものはいらない」
カナデ。
タニア。
ソラとルナ。
みんなを見ながら、アッガスに答える。
「俺には、仲間がいればそれでいい」
――――――――――
レイン達が立ち去った後、アッガスはため息をこぼした。
「やれやれ……失敗したか」
「ムカツク……このあたしが戻ってきてもいいって言ったのに、それを無視するなんて! ふざけんなっつーの! やっぱ、ゴミ虫なんていらないわ」
「所詮、使命を持たないただの一般人……私達の崇高な理念を理解するなんて、無理な話でしたね」
三人は好き勝手にレインの悪口を並べ始めた。
大局を見ることができない子供。
気に食わないゴミ虫。
使命の意味を理解できない凡人。
なぜ、こんな結果になったのか?
なぜ、パーティーの勧誘を断られたのか?
その原因が自分達にあるということを理解しようとせず、欠片も意識することなく、ただただ、レインに責任があるという話を続ける。
そんな中、アリオスはずっと黙っていた。
沈黙を貫いていた。
「ねーねー、アリオスもそう思うでしょ? あんなヤツ、あたしたちのパーティーにいらないわよね?」
リーンが特に意図することなく、相槌を求めてアリオスに話を振る。
その言葉を受けて、アリオスが小さく頷いた。
「……ああ。その通りだね」
「だよねだよねー! あんなヤツ、いらないわよねー」
「そうだとも……レインのような者はいらない。必要とされない人間だ」
「アリオス、わかってんじゃん」
リーンは自分の話が肯定されたと思い、上機嫌になるが……
実のところ、アリオスはリーンの話をまったく聞いていなかった。
他の三人の話を聞くことなく、暗い思考を走らせる。
アリオスは、そっと頬を押さえた。
先日、レインに殴られたところが今もズキズキと痛む。
その痛みが、彼に怒りと憎しみを与えていた。
「……もう、レインは用済みだ。そう……必要とされない人間だ。そんな存在は……消さないといけない。そうだ……そうすればいいんだ、最初からそうすればよかったんだ……」
自分達を擁護する話に夢中になり、他の三人はアリオスの異変に気づかない。
アリオスは暗い笑みを浮かべて、憎しみがこめられた声をこぼす。
「……消してやる……」
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