35話 精霊族の姉妹と契約
「「ありがとうございました」」
森の支配者を倒したことで、精霊族の姉妹は解放された。
姉のソラと妹のルナが揃って頭を下げた。
「ルナを助けてくれて、本当に感謝しています」
「ありがとうございます」
「レイン達がいなければ、今頃、ルナはどうなっていたことか……」
「おそらく、我はとんでもない目に遭っていただろう……具体的に言うと……いや、とても口には出せぬな。あんなことやこんなことをされていたに違いない。む? 今、想像したか? くくく、雄の本能が暴走しそうになったか?」
「ルナ。こんな時にふざけるのはやめなさい。レイン達に失礼ですよ」
「我はふざけているつもりはないぞ、姉よ。我は、いつでも本気で、全力投球だ。ふざけないと生きていけない性質なのだ。どこぞの魚類と同じというわけだ」
「ですから、そのような話をやめなさいと言っているのですよ」
「やめられない止まらないのだ」
いきなり姉妹コントが繰り広げられているんだけど、それは?
ルナは双子の妹らしく、ソラと瓜二つだ。
鏡を向かい合わせたように、背も体型も髪型も全て同じだ。
ここまでそっくりだから、てっきり、性格も似ているのかと思ったんだけど……
どうも、性格は真逆らしい。
ソラは真面目な子だけど、妹のルナは破天荒だ。
その性格は……見ての通りだ。
似ているようで、全然違う性格をしている姉妹。
でも、仲は良いらしく、再会した時は涙を流して抱き合っていた。
無事に助けることができてよかった。
本当にそう思う。
「ぜひ、お礼をしたいのですが……」
「我とソラの体で支払うか?」
「る、ルナ!」
「ふふん。この程度で照れていては、先が思いやられるぞ? いざという時に男を蹴り飛ばしたりしないか……我は、姉の将来が心配だ」
「余計なお世話です。えっと……ルナの戯言は放っておいて、ソラ達にお礼をさせてください。できることは限られていますが、レイン達の力になりたいのです」
「そう言われてもな……何かあるか?」
「にゃんにも」
「特にないわね」
カナデとタニアに問いかけると、揃って首を横に振られた。
俺達の目的は、真実の盾を手に入れることだ。
すでにそれは達成された。
だから別に、見返りはいらない。
二人が気にすることなんてないんだ。
「本当に気にしないでいいから。礼を期待してたわけじゃないからな」
「しかし……」
「どうしても気になるっていうなら、そうだな……俺達と友達になってくれないか?」
「友達……ですか?」
「む? そんなことでよいのか? 今ならば、我らの魅力的で妖艶な体を好きにしてもよいのだぞ?」
「ルナ!」
「おっと、ソラが怖いぞ」
「にゃー……」
「レイン、あんたそういう趣味があるの……?」
「ないからな?」
なぜか、カナデとタニアにまで睨まれた。
冤罪だ。
「こう言うのも失礼かもしれないけど、精霊族ってすごく珍しいんだ。200年前に姿を消して、それきりだからな。だから、色々と話してみたいことがあって……よかったら、友達になってほしい」
「……」
「ダメか?」
「いえ……」
ソラはゆっくりと首を横に振り、微笑する。
「レインは不思議な人ですね。私達ならば、もっと色々なことができるのに……それこそ、遊んで暮らせるだけの財を与えることも可能です。それなのに、友達になってほしいなんて……人間がレインのような者ばかりならば、私達は姿を消すことはなかったでしょう」
「我らでよければ、喜んで友になろう。くくく、我が盟友となるがいい」
「ルナのコレは、照れ隠しのようなものと思ってもらえれば……」
「て、照れ隠しなんかじゃないしっ!」
一瞬だけ、ルナが素に戻ったような気がした。
妙な態度は、わざと作っているものなのだろうか?
「よろしくな」
「よろしくにゃ!」
「仕方ないから、よろしくしてあげる」
俺達は、それぞれ握手を交わした。
「ソラとルナは、これからどうするの? これからも、ここの管理を続けるの?」
タニアの問いかけに、二人は同時に首を横に振る。
「いえ、ソラ達はここを出ようと思います。仕方ないとはいえ、ルナを見捨てようとした仲間達とは、今は一緒にいられそうになくて……少し、距離を置いて心を落ち着けたいです」
「我は、このような森に収まる器ではない。常々、外の世界に出ようと思っていたところだ。ちょうどいいから、ソラと一緒に旅をするぞ」
「なるほど。そういう選択もありかもね。でも、気をつけなさいよ? あの魔物みたいに質の悪い連中がいないとも限らないし」
「そうですね……その辺りは、正直、心配ですね」
「まあ、我らは引きこもりだからな。故に、世間知らず。ふむ、ナビゲーターが欲しいところだな」
「ルナ……いくらなんでも引きこもりという表現は……」
「む? 我は何か間違えたか?」
「……」
ソラが嫌そうな顔をした。
そりゃそうだろう。
最強種なのに引きこもりなんて言われたら、さすがに心外だろう。
まあ、この場合、そう言っているのも同じく最強種なんだけどな。
「なら、私達と一緒に来ない?」
突然、カナデがそんなことを言い出した。
「ここで出会ったのも、何かの縁だよ。私達のパーティーに入らない?」
「ちょっとカナデ、勝手にそんなこと決めるんじゃないわよっ」
「にゃー、タニアは反対?」
「……別に反対っていうわけじゃないわ。ただ、あたしたちのリーダーはレインなんだから、勝手に話を進めたらまずいでしょ」
「それもそうだった! レイン、ごめんね」
「いや、俺は別にいいんだけど……」
さすがに、その提案をソラとルナが呑むことはないだろう。
俺は人間だ。
人間がいるパーティーに精霊族が加わるなんて、そんなことは……
「ほう……いいのか? ならば、我と一緒に旅をする権利を与えてやろう!」
「ルナっ、あなたは遠慮という言葉を知らないのですか。あと、その上から目線はなんですか。こちらは誘ってもらっている身というのに……」
「遠慮などという言葉は知らぬな。それに、レイン達が社交辞令で言っているとは思えぬぞ。本気で我らのことを考えて、本気で誘ってくれているに違いない。それくらいのことも、我が姉はわからぬのか?」
「それは……」
「なあ、姉よ。人間は、確かに我らの住処を奪ってきた。が……だからといって、人間全体が同じものとは限らぬ。レイン達ならば、信じることができると思わぬか?」
「……」
「我は、レイン達ならば大歓迎だ。素直にうれしいぞ。喜びのキスをしようか?」
「人が感心したら、またそういうことを口にして……軽々しくそんなことを言わないように。それはともかく……まあ、ソラも、レイン達ならば問題はありません。というか、ぜひ、こちらからお願いしたいところです」
「え? いいのか?」
「はい。ルナが言ったように、レインならば信用できます。他の人間は無理ですが……レインなら、という思いがあります。というか、一緒にいさせてください。レインと一緒にいることをソラは望みます」
意外な展開になった。
まさか、精霊族が人間と一緒に行動したいなんて……
「レイン、レイン。私は、二人と一緒にいたいな♪」
「あたしたち三人だけだと、今後、対応できないことも出てくるだろうし……人数が増えるのは良いことじゃない? 別に、あたしが二人と一緒にいたいなんて思ってるわけじゃないからね? 勘違いしないでよ」
カナデとタニアは、同じ最強種ということなのか、すでに二人に気を許しているらしい。
確かに、ソラとルナが仲間になれば心強い。
パーティーにもう少し人数がいれば、と思うこともある。
少し考えて、結論を出した。
「そう、だな……わかった。二人がいいなら、異論はないよ。というか、大歓迎だ」
「ありがとうございます、レイン」
「ふはははっ、よろしくしてやるぞ! 礼に、我がえろいことをしてやろうか?」
「ルナっ、あなたという子は……!」
「冗談だ。真面目に受け取るでない。慌て過ぎではないか、我が姉よ」
「むぐぐぐ」
賑やかなパーティーになりそうだ。
楽しそうにはしゃぐ姉妹を見て、そんなことを思う。
「それじゃあ……これから、よろしくな」
「はい、よろしくおねがいします」
「今日から、我らは盟友だ。よろしく頼む!」
こうして、二人の精霊族がパーティーに加わった。
「ところで、レイン」
「なんだ、ソラ?」
「私達とも契約をしてくれませんか?」
「え?」
「聞けば、カナデとタニアはレインと契約をしている模様。私達も、レインの力になりたいのです」
「今なら、なんと二割引きだ。大特価サービス中だぞ」
「それ、本気で言っているのか?」
「はい、本気です。たくさんお世話になりましたし……せめて、これくらいは」
「……我のボケがスルーされた。むぅ、レインは意地悪なのだな。場を和ませようと、我が道化になったというのに。まあ、それはともかく……我の気持ちも変わらぬぞ。レインの力になりたいのだ」
「その気持ちはうれしいんだけど……俺が使役できるのは動物と昆虫だけで、さすがに精霊は管轄外なんだが」
昔、精霊を使役する『エレメンタルテイマー』という職があったらしいが……
200年前に精霊が姿を消したことで、エレメンタルテイマーも自然消滅した。
ただ、俺の故郷には使い手がいた。
親子代々、密かに受け継がれてきたらしい。
村の仲間のよしみで、教えてもらったことはあるが、習得には至らなかった。
そんな説明をするが……
それがどうしたというように、カナデがあっさりと言う。
「なら、レインが失われた技法を取り戻しちゃえばいいんだよ♪」
「いやいやいや、無茶を言うな。昔、軽く習った程度なんだぞ? できるわけがないだろう」
「でも、レインならできる気がするな。ね、タニア?」
「そうね。なんだかんだで、レインならうまくやれるんじゃない?」
「無茶振りもいいところだ……」
「とりあえず、試してみれば? 何もしないうちから諦めるなんて、かっこわるいことしないでよ」
そう言われたら断ることはできない。
「じゃあ……やるだけやってみるか。ソラ、ルナ。こっちへ」
「はい」
「うむ」
二人が並んで立つ。
親指を噛み、流れる血で魔法陣を描く。
それから、目を閉じて集中した。
テイムする方法は、基本的な部分はどの種族も同じだ。
魔力を練り上げて、対象の魂に語りかけて、心と心で対話をする。
それで、相手が応えてくれれば交渉成立……テイム成功となる。
ただ、種族ごとに練り上げる魔力の構造が違う。
形の違うパズルに挑戦するようなものだ。
練り上げる魔力の形を間違えると、こちらの言葉が魂に届くことはなく、契約失敗となる。
精霊族を使役するためには、どのような構造の魔力を練ればいい?
どれだけの魔力を注ぎ込んだらいい?
今まで得た経験と技術と勘を全て注ぎ込んで、俺なりの答えを導き出した。
「……我が名は、レイン・シュラウド。新たな契約を結び、ここに縁を作る。誓いを胸に、希望を心に、力をこの手に。答えよ。汝の名前は?」
「……ソラ……」
「……ルナ……」
魔法陣が光の粒子となり、ソラとルナの体に吸い込まれた。
契約……成立だ。
「ふぅ、なんとかうまくいったみたいだな」
「やったね、レイン♪ さすがだよ!」
「ま、あたしは心配してなかったけどね。レインならできる、って信じてたわ」
「奇跡的にうまくいっただけだよ。もう一度やれと言われたら、たぶん、できないな」
「そうかな? レインなら、なんだかんだいって、何度でも成功させるような気がするんだけど」
「同感ね。他のテイムも成功させるんじゃない? 例えば……魚類とか」
「まあ、それも習得はしていないが、習ったことはあるな」
「「あるんかい!」」
二人してツッコミを入れられた。
それはともかく……
「ふぅ……さすがに、疲れたな」
精霊族と契約するなんて無茶をしたせいか、疲労がすさまじい。
大量の魔力を消費したらしく、ひどい倦怠感に襲われる。
タニアと契約をして魔力が底上げされていなかったら、危なかったかもしれない。
気を抜いたら、その場に座り込んでしまいそうだった。
すると、左右にソラとルナが移動して、俺を支えてくれる。
「これからは、レインがソラの主ですね」
「我らに、あんなことやこんなことをし放題だぞ」
「ルナっ」
「おやおや、我が姉は顔が赤いな? いったい、どのような想像をしたのだ? くふふふ、えろいな」
「怒りますよ?」
「ただの冗談ではないか。本気になるな。まあ、なにはともあれ」
ソラとルナはこちらを見て、にっこりと笑う。
「これから、よろしくおねがいします。ご主人様♪」
「これから、よろしく頼むぞ。ご主人様♪」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
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