33話 人質
「ソラには妹がいます」
ソラはゆっくりと口を開いた。
「双子の妹です。ソラとは全然性格が違いますが、仲は良いと思います。とても大事な妹です」
「にゃー、妹さんがいるんだね」
「なら、挨拶しないと。妹さんは近くにいないのかしら?」
「……」
ソラが暗い顔になる。
今にも泣き出してしまいそうだ。
「妹は……今、魔物に捕まっています」
「魔物に……?」
「……精霊族の里に繋がる道は、この迷いの森だけではなくて、世界各地にいくつか存在します。ソラは……妹のルナと一緒に、この迷いの森の道を管理していました。ぶっちゃけてしまうとつまらない仕事ですが、でも、ルナが一緒なので楽しい日々でした。時に森で遊んだりして、幸せな日々が続いていました」
「仲が良いんだね♪」
「はい、大事な妹です。ですが……ある日、魔王軍を名乗る魔物が現れました」
当時のことを思い返しているのだろう。
ソラの顔に怒りと恐怖、相反する感情が浮かぶ。
「当然、ソラ達は応戦しました。しかし、なかなか倒すことができず……ついには、隙をつかれてルナが捕まってしまいました」
「精霊族が苦戦する……? その魔物の名前は?」
「シャドウナイト」
「なるほど……道理で」
「ねぇねぇ、どういうこと?」
カナデが?マークを頭の上に浮かべながら、こちらに問いかけてきた。
「シャドウナイトはCランクの魔物で、一流の冒険者ならそれほど苦戦する相手じゃない。ただ厄介な特性があってな。魔法を完全に無効化する特殊能力を持つ、レアな個体なんだ。対する精霊族は、魔法を使うことに特化した種族だ。あまりにも組み合わせが悪い」
「にゃるほど……シャドウナイトは、精霊族の天敵なんだね」
「シャドウナイトは、ルナを助けたければ結界を解除しろと言いました。シャドウナイトの目的は、魔物と敵対する最強種を滅ぼすことでした。当然、そのような要求は飲めません。要求をはねのけて……自力でルナを助けようとしました。しかし……」
「助けられなかった……?」
「はい……仲間は、力を貸してくれませんでした。長は、仲間を危険な目に遭わせるわけにはいかない。幸い、結界の中にいれば安全だ。ルナのことは諦めるしかない……と」
ソラが拳を握る。
握る拳が、わずかに震えた。
「なにそれ!? ひどくないっ」
「にゃー……精霊族は合理的なところがある、って聞いたことがあるけど……いくらなんでも、それはあんまりだよ……」
「なんとかして、ルナを助けたい。ですが、仲間を危険に晒すことはできません。仲間の言っていることもわかるのです。妹一人の命と精霊族全ての命……どちらを取るべきなのかと問われれば、妹は切り捨てられるでしょう。それでも……ソラは、納得できませんでした。妹と仲間、どちらを選ぶべきなのか? ソラは選択を迫られました。ですが、ソラは……どちらを選ぶべきなのか、わからなくて……ルナを選びたいのに、でも、それは仲間を裏切ることで……かといって、仲間を守ることを選択したら、ルナを守ることはできず……くっ」
「事情は理解したよ」
「あ……」
そっと、ソラの頭を撫でた。
優しく、労るように。
繰り返し撫でる。
「大変だったな」
「……レイン……」
「突然、天敵に襲われて……妹がさらわれて……一人で、ずっと迷い続けて……辛かっただろうな」
「うっ……あぁ……」
「もう大丈夫だから。俺達がいるから。だから……無理をしなくていいんだ」
「ひ、っく……えぐ、うぅ……うぁあああああっ!!!」
抑え込んでいたものが一気に溢れ出して……
ソラの慟哭が響いた。
――――――――――
「……見苦しいところを見せました」
しばらくしたところでソラは落ち着きを取り戻した。
ただ、涙を流したことで目が赤くなっている。
ソラにこんな顔をさせているのは、魔物のせいだ。
そう思うと、怒りがふつふつと湧いてきた。
「気にしてないさ。ああいう時は、溜め込んでいるものを、一度、吐き出した方がいい」
「……少し、楽になったような気がします」
わずかにソラが笑う。
「やっぱり、ソラは笑っている方がいいな」
「え?」
「その方がかわいいよ」
「……そ、そうですか」
「にゃう……レインって、やっぱりタラシだ……」
「あたしには、かわいいなんて言わないくせに……」
なぜか、二人の視線が痛い。
「それで、今後のことなんだけど……」
「……お願いがあります」
ソラがじっと俺を見つめた。
すがりつくような視線だ。
「最初、あんなことをしておいて、それなのに、こんな都合の良いことを言うなんて……ソラは恥知らずです。最低です。ですが、もう、他にどうしていいかわからなくて……ルナを助けてください、お願いします……ソラ達を……助けて……」
「頼まれた」
「あ……」
「約束する。必ず、ソラの妹を助ける。シャドウナイトを倒す。精霊族だって、危険に晒すようなことはしない。全部だ。全部の願いを叶えてみせる」
「にゃー、レインは欲張りだね」
「その方がいいわよ」
「いい、のですか……? ソラは、レインに刃を向けたのに……」
「気にしてないよ。第一、あれはソラの本意じゃない。それくらい、わかっているつもりだ」
「……レイン……」
「二人も異論はないだろう?」
「うん、もちろんだよ! ソラをいじめる魔物は、私がおしおきするにゃ!」
「こういう展開になることは予想できていたもの。今更、反対なんてしないわ」
「……と、いうわけだ」
再び、ソラの瞳に涙がにじむ。
それを隠すように、ソラは頭を下げた。
「ありがとう、ございます……本当に、ありがとう……」
「まだ礼は早い」
「それでも、うれしいから……ありがとうございます……」
――――――――――
ソラが落ち着いたところで、結界の要となっている大木の前に移動した。
「妹がどういう状況下にあるのか、わからないか?」
「すみません……シャドウナイトは、一方的に命令してくるだけで、ルナがどういう扱いを受けているのかまでは知らなくて……」
「にゃあ……心配だよね」
「不安を煽るつもりはないんだけど……無事なのかしら?」
「それは……」
ソラが暗い顔になる。
「以前は、ルナの声を聞かせてくれていたのですが……最近は、そういうこともなく、無視されてしまい……」
「急いだ方がいいかもしれないな」
魔物が人質に気をつかうなんてことはしないだろう。
ソラの妹はひどい扱いを受けているかもしれない。
それが原因で、衰弱していることさえ考えられる。
一分一秒でも早く助け出して、ソラの元に送り届けてやらないと。
「結界を解除すれば、シャドウナイトのいる場所は、ここから一直線です。たぶん、レイン達ならば数分でたどり着けると思います」
「にゃあっ、がんばるよ!」
「ふざけた真似をする魔物を蹴散らしてやりましょう!」
意気込む二人を見て、ソラがおずおずと言う。
「あの……やはり、私もレイン達と一緒に……」
「いや、それはやめておいた方がいい」
ソラが同行を申し出てくれるが、俺はそれを却下した。
「妹が人質にとられているんだ。ソラが裏切ったことがわかれば、魔物が激高して、人質に危害を加えるかもしれない」
「それは……」
「あと、悪い言い方になるが、妹を盾に俺達とソラを敵対させるかもしれないし……迂闊に動かない方がいいと思う。まあ、それは俺達に対しても言えることだけど、関係がわからない以上は、敵も迷うはずだ。こういう言い方は本意じゃないが……ソラが出てくるよりは、やりやすいと思う」
「……」
「不安かもしれないが、ソラはここで待っていてくれないか? 大丈夫だ。妹は、絶対に俺達が助けてみせる」
「……はい。レイン達を信じます」
わずかにソラが笑った。
俺達を鼓舞するように、明るい顔を見せてくれる。
「……ご武運を」
ソラに見送られて……
俺達は地面を蹴り、シャドウナイトの元に向かって駆け出した。
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