31話 三人目の最強種
『立ち去りなさい』
声が聞こえる。
周囲を見回してみるが、俺達以外に誰もいない。
「にゃ、にゃに? 誰かいるの?」
「誰も見えないけど……もしかして、幽霊かしら?」
「にゃんっ!? そ、そういう話はやめてー!」
「あら。もしかしてカナデって、そういう話は苦手なの? 猫霊族なのに?」
「だってだって、幽霊って打撃が効かないんだもん……」
「二人共、静かに」
何が起きてもいいように身構えた。
さて、何が出てくるか?
タニアの言う通り幽霊なのか?
それとも……
『立ち去りなさい』
三度目の警告と共に、周囲の木々から光の粒子があふれた。
一つ一つが意思を持っているように、規則的に宙を漂う。
やがて、一箇所に集まり、人の形を取る。
「……」
光が晴れると、一人の女の子が姿を見せた。
背は低く、ともすれば子供と勘違いしてしまいそうだ。
そんな外見に反して、凛とした表情をしていて、矛盾しているが、どこか大人びて見える。
亜麻色の髪は花飾りでまとめられており、よく似合っていた。
何よりも目を引くのは……羽だ。
女の子の背中に、二対の光の羽が生えている。
「……精霊族……」
タニアが、信じられないという感じでつぶやいた。
精霊族。
カナデやタニアと並ぶ、最強種の一角だ。
その中でも珍しい、木の精霊……ドライアドだ。
温厚な種族だが、人に対しては厳しい。
というか、人を嫌っている。
山や森、自然を住処にする精霊族にとって、山を開拓して木々を伐採する人間は天敵のような存在だ。
そのため、何度も衝突したことがあるらしい。
そして……精霊族は姿を消した。
人と関わることを嫌い、人の手が届かない奥地に身を潜めたらしい。
それが、おおよそ200年前のこと。
以来、精霊族を見たものは誰もいない。
それなのに……まさか、こんなところで出会うなんて。
驚きのあまり言葉が出てこない。
「えっと……こんにちは」
「立ち去りなさい」
「少し話をしないか?」
「立ち去りなさい」
「俺は、レイン。この二人は、カナデとタニア。俺の仲間だ」
「立ち去りなさい」
「ちょっとした用があって、ここに来たんだけど……この結界はキミが作ったものなのか?」
「立ち去りなさい」
ダメだ。
取り付く島がない。
「立ち去らないというのならば……」
精霊族の女の子がふわりと浮かび上がる。
こちらに手の平を向けると、光が収束していく。
「実力で排除します」
「にゃ!?」
「一度退くぞ!」
「わ、わかったわ!」
俺達は、慌てて入り口まで引き返した。
――――――――――
「追ってきてない……?」
カナデが恐る恐る後ろを見る。
「ああ、大丈夫だ。追撃とかはなさそうだ」
「いったい、なんなのかしら? いきなり攻撃しようとするなんて」
「森をいきなり燃やそうとしたタニアに言われたくないと思うにゃ」
「なんか言った?」
「なにもー」
おかしいな?
アリオスからは、精霊族が出たなんていう話は聞いていない。
ウソをつかれていたのか、それとも、俺達が偶然出会ったのか。
……いや。
偶然と考えない方がいいだろう。
相手は、人を嫌い、200年も前に姿を消した精霊族だ。
俺達の前に姿を見せた、それなりの理由があるはずだ。
その理由は、やはり……
「結界……か?」
「にゃん?」
「どうして、あの精霊族は俺達の前に姿を現したのか? カナデとタニアだけならともかく、人間の俺がいるのに。そこがおかしなところなんだけど……結界を解除されそうになったから、って考えると辻褄が合うんだよな」
「そうね……森を歩き回ってる時はぜんぜん姿を見せなくて、結界を解除しようとした途端、姿を見せたからね。レインの言ってることは正しいと思うわ」
「じゃあじゃあ、あの精霊族の女の子が結界を守ってる、ってこと? でも、それって……間接的にだけど、最深部にいる魔物を守ってる、ってことにならない?」
「そうなんだよな……」
結界を解除されて困るのは誰か?
答えは、最深部にいるであろう魔物だ。
自身の住処を堅牢な要塞にするために、結界を張った。
その上で、精霊族に結界を守らせた。
そう考えると辻褄が合うんだよな。
ただ、話の筋が通るというだけで、なぜそんなことをしたのか? という疑問は残る。
確かに、精霊族は人間を嫌っているが、だからといって魔物に協力するような種族じゃない。
魔物は意味もなく自然を踏み荒らし、木々を薙ぎ倒す。
ある意味で、精霊族は人間よりも魔物の方をずっと敵視している。
なので、精霊族が魔物に協力するわけがない。
「何かしら、取引が行われたのか……それとも、弱味を握られている? うーん……ダメだ。どれも想像の域を出ないな」
「私、考えるのは苦手だよぉ」
「ちょっとはがんばりなさい、この駄猫」
「駄猫っ!?」
「真意はわからないけど、精霊族が魔物に加担してるのは間違いなさそうね。なら、倒しちゃえばいいんじゃない? 無力化するだけなら、レインも心が痛まないでしょ」
「簡単に言うなあ……相手は、あの精霊族だぞ?」
「こっちには、猫霊族と竜族がいるのよ。それに、このあたしが負けるわけないじゃない」
ふふんっ、というような顔をして、タニアが胸を張る。
相変わらず、すごい自信だ。
自分が負けるなんて、欠片も思っていないらしい。
まあ、そんなところがタニアらしいと言える。
「確かに、戦いになれば勝てるかもしれないが……いや、やっぱりダメだ。精霊族の力は未知数だ。ヘタしたら、怪我じゃ済まないかもしれない。カナデとタニアを危険に晒すわけにはいかない」
「なによそれ。あたしの力が信用ならないっていうわけ?」
「違うよ。純粋に心配しているんだ」
「そ、そう……心配してくれているんだ……ま、まあ。そこまで言うのなら、強硬策はとらないでおいてあげる」
「にゃあ♪ 私は、レインの言うとおりにするよ」
「ありがとう、二人共」
「でも、どうするの? 精霊族をなんとかしない限り、最深部にはたどり着けないわよ」
タニアの言うとおりだ。
精霊族の女の子を説得しないと、奥に進むことができない。
隙を見て結界だけを破壊するという手もあるが……
怒りを買いそうなので、できれば控えたい。
「俺に任せてくれないか?」
「何か考えがあるの?」
「いや、特にない」
「にゃん?」
「もう一度、話し合ってみようと思う」
「話なんてできる雰囲気じゃなかったわよ?」
「さっきは突然のことに驚いて、こちらも身構えてしまっただろう? 今度は敵意がないことを示して、誠意を見せれば……あるいは、対話が可能かもしれない」
「お人好しらしい意見ね」
「ダメか?」
「ううん。そういうの、嫌いじゃないわ♪」
「レインらしいよね、にゃん♪」
カナデとタニアは、俺の選択は間違っていないというように、にっこりと笑った。
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