28話 ビーストテイマーvs勇者
アリオスは剣を抜いた。
切っ先をこちらに向けて、ニヤリと唇の端を持ち上げる。
「たかがビーストテイマーごときが勇者に歯向かうなんて……キミは実に愚かだな。こちらが下手に出ていれば調子に乗って……愚の骨頂と言わざるを得ない。僕に手を上げた罪、今、断罪してあげぐはぁっ!!!?」
なにやら一人語りを始めたので、うっとうしいから、とりあえず殴っておいた。
が、さすがは勇者さま。
頑丈らしく、すぐに立ち上がる。
「貴様ぁあああああっ!!!」
「そんなに怒ると頭の血管が切れるぞ?」
「うるさいっ、黙れ!!! 二度も僕を殴るなんて、絶対に許せない! 貴様が土下座をしろ、泣いて詫びろ!!!」
アリオスが斬りかかってきた。
速い。
以前、盗賊を相手にしたことがあるが、連中とは桁違いの速度だ。
それだけじゃない。
刃の軌道が変幻自在で、あらゆる角度から襲ってくる。
右斜めに剣が振り下ろされたかと思えば、何かに当たったように跳ねて、下から上に振り上げてくる。
気に食わないヤツだけど、剣の腕についてはさすがと言わざるをえない。
勇者を名乗るだけのことはある。
避けきれない刃が増えて、時折、皮膚をかすめて血が流れる。
「ほらほらほらっ、どうした!? どうしたどうしたどうしたぁ!!!? 逃げ回るだけか!? 不意をつかないと、僕を殴ることもできないのか!?」
ここぞとばかりに、アリオスは剣を振る速度をアップさせた。
右から左。
流れるように刃が下に落ちて、∨字に跳ね上がる。
怒涛の連撃にさらされた俺は……
「……」
わりと落ち着いていた。
しっかりと剣の軌道を見極めて、安全な場所に体を退避させる。
どうしても難しい場合は、かすり傷程度は我慢することにして、致命傷だけはきっちりと外した。
アリオスと対峙してわかったことがある。
こいつは怖くない。
剣の達人であり、勇者という力を持った存在。
魔法も使うことができるエキスパート。
普通に考えるなら、とんでもない強敵なのに……
不思議と恐怖を覚えない。
タニアと戦ったことがあるからだろうか?
あの時に比べると、危機感はまったく覚えない。
『勇者と言われてもこの程度なのか』……それが、正直な感想だった。
「キミは勇者に逆らった、度し難い愚か者だ。国に突き出して、重罪人として捕らえてもらおうか? あるいは、民衆の敵として磔にして晒し者にするのもいいかもな!」
「ごちゃごちゃうるさいんだよ……ふっ!」
「あがっ!?」
ここで初めて反撃に転じた。
剣戟の合間を縫うようにして、俺の拳がアリオスの腹部を捉えた。
ダメージを負い、アリオスの動きが止まる。
その隙を逃すことなく、さらに拳を二発、叩き込んで、膝を足の裏で踏み抜く!
「ぐぅううう!!!?」
アリオスは咄嗟に後ろに飛ぶことで、致命的なダメージを回避した。
「ちっ……少し遊びすぎたか。まともな戦闘の最中に、キミの攻撃を受けてしまうなんて……油断禁物だな。遊びは終わりにしよう」
「いいからかかってこい。今度は俺の番だ」
「っ……! この、劣等種ごときがっ……! 勇者である上位の存在に逆らうんじゃない!!!」
確かに、俺は普通の人間だ。
勇者という選ばれた存在じゃない。
それでも。
下位の存在が上位の存在に勝つことができないなんて、誰が決めた?
「せいっ! やあっ、はぁあああ!!!」
「ふっ! しっ!」
「ぐあっ!? がっ、ぐううう!?」
アリオスの剣が俺を捉えることはない。
皮膚にかすることさえなくなっていた。
俺はダメージを負うことはなくて……
きっちりと反撃を繰り出して、逆に、アリオスにダメージが蓄積されていく。
「くそっ……バカなっ、どうしてこんな……ありえないぞっ、どういうことだ!?」
アリオスの声に苛立ちの色が混じる。
ここに来て、俺がパワーアップした……なんて都合の良い展開はない。
ダメージを受けたことで、アリオスの剣が鈍ったというわけでもない。
ただ単純に、見切ったのだ。
アリオスが剣を振る時は、どれだけの歩数を踏み込むのか。
フェイントを織り交ぜる時は、どういう風に視線を動かすのか。
必殺の一撃を叩き込む時は、どんなパターンが存在するのか。
それらの情報を、最初の五分の攻防で分析した。
もう、アリオスの剣技で知らないものはない。
全ての攻撃パターンを把握した。
故に、アリオスの攻撃が俺に当たることはない。
「ぐがっ!?」
剣を避けて、アリオスの顔面を蹴る。
一撃一撃に、猫霊族と契約したことで得られた力を込めている。
さすがに無視できないダメージが蓄積されてきたらしく、アリオスの足がふらついてきた。
「ど、どうしてだ……どうして僕の攻撃が当たらない!? 貴様の攻撃ばかりが当たるんだよ!? おかしいじゃないかっ、こんなことはありえないぞ、絶対にありえないっ……くそっ、たかがビーストテイマーごときに……この僕が!」
「その、たかがビーストテイマーに負けるんだよ、お前は」
「ふざけるなあああああぁっ!!!」
アリオスが距離を取り、剣を鞘にしまう。
アリオスもバカじゃない。
近接戦闘では俺に勝てないと、渋々ながらも認めたのだろう。
なら、アリオスが次にとる行動は?
「これで消し炭になれぇっ、ギガボルト!!!」
アリオスの手から雷撃の魔法が放たれた。
飢えた獣のように、雷撃が一直線にこちらに伸びてくる。
全力で横に飛んで回避。
地面に着地したところで、
「ギガボルト!!!」
こちらが避けられないタイミングを狙い、再び、アリオスが雷撃魔法を放つ。
「ファイアーボール!」
こちらも魔法で応戦した。
初級魔法vs上級魔法。
本来ならば、向こうに軍配があがるのだけど……
こちらは、タニアの魔力で強化されたファイアーボールだ。
盾代わりになることはできたらしく、雷撃魔法を相殺する。
「な、なんだとっ……僕の、勇者だけが使える魔法を、たかが初級魔法で相殺しただと……!? くそっ、くそっ! いったいどうなっているんだ、貴様は!?」
「色々あったんだけど、教えてやる義理も義務もないな」
「貴様っ……!」
アリオスは血が出そうなほどに拳を握りしめて、こちらを睨みつけた。
が、すぐにニヤリと笑う。
「だが、僕の方が有利なことに変わりはない。キミが使えるのは、ファイアーボールとヒールくらいだろう? リーンほどではないが、僕もそれなりの数の魔法を使えるからね。初級魔法だけで僕の攻撃をいつまで防ぐことができるかな?」
アリオスの言うことは正しい。
いくら魔力があるとはいえ、二つの初級魔法でアリオスの猛攻を防ぐことは難しい。
近接戦闘なら勝ち目はあるが、アリオスがそれを許さないだろう。
しかし、ヤツは勘違いをしている。
俺が律儀に魔法戦闘に付き合うと思っている、ということだ。
忘れないでほしい。
俺は、本来、近接戦闘をするわけでもなく魔法戦闘をするわけでもない。
俺の職業は……ビーストテイマーだ。
「さあ、終わりにしてやるぞ! このまま……っ……!?」
ビクンッ、とアリオスの体が震えた。
全身が痙攣を始める。
立っていられなくなり、そのまま倒れた。
「なっ……なに、が……これは、いったい……? ぐ……が……」
倒れたアリオスのところに歩み寄る。
「貴様……何を、し……?」
「アリオスには話したことがあったよな? 俺、昆虫も使役できる、って。何の役にも立たないって、笑われたけどな」
「それ、が……どう、し……なんの、話……」
「これ」
アリオスの首にまとわりついていた蜂を指先で摘んで、見せてやる。
「アールビーっていう、麻痺毒を持つ蜂なんだよ」
「なっ……」
「隙を見てコイツを使役した、って言えばもうわかるよな?」
以前の俺ならば、戦闘をしながら仮契約を交わすなんてことは不可能だった。
しかし、タニアと契約をして魔力が増えたことで、それが可能になった。
動き回りながら、同時に思念波を波のように四方八方に飛ばして、周囲の状況をサーチ。
対象の生き物を見つけ出して、そのまま、遠隔で仮契約。
魔法戦で優位に立ち、有頂天になっていたアリオスの背後に回らせて……ブスリ、というわけだ。
「背中が隙だらけだったぞ? 俺にばかり注意を払い、他を見ていなかった。俺は一人で戦うわけじゃない。そこが、お前の敗因だ」
「ぐっ……まだ、だ……貴様、ごときに……勇者である、僕……が……この、僕が……!」
「というわけで……」
「ま、まて……こ、こうさ……降参、すぐぎゃあああっ!!!?」
何か言うより先に、俺の拳がアリオスを捉えた。
全力の一撃だ。
アリオスが吹き飛び、地面を転がり、木の幹に激突してようやく止まった。
完全に気絶してるらしく、ぴくりとも動かない。
アリオスから離れて、空を見上げる。
「ふぅ」
アリオスをこの手で倒した。
復讐は虚しい、なんてことを言う人がいるが……
とんでもない。
今、ものすごくスッキリした気分だった。
「こんな機会、滅多にないだろうし、もうちょっと殴っておけばよかったかな?」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




