277話 闇夜の密談
「ただいま戻りましたわ」
とある屋敷に戻り、イリスはそう声をかけた。
屋敷の中は物音一つしない。
明かりもなく、窓から差し込む月明かりがわずかな光源だ。
あちらこちらを闇が這い回っているようで、不気味な光景だった。
「ふふっ、おかえりなさい」
そんな闇が凝縮されたように、一人の影が現れた。
イリスを助けて、影で暗躍する魔族……リースだ。
「モニカに聞いたところ、レイン・シュラウドを助けたとか?」
「問題はないと聞いておりますが?」
「ええ、問題はありませんよ。私が目指すところは、あなたと対等の関係を築くこと。よほど無茶苦茶な行動をしない限り、私達があなたの行動に制限をかけるようなことはしないと誓いましょう」
「てっきり、怒られると思ったのですが……なかなか、行動を読むことができませんわね」
「ふふっ、一本とった、というところでしょうか」
くすくすとリースが笑う。
いつになく上機嫌な様子に、イリスは、はて? と不思議そうになる。
「一つ、質問をよろしいですか?」
「はい、なんですか?」
「どうして、そのように上機嫌なのですか? わたくしはレインさまを助けて、あなたが支援する勇者を蹴り落とした。それなのに、なぜ喜んでいるのかと思いまして」
「その質問に答えることにつきましては、別に構いませんが……イリスさんならば、もう見当はついているのでは?」
「そう仰るということは、わたくしの考えは正しいのですね」
「答え合わせといきましょうか」
リースがパチンと指を鳴らすと、どこからともなく、イスとテーブルが出現した。
ワインと果物がテーブルの上に乗っている。
リースは先に席に座り、ワインを飲む。
毒は入っていませんよ、とアピールしているかのようだった。
「失礼いたしますわ」
イリスも席について、果物を口に運んだ。
みずみずしい果肉の味が広がり、幸せな気分になる。
この期に及んで毒が入っているなんて、さすがに思っていない。
仮に毒が入っていたとしても、天族に効く毒なんてほぼほぼないが。
「先の一件で、レインさまは大きく株を上げて、勇者の名声は地に落ちましたわ。最初は、魔王の敵である勇者の力を削ぐのではないかと思っていたのですが……それにしては、あなた方のやることは回りくどい。いっそのこと、サクッと殺してしまった方が早いのに、なぜかそうしない」
「あら。イリスさんは過激な発想をするのですね」
リースが茶化すように言うが、構うことなくイリスは話を続ける。
「勇者を殺すつもりはない。ならば、本当の目的はなんなのか? 答えは……味方にする、ですわね?」
「ふふっ……正解です」
よくできましたという教師のように、リースが微笑みを浮かべた。
「イリスさんが言ったように、私の目的は勇者を魔族の味方にすること」
「あの勇者は……まあ、ろくでもない人間ではありますが、だからといって魔族の味方をするほど壊れた思考をしているとは思えませんが?」
「だからこそ、堕ちてもらったんですよ」
アリオスは聖人とは程遠い性格をしているが……
資格を剥奪されたとはいえ、勇者だ。
そして、人間だ。
普通ならば、魔族の味方をするわけがない。
しかし、今はどうだろうか?
勇者の資格を剥奪されて、死刑宣告をされて、落ちるところまで落ちて……
頼りになるのはモニカだけ。
そして、このような状況に陥ったのはレインのせいだと本気で考えており、恨み、憎しみを募らせている。
言うなれば、暴走状態だ。
理知的な思考なんて期待できない。
そこにモニカがうまく付け入り、操作すれば……
魔族の味方をすることもありえるだろう。
……そんなリースの計画を聞いて、イリスはため息をこぼした。
「勇者を堕とすために、あれだけの騒ぎを起こしたのですか?」
「もちろん。人類の最強の存在が、一転して、最悪の敵になる。なかなかおもしろいシナリオだと思いませんか?」
「悪趣味ですわね」
「ふふっ、それは私にとって褒め言葉ですよ」
計画が思い通りに進んでいることで、リースは上機嫌に笑う。
モニカからの報告によると、アリオスは順調に堕ちていた。
二度と人類側に戻ることができない、決定的な一線を超えてしまうことも、時間の問題だと聞いていた。
たまらない。
自分の計画がパズルのピースのようにカチリとハマり、思い描いた通りに進む。
その達成感に、リースは恍惚感すら覚えていた。
「レインさまに中途半端に手を出したのは?」
「あの人間は、なかなかに危険な存在ですからね。アリオスさんほどではないけれど、それなりに濃い血を継いでいる。そして、複数の最強種を従えている。敵になると、なかなかに面倒です。現に、復活した魔族がすぐにやられてしまう、というようなことが起きましたからね」
「わたくしのことも倒しましたからね」
「そう。魔族側からしたら、アリオスさんの次に厄介な相手です。なので、可能ならば排除しようと考えて……」
「王都の事件に巻き込んだ、というわけなのですね」
「正解です」
もっとも……と間を挟み、リースは言葉を続ける。
「あくまでも、メインディッシュはアリオスさんですからね。彼を堕とすことが第一目標。失敗した場合は、レインさんを排除する。という風に考えていたんですよ」
「なるほど……」
「アリオスさんを堕とすことに成功したので、レインさんの方は放置しておきました。欲張りすぎても、失敗してしまうかもしれませんからね。最優先目標を達成できたのだから、今はこれでよしとする……という感じでしょうか」
レインを消すよりも、アリオスを堕とすことを優先した?
その理由は、アリオスの方が神の血が濃いから?
そんな理由でレインを見逃してしまうなんて……
意外とリースは抜けているのかもしれない。
イリスはそんなことを思った。
確かに、アリオスの方が血は濃いかもしれない。
しかし、本当に厄介なのはレインの方だ。
一度、相対すればわかる。
レインにはアリオスを超える力がある。
リースは選択を間違えた。
今のうちに、アリオスではなくてレインを狙うべきだったのだ。
魔族にとっての真の敵は、レイン以外にありえないだろう……と、イリスは考えている。
もっとも……
そう考えていたとしても、そのことをリースに教えるつもりはない。
まだ味方になるかどうか決めていないというのもあるが……
それ以前に、イリスはレインを売るようなことはしない。
絶対にしない。
レインは命を賭けてまで自分の暴走を止めてくれた。
人の温もりを教えてくれた。
色々とやらかしてきたイリスではあるが……
恩人を売るほど落ちぶれていないつもりだ。
「まあ、アリオスさんの話はこれくらいにしておきましょうか。ほぼほぼ成功したとはいえ……まだ、最終段階に達したわけではないですからね。これからも経過観察が必要ですし……ここで喜んでおいて、後でやっぱり失敗しました、なんてことになったら笑うに笑えませんからね」
「わたくしの意見を口にするならば、失敗する可能性もありそうな気がしますが……」
「それは否定しません。何事も100%ということはありませんからね。ですが、失敗したらそれはそれで構いません」
「と、言うと……?」
「アリオスさんには、私達の仲間になっていただく以外の使い道もある……とだけ言っておきましょうか。詳細は、イリスさんが私達の味方になってくれた時に」
「……なるほど」
当たり前ではあるが、完全に信頼されてはいないらしい。
イリスは改めてそのことを感じて、気を引き締めた。
それからリースが立ち上がり、イリスに手を差し伸べる。
「イリスさん、そろそろ答えを聞かせてくれませんか? 私達と一緒に、人間を滅ぼしませんか?」
「わたくしは……」
「……ふぅ。どうやら、まだ迷っているみたいですね」
言葉に迷うイリスを見て、リースは困ったような顔になる。
ただ、すぐに微笑みに切り替えた。
「まあ、焦るようなことも、急かすようなこともしません。ずっと、というわけにはいきませんけど、気長に待つことにします」
「そうしていただけると助かりますわ」
「ただ……ちょっとしたお願いを聞いてもらうくらいはいいですよね?」
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