26話 勇者からの依頼
「なっ!?」
何を頼もうとしたのかわからないが……
詳細を話す前に一蹴した。
俺の反応は予想していなかったらしく、アリオスが顔をひきつらせる。
が、なんとか怒りを抑え込んだらしい。
こめかみの辺りをピクピクと震わせながら、アリオスが言う。
「お……おいおい、話も聞かないなんて、ひどいんじゃないか? 僕たちは仲間だろう?」
「元仲間だ。今は違う」
「つれないことを言うなよ。言っただろう? 悲しいすれ違いがあったが、僕は……いや、僕たちは、今でもレインを大事な仲間だと思っているんだ」
「そうか。でも、俺は違うな」
「っ」
「アリオスたちのことは、なんとも思っていない。道端の石ころのように、心底、どうでもいい存在だ。どこで何をしようが構わないが、もう俺に構わないでくれないか?」
「ぐぎっ……こ、この……」
「アリオス、落ち着いてください。うまくおだてて、丸め込まないと……」
ミナがアリオスを落ち着かせようとしているが……
だから、全部聞こえているんだよ。
ひょっとして、わざとやっているのだろうか?
やはり、これは遠まわしにケンカを売られているのだろうか?
ついつい、真面目にそんなことを考えてしまう。
「ぐっ……き、キミの怒りはもっともだ。僕たちは間違ったことをした。そ、それについては……謝罪、しよう。このとおりだ」
アリオスが渋々という感じで頭を下げる。
「そうか。で?」
「え?」
「俺の答えに変わりはない。帰ってくれないか?」
「き、貴様……この僕が、勇者である僕が、ここまでしているというのに……たかが、ビーストテイマーごときがそのようなふざけた口を……!」
そのつもりはなかったのだが、結果的に、煽る形になってしまった。
なんとも思っていないという言葉に、ウソはないつもりだけど……
心のどこかで、まだ、しこりになっているのかもしれないな。
それが苛立ちとなり、アリオスたちに辛辣な言葉をぶつける原因になったのだろう。
「……レインさん。私からもお願いします。これは、世界を救うために必要なことなのです」
ミナの言葉に、立ち去ろうとしていた足が止まる。
「それは、どういう意味なんだ?」
「迷いの森の攻略に力を貸してくれませんか?」
「……とりあえず、そっちの事情を説明してくれないか?」
世界のためと言われたら、さすがに無視できない。
ひとまず、ミナの話を聞くことにした。
――――――――――
「……なるほどね」
アリオス達が迷いの森の攻略に苦戦していること。
そのために、俺の力を欲していること。
ミナの話を聞いて、大体の事情を理解した。
そして……呆れた。
俺を追い出しておきながら、今更になって、また力を借りようとするなんて。
この連中は、恥という言葉を知らないのだろうか?
呆れてものが言えない。
「……とはいえ」
こんなでも、一応、アリオスは勇者だ。
魔王を倒してもらわないと困る。
魔王が討伐されず、世界中に魔物があふれる世界になったとしても、俺はなんとかできる自信がある。
カナデとタニアという頼りになる仲間がいるからだ。
二人と一緒なら、どんなこともできる気がした。
しかし、他の人は?
普通に暮らしている街の人々は?
力のない人々にとって、魔王は大きな脅威だ。
魔王が討伐されない限り、安心して暮らすことができないだろう。
そんな魔王討伐の旅が中断されることは望ましくない。
俺個人の感情を優先するのではなくて、もっと全体を考えないといけないのかもしれない。
癪ではあるが……
アリオス達の旅が滞っているというのならば、手を貸すのも仕方ないのかもな。
俺の過去と同じような……あんな悲劇を繰り返すようなことをしてはいけない。
「……わかったよ。今回だけ力を貸す」
「本当ですか? ありがとうございます」
「ちっ……もったいぶるような真似をして……どうして、この僕がこのような真似を……」
了承すると、ミナは笑顔を見せるが……おそらく、演技だけど……アリオスは子供のように膨れたままだ。
先程のやりとりがよっぽど気に入らなかったらしい。
こいつは、自分の立場がわかっていないのだろうか?
へりくだり媚を売れとは言わないが、物事を頼むのならば、それ相応の態度があるだろうに。
「ちょっと」
「待ちなさい」
話がまとまりかけたところで、カナデとタニアが前に出た。
二人の顔は……とんでもなく不機嫌だった。
怒りを隠すことなく、軽い殺気すら放っている。
「……なんだい?」
アリオスもまた、不機嫌そうに応えた。
「本当は、反対したいんだけど……レインが決めたことなら仕方ないや。反対はしないよ」
「でも、一つ、要求はさせてもらうわよ」
「ははっ、報酬でも欲しいのかい? いいだろう。金貨20枚でどうだ? 悪い話じゃないだろう。キミたちにとって、見たこともない大金だろう?」
「報酬はもちろんもらうわ。冒険者に対する個人依頼だもの。でも、それ以外にしてもらわないといけないことがあるの」
「うん? どういうことかな?」
「ちゃんとレインに謝って」
カナデは、アリオスを射抜くように睨みつけた。
「あなたたちは、レインにひどいことをした。さっきみたいな適当なヤツじゃなくて、ちゃんと謝って! 心から謝って!」
「あたしがレインをバカにするのは良いんだけど、他の人にバカにされるの、すっごくムカつくのよね。謝りなさい」
「なにを……謝罪なら、さっきしただろう?」
「ダメ、あんなんじゃ足りないよ」
「土下座しなさい」
「なっ!?」
とんでもない言葉がタニアの口から飛び出して、アリオスと、その他の三人が絶句した。
構うことなく、二人は言葉を続ける。
「にゃーっ……レインに対してちゃんと謝らないと、私達、許さないよ!」
「聞くところによると、あんたたち、あたしのご主人様に相当なことをしたらしいじゃない? 普通なら、あたしのブレスで骨も残さずに焼き払っているところよ。それを、土下座一つで済ませてあげようっていうんだから、良い話でしょ? ねぇ♪」
「私達、優しいね♪」
「ほら、土下座しなさい」
「あ、ちゃんと額を地面に擦り付けてね?」
二人共、怒っているような雰囲気はあったけれど……
そうじゃない。
怒るどころじゃなくて、心底、キレていた。
俺のために怒ってくれているのは嬉しいのだけど……
ちょっと怖い。
この二人は怒らせないようにしよう。
密かに、そう誓う俺だった。
「ふ、ふ……ふざけるなぁあああああっ!!!!!」
今度はアリオスがキレた。
「この僕が、こんな無能に土下座をするだと!? そんなバカなこと、認められるわけがないだろうっ! ありえない、絶対にありえないぞ、そんなことは!!!」
「俺達は間違ったことはしていない。それなのに、そこまでの謝罪を求められるなんて、ありえないな。本来であれば、逆に、俺達に謝罪してほしいところだ」
「てめーら、舐めてんのか? あぁん? このあたしを誰だと思ってるんだ! 大魔法使いのリーン様だぞ! ゴミ虫に土下座なんてするわけねーだろうが!!!」
「不愉快ですね。自らの分をわきまえず、そのような発言をするなんて……やはり、低俗な者は信用なりません」
売り言葉に買い言葉。
アリオス一行もキレて、場の収拾がつかなくなってきた。
これは、どうしたらいいんだ?
「おいっ、レイン!」
「あー……なんだ?」
「キミも、この僕に土下座をしろと言うのか!?」
「さすがに、そこまでは求めてないが……」
「なら、さっさとふざけた提案を撤回させろっ! ペットの手綱くらいしっかりと握っておけっ!!!」
「……ペット、だと?」
カナデとタニアは、大事な仲間だ。
初めて、心の底から信頼を寄せることができた。
そんな相手を、ペット呼ばわりだと……?
「……ふざけるなよっ」
「な、なに?」
「カナデとタニアはペットなんかじゃない。俺の大事な仲間だ! そのふざけた言葉を取り消せっ」
「はっ、くだらない。人間じゃない連中と一緒に過ごして、頭が沸いたのか? 最強種といっても、人間じゃないんだ。ペット呼ばわりしても、問題ないだろうに。ふんっ、見た目だけはいいな? 本当は、愛玩目的で飼っているんじゃないか? やれやれ、獣に発情するなんて、さすがビーストぐほぉっ!!!?」
「黙れ」
くだらない台詞を止めるために、おもいきりアリオスを殴りつけた。
「俺の仲間を侮辱するヤツは、誰であろうと許さないっ!」
「き、貴様……この僕を殴ったな!? たかがビーストテイマーごときが、勇者である僕をっ!!!?」
さすが、勇者というべきか。
猫霊族との契約で身体能力が強化されている俺の一撃をくらっても、アリオスはきちんと生きていた。
これなら……手加減する必要はなさそうだ。
「何度でも殴ってやるよ」
最後に俺がキレて……
二つのパーティーが激突する。
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