25話 望まぬ再会
勇者アリオス一行は、迷いの森の攻略を断念してから、三日後にホライズンの街に戻った。
三日もかかったのは、帰り道を見失い、道に迷っていたからだ。
これまでは、帰り道などのルートを確保しておくのはレインの仕事だった。
レインがいなくなった今、誰かが代わりをやらないといけない。
しかし、誰もが自分の役割ではないと思い込んでいた。
誰かがやるだろう。
そんな他人任せの考え方が、帰り道のルートの確保に失敗するという、冒険者なら失笑してしまうような失敗を招いた。
勇者としてありえない。
誰にも聞かせられない失敗だ。
そんな事態を自分たち自身が招いてしまったことに、アリオスは苛立っていた。
「くそっ」
「落ち着け、アリオス。勇者とあろう者がそんな顔をしていたら、他の者が何事かと思うぞ」
「うるさいっ、黙れ! この僕に命令をするなっ」
「命令じゃない。ただの忠告だ」
「それが命令だというんだ! ただの戦士ふぜいが勇者である僕に意見をするなっ」
「……」
アッガスはアリオスに聞こえない程度に、小さく舌打ちをした。
二人のやりとりを見て、リーンとミナは目を逸らした。
自分たちは関係ない、関わりたくない。
そう言ってるようだった。
レインがいなくなったことで、アリオスたち一行は弱体化した。
しかし、それだけではなくて……
パーティーの間に、徐々に亀裂が入り込む。
そのことに、彼ら、彼女たちはまったく気づいていない。
「……まあいい。とっととレインを見つけるぞ。アイツのことだ。僕たちのパーティーを追い出されて、どうしていいかわからず、まだこの街でうろうろしているはずだ」
「同感だ」
「って言っても、この街、そこそこ広いわよ? どこをうろついてるかわからないゴミ虫を探すの、けっこう大変なんですけど」
「……冒険者ギルドに行ってみませんか? あそこなら、どなたかレインさんの情報を持っているかもしれません」
「そうだな……そうしてみるか」
ミナの意見が採用されて、アリオス一行は冒険者ギルドに移動した。
受付嬢に話を聞いてみると、
「レインさんですか? ええ、知っていますよ」
あっさりと見つかり、アリオスたちは拍子抜けする。
最近、物事がまったくうまくいかないから、レインを探すのも時間がかかるのではないか? と思っていたのだ。
そんな悪い予想は外れて、簡単に手がかりを得ることができた。
運が良い。
いや、運ではない。
これが勇者のパーティーというものだ。
常人では決して手が届くことのない至高の存在。
それらは、神によって祝福されている。
だから、これくらいは当たり前に起きることなのだ。
アリオスは、そんなことを真面目に考えていた。
「それで、レインはどこに?」
「新しい依頼を受けたので、平原に移動されましたよ」
「依頼? もしかしてアイツ、冒険者になったのかい?」
「ええ。シュラウドさんは、ウチで登録をした、新しい冒険者ですよ」
アリオスは笑いそうになった。
パーティーを追放した後、何をしているのかと思えば、冒険者になっているなんて。
レインの力で冒険者が務まるわけがない。
きっと、何度も依頼を失敗して、食うに困っている状態だろう。
良い傾向だ。
自分たちの言うことをきかせやすい。
アリオスは、そんな予想をするが……
現実はまったくの正反対で、レインは依頼を確実に成功させることで評判が急上昇中。
さらに、二人の仲間を得ている。
そんなことになっているとはまったく予想できないアリオスは、見当違いの想像に気分を良くしていた。
声をかける時は、なるべく優しくしてやろう。
そして用済みになった後は、前回以上に辛辣な言葉を浴びせてやろう。
あの時のような、愕然とした表情が見れると思うと、胸がスカッとする。
アリオスは、すでにレインを獲得した気になっていて、憂さ晴らしの方法まで考えていた。
「シュラウドさんに何か御用ですか? もしかして、個人を指名しての依頼ですか?」
「ああ、いや。僕たちと彼は、ちょっとした知り合いでね。彼に力を貸してほしくて、探しているところだったんだ」
「なるほど、そうでしたか」
「僕たちも平原に行ってみるよ」
「はい、お気をつけて」
――――――――――
「にゃんにゃら~、にゃんにゃら~、にゃにゃにゃん~♪」
いつものように、依頼を終えた帰り道。
先頭を歩くカナデが、妙な鼻歌を歌っている。
「なんだ、その歌は?」
「ん~、なんだろう?」
「自分でもわからないのか」
「うれしいことがあると笑顔になるみたいに、自然と鼻歌を歌っちゃうんだよ」
「うれしいことなんてあったかしら? 依頼をこなしただけよね」
「つまり、報酬もたくさん! つまり、ごはんもたくさん! にゃふぅ♪」
「あぁ、そういうことなのね」
タニアと一緒に苦笑した。
カナデは、実にわかりやすい性格をしているな。
でも、それがカナデの魅力なんだろう。
子供のように純粋で、見る者を元気にする明るい笑顔を振りまく。
俺にはできないことだ。
「ねえ、そろそろ懐も潤ってきたんじゃない?」
ふと、タニアがそんなことを尋ねてきた。
「そうだな……わりと、稼げていると思う」
現在の所持金は、金貨が8枚に、銀貨が34枚。
それに、銅貨が80枚だ。
当分、宿の心配はしなくていいし、それなりにおいしいものを食べることができる。
「余裕はあるのね?」
「そうだな」
「なら、装備を整えたら? レイン、まともな装備を持っていないじゃない」
「……そういえば」
伝説級の装備は、勇者パーティーを抜ける時に没収された。
その後、なけなしの金で買った短剣は、キラータイガーを相手にすぐに折れた。
以降、色々なことがあったせいで、装備を整えることをすっかり忘れていた。
「あたしたちは装備がなくてもなんとかなるし……っていうか、なくても最強だから? 装備なんて必要ないし? でも、レインは違うでしょ。あたしたちと契約して加護を得られたからといっても、装備はちゃんとした方がいいわよ」
「わかったよ。じゃあ、この依頼の報告が終わったら、武具屋を巡ってみるか」
「にゃあ……ごはんは……?」
「先に飯を食べてから、だな」
「にゃあ♪ レイン、話がわかる!」
「まったく、カナデには甘いんだから」
「でも、タニアも反対しないじゃないか」
「そ、それはその……あたしも、ちょうどお腹が減ってきたのよ! 別に、カナデに合わせたわけじゃないんだからっ」
仲間になって数日が経ち、タニアの性格がなんとなくわかってきた。
本音をストレートに口にすることができない、ひねくれ者だ。
でも、子供が意地を張っているようでもあり、かわいらしくもある。
「あによ? その目は」
「なんでもないさ」
笑いながら、街に続く道を歩いて……
「やあ、レイン」
……俺は、笑顔を凍らせた。
「……アリオス? それに、みんなも……」
俺達を待っていたというように、勇者アリオス一行がそこにいた。
「久しぶりだね。元気にしていたかい? そちらの二人は、レインの仲間なのかな?」
「……俺は元気でやっているよ。じゃあな」
「おいおい、久しぶりに会ったのにそっけないな。話でもしないか?」
この勇者は、本気で言っているのだろうか?
俺が、笑顔で談笑するとでも?
カナデやタニアに出会って以来、消えていた暗い感情が再び浮き上がる。
「俺から話すようなことは何もないな」
「まあまあ、そうつれないことを言わないでくれよ。僕たちも反省しているんだ。キミがいかに使えなかったとはいえ、もう少し言い方があったのではないか、ってね」
「俺達は、別にお前を憎んでいたわけじゃない。仕方なく、ああしただけだ。許せ」
「まっ、あたしは悪いなんて思ってないけどねー。あの場合、ご……あんたが悪いのは誰が見ても明らかだし? でも、ちょっと言い過ぎたところはあるかもしれないわ。特別に、謝罪してあげる」
「どうでしょう? 三人もこう言っていることですし、過去のことは水に流しませんか?」
こいつらは何を言っているのだろうか?
この時、俺は、四人の言葉がまるで理解できなかった。
謝ると言っておきながら、まるで誠意が感じられない。
それどころか、あれは仕方がないという言い訳をして、さらに、上から目線の謝罪。
謝られているというより、遠回しな挑発を受けていると認識した方がわかりやすい。
「にゃあ……あなたたち、誰?」
「いきなり現れて、道をふさいで、邪魔なんだけど?」
カナデとタニアが前に出る。
不機嫌そうな表情を隠すことなく……
ケンカを売るような勢いで、軽い殺気すら放っていた。
「よく見ると……もしかして、猫霊族なのか!? それに……こちらは竜族なのか? どうして、こんなところに……」
「私達、レインの仲間なんだよ」
「あんたたち、誰よ?」
「バカな!? 最強種が二人、レインの仲間になっているだと? こんな無能に付き従うなんて……ああ、いや。そうか。わかったぞ、レインが君たちに従っているんだな?」
「変なことを言わないで。レインは、私達のご主人様なんだよ!」
「そういうこと。本当はあたしの方が強いんだけど、まあ、レインは悪いヤツじゃないし……仕方ないから一緒にいてあげているの」
「はぁ!? レインが最強種の主だと!? まさか、それはレインが二人を使役したということなのか? そんなことはありえないぞ!」
「ありえないとか言われても……」
「事実だし」
カナデとタニアが断言して、アリオスの顔が青くなったり赤くなったりした。
よっぽど驚いているらしい。
他のメンバーも同様で、目を丸くしたまま、石化したように動かない。
「で、あんたたちは?」
「にゃうー……タニア、タニア。この人たち、イヤな匂いがするよ……ご主人様の敵!」
「っていうと……ああ、ひょっとして、こいつらが『勇者』なのかしら? 話で聞いた特徴が一致するし、間違いなさそうね」
「にゃう! やっぱり敵だ! レインの敵っ、フシャーっ!!!」
「……ヤル?」
「ヤッちゃおう!!!」
「ま、待て待て! 僕たちは敵じゃない。レインの仲間だ、そうだろう?」
最強種二人が本気の怒気を放ち、アリオスが慌てた。
「仲間? 俺は、アリオスのパーティーを抜けたはずだが?」
「そ、それは……つ、冷たいことを言わないでくれよ。一緒に旅をした仲だろう? 不幸な行き違いがあったとはいえ、僕は、今でもレインを大切な仲間と思っているよ」
よくもまあ、そんな台詞を口にできたものだ。
役立たず。
迷惑。
期待外れ。
こいつらに言われたことは、今も、全部覚えている。
都合のいいことを言うアリオスたちに怒りを覚えるが……
同時に、虚しさも覚えた。
俺が『仲間』と思っていた連中は、こんな存在だったのか。
くだらない。
こんな連中に振り回されてきたなんて……
逆に、自分自身の行動が恥ずかしくなってきた。
「カナデ、タニア。俺のために怒ってくれることはうれしいけど、さすがに、乱闘は控えてくれ」
「でも……こいつら、レインを傷つけた。許せない」
「あたしは、レインのことなんてどうでもいいんだけど……気に入らないのよ」
「ありがとな、二人共」
「にゃっ」
「ふぁっ」
二人の頭を撫でて、落ち着かせる。
「その気持ちで十分だから……とりあえず、今は退いて。頼むよ」
「にゃあ……レインがそう言うのなら」
「ホント、お人好しなんだから」
二人が後ろに移動した。
アリオスたちは、あからさまにホッとした顔になる。
「すまないね、レイン。どうも、彼女たちに変な誤解を与えてしまったようだ。詫びるよ」
「いや、別にいいさ」
「そう言ってもらえると助かる」
「……ちっ。この俺が、こんなガキに……」
「なんであたしが謝らないといけないのよ、ゴミ虫ごときに……」
「不愉快ですが……今は、我慢しないといけませんね」
アリオスはなんとか笑っているものの、他の連中は、不愉快そうな感情をまるで隠せていない。
怒りを覚えるどころか、どんどん心が冷めていく。
人間、心底くだらないと思った時は、怒りを覚えるよりも冷めるらしい。
「それで、どうしたんだ? もしかして、俺に何か用が?」
「話が早くて助かるが、どうしてわかったのかな?」
「俺がパーティーを抜ける前に、迷いの森を攻略する、っていう話をしていただろう? 攻略が終われば、森を突き進み、他の街に移動するはずだ。ホライズンに戻る理由はない。なら、何かやり残したことがあるか……あるいは、俺に用があるか。消去法でそう考えただけだ」
「なるほど。前々から思っていたが、レインは頭の回転が早いな。見事な推理だ」
白々しい。
アリオスは、日頃からウソをついて生きているのだろうか?
そんなことを疑うくらいに、彼の表情はウソの感情で塗り固められていた。
「他でもないキミに頼みたいことがあるんだ。実は……」
「断る」
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
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