22話 過去の惨劇
「ほろ……んだ?」
カナデが呆然とつぶやいて……
やがて、その意味を理解したらしく、あたふたと慌てる。
「そ、そんなことになってるなんて……わ、私、すっごい無神経なことを聞いて……ご、ごめんなさい! レイン、本当にごめんねっ、私、そんなつもりじゃなくて……あう、全部、言い訳になっちゃう……にゃう……ごめんなさい……」
「気にするな」
カナデの頭に、ぽんと手を置いた。
そのまま、こちらの気持ちを伝えるように優しく撫でる。
「カナデに悪気があったなんて思ってないし、むしろ、いつも俺のことを気遣ってくれてるじゃないか。俺から話したことだし、気にしてないよ」
「でもでも……」
「だから、泣きそうな顔をしないでくれ。俺、カナデの笑顔に救われてきたんだから」
「私の……?」
「カナデの笑顔を見ていると、なんか、すごく元気になるんだよ。どんなことが起きても前に進んで歩いていける、って思えるような……そんな力強い気持ちになるんだ。おかげで、何度助けられたことか。出会ってまだ間もないけど、助けられてばかりだ。感謝してる。だから、カナデは笑っていてほしい」
「にゃあ……レイン♪」
リクエストどおりに、カナデがにっこりと笑う。
ちょっとぎこちないけれど……
でも、俺が求める『笑顔』だった。
「……」
ふと、タニアがおとなしくなっていることに気がついた。
暗い顔をして、気まずそうに視線を逸らしている。
「もしかして、タニアも気にしているのか?」
「そ、そんなことないしっ! レインのことなんてどうでも……どうでも……いいし」
「……タニアは優しいな」
「な、なによいきなりっ」
「本当に気にしてないなら、そんな顔はしないだろう?」
「あ……」
「ありがとう。タニアが心配してくれて、俺はうれしいよ」
「そ、そう……まあ、その……思っていたよりも落ち込んでなくて、良かったわ」
「一人の時は、昔を思い返して落ち込んだりしてたよ。でも、今はカナデとタニアが一緒にいるからな」
「……もう、そういうこと言われたら、ドキドキしちゃうじゃない」
「うん?」
「なんでもないっ」
「ねえ、レイン」
カナデが、おそるおそるという感じで口を開く。
「その……どうして、レインの故郷がそんなことになっちゃったのか……聞いてもいいかな?」
「それは……正直、あたしも気になるわ」
「好奇心だけじゃなくて……レインのことだから気になるの。レインのことだから、なんでも知っておきたくて……ダメ、かな?」
「まあ……無理はしなくていいわよ? その……レインにとって辛いことだろうし……あたしに気を遣う必要はないからね?」
「大丈夫。二人には、そのうち話しておこうと思っていたことだから」
ウソじゃないし、気を遣った言葉というわけでもない。
仲間だから隠し事は全部なし、とまでは言わないが……
俺の過去に関することは、話しておいた方がいいと思っていた。
理解するため。
理解してもらうため。
相互理解のために……
本当の意味で仲間になるために、必要なことだと思うから。
「とはいえ……それほど大きい話じゃなくて、どこにでもあるような話なんだけどな」
「それでも……聞かせてほしいな」
「レインのことを教えて」
二人は、まっすぐにこちらを見た。
その視線には、仲間のことを知りたいという、真摯な想いが込められている。
「……12歳になった頃だったかな。いつものように、俺はビーストテイマーの訓練をしていたんだ。その時は、両親は忙しくて、たまたま一人で行動してた。村を出て、しばらく歩いたところにある訓練場で、日が暮れるまで練習をしてたんだ」
「にゃー、レインはがんばりやさんだね」
「日が暮れるまでって、12歳の子供ができることじゃないわね。その鍛錬が、とんでもない力を得るきっかけになったのかしら?」
「まあ、それは自分じゃわからないけどな。そんな感じで練習をしてて……日が暮れて、そろそろ戻ろうと思った時、気づいたんだ。夜なのに、空が赤くなっていることに」
「「……」」
二人は言葉もなく、眉間に眉を寄せた。
この後に続く言葉を、ある程度、予想できたのだろう。
「何かがおかしい。そう思った俺は慌てて村に戻ったんだけど……全部、手遅れだったよ。村は魔物の群れに襲われて炎上していた」
あの時の光景は今でも覚えている。
欠片も忘れることなく、脳裏に焼き付いている。
村のみんなが倒れていて……
ぴくりとも動くことはない。
あふれる血が、池のように広がっていた。
そして、家が燃えていて……
全てを炎が包み込む。
「レイン……」
「大丈夫……?」
カナデとタニアが、そっと俺と手を重ねた。
俺の手は、知らず知らずのうちに、血が出てしまうほどに強く握りしめられていた。
二人の手の温もりが過去の惨劇の記憶を癒やすように……
そっと、手から力が抜けていく。
「……ありがとうな。ちょっとだけ感情的になった」
「ううん、仕方ないよ」
「落ち着いた?」
「ああ、もう大丈夫だ」
二人を安心させるように笑いかけて……
中断していた話を再開する。
「二人が言うには、故郷のビーストテイマーの技術はとんでもないものらしいけど……テイムする相手がいればこそのビーストテイマーだからな。普段は、誰も何も使役してなかった。争いとは無縁の平和な村だったからな。でも、警戒くらいはしておくべきだったのかもな……結局、故郷は一夜で滅んだよ。生き残りは、たまたま村の外に出ていた俺一人だけだ」
「そう、なんだ……」
「……あたしがその場にいれば」
「その後、異変に気づいた冒険者が駆けつけてきてくれて、俺は保護されたんだ。その後は、その冒険者の知り合いの宿で住み込みで働かせてもらったんだ。当時は、生きるのに精一杯で、復讐とか考えてるヒマはなかった。で……そのまま時間が過ぎて……半年くらい前に、アリオス達が宿にやってきたんだ」
「にゃん? 勇者達が?」
「旅の途中だったらしい。アリオス達は、ちょうど仲間を探していたらしくて……まあ、今になって考えると、都合の良い駒が欲しかったんだろうな。とにかく、アリオスは俺がビーストテイマーということを知ると、仲間に誘ってきたよ。俺は、二つ返事でOKしたよ。魔物に対する復讐も考えなくはなかったが……それよりも、あんな悲劇を繰り返したくない、って思った。だから、勇者であるアリオス達と一緒に行動することで、俺にもできることがあるんじゃないかと思った」
「そっか……レインが優しいのは、そういうことがあったからなんだね」
「優しいっていうより、お人好しって言うレベルだけどね。まあ……嫌いじゃないわ」
「その後は……まあ、二人も知っての通りだ。アリオスのパーティーに加わり、がんばってきたものの、クビ。それからカナデと出会い……っていうわけだ」
全部、話した。
これで、俺に関する過去は全てだ。
二人は俺の言葉を整理するように、少しの間、口を閉じる。
沈黙。
周囲の客の声がやけに大きく響いた。
ややあって……
そっと、カナデが口を開いた。
「私、やっと理解できたよ」
「何がだ?」
「なんで、レインが勇者なんかのパーティーにいたのか、っていうこと。ひどい扱いをされていたのに、自分からは抜けようとしないで、ずっと頑張り続けてきたこと。ぜんぜんわからなかったけど、やっと理解できたような気がするよ」
「あたしは、レインとはまだ出会ったばかりだけど……それでも、あんたのことは理解できるような気がするわ」
「レインは、誰かを助けたいんだよね。自分と同じような人を作りたくなくて……それで、誰かのためにがんばってきた。いつもいつも、誰かのために……ただ、それだけを考えてきたんだね」
「あたしが思っている以上のお人好しなのね、レインって。自己献身がすぎるっていうか、やりすぎっていうか……ここまでの人、見たことないわ」
「でも、それがレインなんだよね。私は、そんなレインがご主人様で誇らしく思うな♪」
「まあ……あたしも、それなりに評価してるわ。悪くないし……それなりに良いかも」
カナデは笑顔を浮かべながら。
タニアは照れながら。
それぞれ、俺の生き方を肯定してくれる。
俺は間違っていない。
そんな風に言われているみたいで……
ひどく落ち着いた。
安心した。
意味もなく泣きそうになってしまった。
「ありがとな……カナデ、タニア」
二人に出会うことができて、本当に良かったと思う。
「よしっ」
タニアが大きな声をあげて、ジュースの入ったコップをダンッとテーブルに叩きつけた。
「暗い話はここまで! 後は、おいしいごはんを楽しみましょう♪」
「にゃーん、ごはんいっぱい食べるよぉ♪」
「……そうだな。タニアの歓迎会も含めて、今日は盛大にやろう」
「当然、おごりよね?」
「ああ。遠慮はいらないぞ」
「ふふっ、ゴチになるわ♪」
「にゃふー、食べ放題♪」
「あっ、カナデは加減してくれ。財布が空になる」
「にゃんですと!?」
「あははっ、猫霊族の胃袋は無限なのよねー。仕方ない措置だわ」
「ひどいにゃ!」
みんなの笑い声が響いて……
温かい時間が流れる。
ずっと、こんな時間が続いてほしい。
柄にもなく、そんなことを思った。
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