203話 己の誇りを賭けて
「大丈夫? 立てる?」
「う、うん……」
タニアは女の子に手を差し出して、そっと立たせた。
幸い、怪我らしい怪我はないようだ。
ドラゴンの強襲に驚いて、転んでしまっただけらしい。
「一人で逃げられる? 大丈夫?」
「う、うん……でも、お姉ちゃんは……?」
「あたしは大丈夫。気にしないで」
子供を安心させるように、タニアは優しく笑う。
その笑みに安心したらしく、子供は何度か後ろを振り返りながらも、その場から駆けて逃げた。
「さてと……」
子供が安全圏に退避したことを確認した後、タニアはドラゴンを睨みつけた。
その体は、ドラゴン形態のタニアよりも一回り大きい。
竜族は日々、成長し続ける存在で、その平均寿命は200歳ほどだ。
このドラゴンは、おそらく100歳ほどだろう。
歳を重ねたことで得た力というものを感じる。
ちなみに、鱗の色は赤く、タニアと同じレッドドラゴンだ。
「そこのあんたっ!」
タニアがビシッとドラゴンを指さした。
「あんな小さい子供を狙うなんて、どういうこと!? 竜族としての誇りはどこへやったのかしら!?」
「誇りを持っているからこその行動だ」
「はぁ? 意味がわからないんだけど。っていうか……もしかして、あんたがあたしの名前を騙っていたニセモノ?」
「……」
ドラゴンは答えない。
ただただ、鋭い視線をタニアにぶつけていた。
「ちょっと、なにか答えなさいよ。無視するつもり?」
「……ふん。人間などと馴れ合う愚か者と交わす言葉なんてない」
「よくわからないことを……って、ちょっとまって。その物言い、どこかで聞いたような……あっ!? もしかして、あんたゴッサス!?」
「ほう……俺を覚えていたか?」
「今まで完璧に忘れてたから、思い出すのに時間がかかったけど……ようやく思い出したわ。大の人間嫌いのゴッサスとアルザス。自分たち竜族こそが最強の中の最強であると信じて疑っていなくて、人間をつまらない存在って見下していたわよね。どうして、こんなところにいるのかしら?」
「竜族の誇りを忘れ、人間と馴れ合う貴様に罰を与えるためだ」
その一言で、タニアはゴッサス達の企みを、ある程度理解した。
「あー……なるほどね。そういうことなのね。あたしの名前を騙って好き勝手していたのは、あんたら、っていうことか」
「そうだ」
「目的は、人と一緒にいるあたしに対する警告、ってところかしら? これ以上人と関わるな、あたしたち竜族と人は馴れ合うような関係じゃない、っていう感じ?」
「よくわかっているな」
「そりゃね。里にいた頃、あんたたちがいつも言っていたことじゃない。あまりにうるさいものだから、途中から聞き流していたけど」
タニアは昔を思い出した様子で、げんなりした。
目の前のドラゴン、ゴッサスと……そして、その相棒であるアルザスとは顔見知りであった。
レッドドラゴンの里で一緒に暮らしていたことがある。
しかし、二人とも極度の人間嫌い。
なおかつ、自分たちこそが最強であると信じて疑っておらず、タニアは、めんどくさい連中だなあ、としか思っていなかった。
それがまさか、こんなところで再会して……
しかも、自分の名前を騙り悪事を働いていたなんて。
なんというか、同じ竜族として情けなくなる。
タニアは、思わず深い溜め息をこぼした。
「で……こんなところで暴れるなんて、どういうつもり?」
「アルザスがしくじり、人間達に捕まった」
「そっか。レイン達、ちゃんとやってくれたんだ」
うれしそうな顔になるタニア。
「タニアよ。お前に罰を与えることはできなくなった」
「なら、とっとと里へ帰ったら?」
「それはできない。お前のせいで、この街の人間は、竜族に対する畏怖を忘れた。肩を並べられる存在だと誤認して、我ら竜族の誇りを傷つけた。故に、俺は示さなければいけない。竜族の力と誇りを!」
タニアはおもいきり呆れた。
要するに……
タニアが人間と仲良くしたことで、人間は竜族に対して親近感を抱いた。
しかし、ゴッサスのような竜族からしたら、それは誇りを傷つける行為に他ならない。
自分より下位の存在に親しくされるなんて、プライドが許さない。
例えるなら、子供が大人にタメ口をきくようなものか。
故に、ゴッサスは己の力を誇示することにした。
人間に牙を剥くことにした。
そうすることで、竜族は人間とは違うということを見せつけて、畏怖の感情を植え付ける。
ただ、タニアからしてみれば、バカバカしいにも程がある話だった。
確かに、竜族は最強種と呼ばれていて、強い力を持っている。
しかし、人間よりも優れているなんて、誰が決めたのか?
一長一短で、どちらが優れているなどということはない。
自分たちは生き物として優秀なのだ、故に、崇められなければいけない……ゴッサス達が勝手にそう思い込んでいるだけなのだ。
「頭が痛いわね……」
同胞の勝手な思い込みを見せつけられて、タニアはその場で頭を抱えたい気分になった。
それと同時に、その場で転がり、悶えてしまいそうになった。
ゴッサスの語る思想は、昔の自分に似ていた。
ゴッサスほどではないが……
里を出る前のタニアも、似たようなことを考えていたからだ。
竜族こそが最強であり、人間なんかは足元にも及ばない。
そんな考えは、レインと出会ったことで変わった。
人は強い。
ただ力があるというだけではなくて、心そのものが強い。
力だけ強くてどうするのか?
心を伴わない力なんて、ただ虚しいだけだ。
タニアは、レインと一緒に過ごすことで、そのことを教えてもらった。
「ねえ、つまらないことはやめない?」
こんなでも、一応は同胞なのだ。
タニアは説得を試みる。
「こんなことをしても、あんたの語る誇りが取り戻せるとは思えないんだけど。ただただ、自分の思い通りにならないことに腹を立てて、八つ当たりしているようにしか見えないのよね」
「竜族の誇りは、まだ幼いお前にはわからないだろう」
「あんたよりかは現実が見えてると思うけどね……っていうか、こんな街中で暴れるなんて、本気で人間にケンカを売るつもり? 討伐されるわよ?」
「笑止。俺が人間ごときに討たれるわけがない」
「あー……」
ゴッサスは本気の目をしていた。
人間を相手に負ける可能性なんて、欠片も考えていなかった。
「なにを言っても無駄、っていうわけね」
タニアは、深いため息をこぼした。
この石頭ドラゴンは、いったいなんなのだろうか?
まるでこちらの話を聞こうとしない。
自分の主張を押し通すだけで、まったく周囲のことを見ていない。
これが老害というヤツだろうか?
タニアはそんな感想を抱いた。
「まあ……そういうことなら仕方ないわね」
タニアが拳を構える。
「ゴッサス。あんたがやろうとしていることは、とんでもなく、くだらないことよ。そのことを理解しなさい」
「小娘に理解など求めていない」
「言葉で通じないから、拳でわからせてあげる」
「20も生きていない小娘が、俺の相手になると?」
「そう言っているじゃない。耳、遠いの?」
「いいだろう。相手になる」
ゴッサスは翼を広げて、口を開き、鋭い咆哮を発した。
それが戦闘開始の合図となり、二人は激突した。
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