196話 冤罪
「は?」
突然、逮捕すると言われて、タニアの目が丸くなる。
俺も似たような顔をしていると思う。
もしかして、ステラなりの冗談なのだろうか?
……なんてことを思うけれど、ステラの顔は至って真面目だった。
部下らしき二人の騎士も、いつでも剣を抜けるように柄に手をかけており、タニアを左右から囲んでいる。
「ちょっとちょっと、本気? なんであたしが逮捕されないといけないのよ」
いきなり逮捕すると言われて、タニアは機嫌悪そうに言った。
軽い怒気を放つ。
タニアの怒気にあてられて、部下らしき二人の騎士は怯むものの……
さすがというべきか、ステラは一切怯むことなく、タニアに剣を向け続ける。
「本気だ。おとなしく、騎士団支部まで来てもらおうか」
「ふーん……よくわからないけど、本気みたいね」
タニアの目が猛禽類のように鋭くなった。
「でも、そういうことは相手を見て言った方がいいわよ? このあたしを力づくでどうにかできると思うなんて、愚かの極みね。その甘い考え、叩き直して……」
「まったまった!」
戦闘態勢に入るタニアを慌てて止めた。
「ちょっと、なんで止めるのよ!?」
「こんな街中で戦おうとするな! あと、まずは事情を聞かないと」
「あたしを逮捕する、って世迷言をぬかすヤツの話なんて、聞く必要ないわ」
つーん、とタニアがそっぽを向いた。
いきなり逮捕するといわれて、タニアなりに怒っているみたいだ。
気持ちはわからないでもないけど……
もうちょっと、落ち着いてほしい。
タニアは、いちいち言動が過激なんだよな。
タニアをなだめながら、ステラに向き直る。
「俺も一緒に同行するが、それでもいいよな? で……ひとまず、事情を聞かせてくれないか? そういう条件なら、おとなしく付いていくよ」
「うむ。それで構わないぞ。もとより、私達もきちんと説明をするつもりだったからな」
「ふんっ、どうだか。問答無用、って感じがしたけどね」
「ひねくれるな、って」
――――――――――
むくれるタニアを連れて、一緒に騎士団支部へ移動した。
建物の中へ入り、個室へ移動する。
尋問室ではなくて、色々な家具が備え付けられている。
おそらく客室なのだろう。
用意されたソファーにタニアと並んで座る。
テーブルを挟んで、対面にステラが腰を下ろした。
その左右に、さきほどの部下の騎士が並ぶ。
「それで……いったい、どういうことなんだ?」
「うむ。言いにくいことではあるのだが……実は、ここ最近になってドラゴンの目撃情報が相次いでな。しかも、ただ目撃されるだけではなくて、襲われるというケースも出てきている」
俺とタニアは顔を見合わせた。
それは、ついさきほど起きたことと関係があるのではないか?
でも、疑問が残る。
「ギルドでは、そんな話は聞いていないんだけど……」
「現在、ギルドとは今後の対応について協議中でな。あまり事を大きくしたくないということもあり、今は伏せておいてもらっている。事が事だ。ドラゴンが現れて人を襲っている、なんて話が広がればパニックになりかねない。慎重に事を進める必要があるんだ」
「なるほど」
「それで……先程、今後の方針が決められた。我々騎士団、及び冒険者ギルドは、被害が拡大しないうちに犯人を捕まえることにした」
「ちょっと! なんで、それであたしを逮捕する、っていう話になるのよ」
「う、む。それについては申し訳なく思うが……このホライズン近辺で確認されている竜族は、タニアしかいないのだ。そのことで国は安易な判断をして、タニアを逮捕しろという命令が下り……」
「呆れた……事実関係をちゃんと確認しないで、あたしが竜族だからっていう理由だけで犯人扱いしたわけ? 無茶苦茶じゃない」
タニアは憤るものの……
俺は、それなりにステラの言うことも理解していた。
おそらく、ステラもタニアが人を襲っているなんて思っていないのだろう。
しかし、タニアのことを知らない上層部……国は、そう判断しなかった。
タニアが犯人だと決めつけた。
国に仕える身である以上、ステラも命令に逆らうことができず……
仕方なくタニアを連行した……というところだろう。
「まあ、そういうことなら、解決するのは簡単だな」
「それはどういうことだ?」
不思議そうな顔をするステラに、俺は、さきほど起きたことを話した。
タニアの他に、ドラゴンがいたこと。
そのドラゴンが冒険者を襲おうとしていたこと。
それらの出来事を詳細に説明する。
「ふむ……つまり、タニアとは違う竜族がもう一人、いるというわけか」
「実際に人を襲っていたし……十中八九、犯人はそいつだろうな」
「なるほど……ふむ、なるほど」
「よし! それじゃあ、あたしの容疑は晴れたわね? もう帰っていい?」
笑顔でタニアが言うものの、ステラは首を横に振る。
「すまないが……それは許可できない」
「なんでよっ!?」
「レインの話だけでは、他に竜族がいるという証拠にならない。もちろん、私はタニアがそのようなことをするわけがないと信じているが……上は頭が固くてな」
「なら、他に証拠があればいいのか? 俺達が助けた冒険者に、証言を依頼すれば……」
「……上を納得させるには、少し足りないな。レインはタニアの仲間だ。仲間のために虚偽の証言をした……と、上は判断するかもしれない」
「なによそれ。虚偽証言は、確か重罪なんでしょ? それなのに、そんなことをするって判断するわけ?」
「正直、その可能性が高いな」
「呆れた……あんたのところ上って、頭が固いどころの話じゃないわね。トチ狂ってるんじゃない?」
タニアの暴言を気にすることなく、ステラは申し訳なさそうな顔をした。
ただ……上の考えることも、わからないでもないんだよな。
騎士団を管理する立場となれば、強大な権力を持っている。
しかし、言い換えれば、その背中に負うものは途方もなく大きい。
一つ、判断を間違えてしまうと、甚大な被害が生まれるかもしれないのだ。
故に、上に立つものにミスは許されない。
ありとあらゆる可能性を検証して、慎重に行動して、真実を追求していかなければいけない。
単純に、現場の俺の言葉を信じる、というわけにはいかないのだ。
「それに、だな……言い辛いのだが……」
「なによ?」
「肝心のドラゴンが、『俺は竜族のタニアだ!』と名乗っているらしい」
「なっ!?」
「私はタニアのことを知っているから、まったくの別人であるとわかるが……知らない人にとっては判別がつかない。この街にいる人は、大体はタニアのことを知っていると思うが……街から離れたところにいる、上の者となると……なおさら、な」
「あたしの名前を勝手に……! ああもうっ、いらつくけど、ステラにあたっても仕方ないわね……納得。そういう理由があるなら、あたしが疑われるのも仕方ないわ」
ステラは弁明するように言う。
「命令がある以上、そうそう簡単にはいかなくてな……すまないが、捜査をする間は、ここに滞在して外に出ないでくれないか? タニアを捕まえるなんてこと、できるわけがない。したくもない。だから、真犯人を見つけるまでの間は、ここに隠れていてほしい」
「まさか、あたしを牢屋に入れるつもり?」
「そんなことはしない。この客室に滞在してもらうつもりだ。ただ、外出は許可できないから、軟禁になってしまうが……」
「なにそれ。すごくめんどくさそうなんだけど」
タニアがむくれた。
気持ちはわからないでもない。
他に犯人がいるって、俺達にはハッキリとわかっているからな。
それなのに犯人扱いされたら、たまったものじゃない。
とはいえ、命令に従わないといけないステラの立場も理解できるし……
命令を出している上の考えていることも、理解できないわけじゃない。
結局のところ……
今回の事件を解決する方法は一つ、っていうことになるか。
「それなら、俺が真犯人を捕まえてくるよ」
「レイン?」
タニアが驚いた様子でこちらを見た。
まったく……なんで驚いているのやら。
仲間が疑われているのなら、助けるのは当たり前だろうに。
「竜族がもう一人いて、そいつが事件の犯人だということを証明できればいいんだろう? なら、俺が真犯人を捕まえれば問題のない話だ」
「それは……うむ。確かにそうなるが……いいのか? 今回の件は、我ら騎士団で解決するつもりで、レインの手を煩わせるつもりはなかったのだが……」
「タニアが巻き込まれているんだ。他人事じゃない。タニアの無実を証明するためなら、俺は、なんでもやるよ」
「……レイン……」
タニアがうれしそうな顔をして、じっとこちらを見つめた。
ちょっと頬が赤い。
照れているのだろうか?
でも、照れる要素なんてないよな……? 謎だ。
「タニアはここで待っててくれないか? 俺達が、必ず真犯人を捕まえてみせるから」
「……」
「タニア?」
「あっ……そ、そうね。まあ、レインがそこまでいうのなら、任せてあげるっていうか……まあ、お願いするというか……とにかく、あたしのためにがんばりなさいよ!? 失敗したら、許さないんだからっ」
「失敗するわけないだろ。タニアのためなんだ。絶対に成功させるよ」
「あ、あたしのためって……うぅ……レインってば、時折、こういうドキっとさせるようなことを言うのよね。まったく、侮れないわ……」
「タニア?」
「ううん、なんでもないわ。とにかく、任せたからね? あたしの無実を証明するために、バカなことをしてる他の竜族を捕まえてきてちょうだい!」
「ああ、任せてくれ」
タニアの言葉に、俺はしっかりと頷いてみせた。
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