185話 闇の底で
仰向けに寝ていて……そして、ゆっくりと目を覚ましました。
「?」
ここはどこなのでしょうか?
部屋……ということはわかりました。
しかし、一切の照明がありません。
窓が開かれていて、月明かりが差し込み、わずかに部屋を照らしています。
きらびやかな装飾が施された家具が並んでいるのが見えました。
他にも、絵画や彫刻などの美術品。
また、剣や鎧などが飾られていました。
人間の貴族の部屋、という感じでしょうか?
しかし、人の気配は感じられません。
より正確にいうのならば、生活感が感じられません。
なぜ、このようなところに?
不思議に思いながら、体を起こそうとして……
「うっ……あ!?」
体のあちこちに激痛が走りました。
思わず悲鳴をこぼしてしまいます。
「はぁっ、はぁっ……」
痛みに耐えきれず、再び床の上に寝てしまいました。
今の痛みはいったい……?
「あまり無理をしない方がよろしいですよ」
不意に声が響きました。
この部屋に、人間の気配はなかったはず……?
痛みを無視して、無理矢理体を起こしました。
そして、振り返ると……
そこには、一人の女が。
「あら。もう起き上がることができるんですか? さすがですね」
女は、20半ばといったところでしょうか?
背は高く、凹凸のハッキリとした体。
そんな体を売りにしているかのように、露出度の高い服を着ていました。
そして……一際目を引くのが、その瞳。
血のように赤い色をした瞳。
見ていると、思わず吸い込まれてしまいそうな……
そんな不思議な感覚を得ました。
「あなたは……人間ではありませんわね?」
「正解です。よくわかりましたね?」
「わたくしの大嫌いな匂いがしませんでしたので」
一度起き上がることができれば、体の痛みも慣れてきました。
動けないほどではありません。
尤も、無理矢理に動いているという状態は変わらず、痛みはあるのですが……
この女に弱っているところを見せるつもりにはなれず、無理をして立ち上がりました。
「無理しない方がいいですよ」
こちらの心の中を覗いたように、女はそんなことを言いました。
「立っているだけでも辛いでしょう? そこの椅子にどうぞ」
「……」
女の言葉の真意を図ります。
が、わかりませんでした。
女は純粋にこちらの心配をしているようであり……
それでいて、どこまで動けるのか、観察をしているみたいでもありました。
「……では、お言葉に甘えて」
バレているのなら、強がっても意味はありません。
それと、実際に辛いところでもあったので、素直に椅子に座りました。
「それで……あなたは誰なのですか? その匂いは人間ではなくて……魔族ですわね?」
「あら。そこまでわかるんですか?」
「わかりますわ。あまり、舐めないでくれません」
「ふふ……失礼しました。そのような意図はなかったのですが、知らず知らずのうちに、試すようなことをしてしまったみたいですね」
どうだか。
きっと、この女は呼吸をするように嘘をつく。
どれだけ信用できるか怪しいものでした。
「私の名前は、リース。魔族です」
「素直に認めるのですね」
「隠している意味なんてありませんから」
「素直なのはいいことですが……魔族であることを認めてもいいのですか? 魔族は、全ての生き物の天敵ではありませんか」
「そうですね。しかし……あなたは違うでしょう?」
「……」
「きっと、あなたと私なら、良い関係を築くことができる。そう思ったので、素直に魔族であることを明かしたんですよ」
「……なにを期待しているのですか?」
「今は何も」
女は笑いました。
魔法を使い、人間に化けているのでしょうが……
その笑顔は、人間のものとは思えないほど悪意に満ちていました。
「なぜ、助けたのですか?」
この女に助けられたことは、ほぼ間違いないでしょう。
しかし、その目的がわかりません。
本来ならば、魔族は天敵であるはずなのに……
「あなたをスカウトしようと思って」
「スカウト? 魔族の手先になれと?」
「うーん、ちょっと違いますね。あなたほどの逸材を手先として扱うなんてできませんからね。協力関係を結びたいんですよ」
「協力……ねぇ」
果たして、魔族などを信用してもいいのでしょうか?
疑問が湧き上がりますが……
とはいえ、助けられたのも事実。
少しは話を聞いてもいいかもしれませんね。
「私、一部始終をこっそりと見ていましたが……いやー、まさか。あなたをただの人間が打ち倒すなんて、驚きですね。驚きすぎて、思わず助けに入るのが遅れてしまいましたよ。あとちょっとで見殺しにしてしまうところでした」
「見ていたのですか?」
「それはもう、バッチリと。でないと、タイミングよく助けることなんてできませんよ」
「……悪趣味ですわね」
「不快感を抱いたのなら謝罪しましょう」
女は形ばかりの礼をした。
「はぁ……もういいですわ。それよりも、何をさせたいのですか?」
「ですから、それは……」
「協力関係にならない限り、答えることはできないと? そのような態度では、こちらもどうするか、答えることはできません」
「ふむ」
「先に目的を話しなさい。話はそれからですわ」
「……いいでしょう」
女が再び笑いました。
今度は、狂気を孕んだ笑みでした。
「私達、魔族の目的はどんなものか知っていますか?」
「あなた達、個人に目的なんてものはないでしょう? 強いてあげるのならば、魔王に従う、ということ。それが、あなた達、魔族の目的ですわ」
「正解です。私達は魔王様の命令で、魔王様の願いを叶えるために動きます。そして、そんな魔王様の目的は……人類の抹殺。いえ、焼却。それを第一としています」
「それは知っていますわ」
「ですが、今の魔王様は休眠期で、まともな意識を保っていません。故に、私達が積極的に活動をすることもありません。勝手に動いてしまったら、後で怒られてしまうかもしれませんからね。事実、過去にそういう事例がありましたし。まあ、軽く暴れる程度なら問題ありませんが……やっぱり、大きく動くことは禁じられているんですよ」
「興味深い話ですわね」
「ただね」
女が……リースが笑う。
「私は跳ねっ返りなので。やったらダメですよ、って言われると、やってみたくなるんですよ。だって、魔王様はいつ目覚めるかわからない。それをじっと待っているなんて、退屈でしょう? だから、遊びたいんですよ、私は」
「それで……?」
「遊びたい、とは言いましたが、私、それほど強くないので。一人だと、すぐにやられちゃいそうなんですよね。だから、強い仲間が必要なんです。で、あなたに目をつけたというわけです」
「……」
「魔族である私の目的は、魔王様と同じ。人間を殺すこと。その点において、利害が一致しているのでは?」
「それは……」
なぜか、すぐに答えることができませんでした。
人間は憎い。
復讐の対象です。
しかし、あの方の姿が思い浮かび……
以前ほどの激情を燃やすことはありませんでした。
「まあ、まずは傷を癒やすことが優先ですからね。今すぐに答えなくても構いませんよ。今はゆっくりとしてください」
では、と言って、リースは闇に溶けるように消えました。
一人残されたわたくしは、そっと、胸に手を当てます。
「あの女の誘いに乗れば、わたくしは復讐を続けることができる……それなのに、どうして、うれしくないのでしょうね? わたくしの中で、何かが変わってしまったのでしょうか? だとしたら、それは、レイン様の……」
窓まで歩いて、ガラスに映る自分を見つめました。
「あなたは、どうしたいのですか……イリス」
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