182話 イリス戦・終
イリスが魔法を放つ。
イリスが拳を打つ。
嵐のように激しい猛攻を、俺はかろうじて凌いで……
そして、反撃に出る。
今までと同じように、急所を狙い攻撃を繰り出していく。
微弱なダメージしか与えることができない。
しかし、塵も積もれば山となる。
何度も何度も何度も攻撃を叩き込み……
着実にイリスにダメージを与えていく。
「……っ……」
イリスがふらついて、地面に膝をついた。
そんな自分を愕然と見る。
「わたくしが……ここまで……」
イリスが拳を握る。
奥歯をぐっと噛む。
「このようなこと……このようなこと……絶対に認められませんわっ!!!」
吠えて、突貫してきた。
しかし、その動きは鈍い。
ダメージが蓄積されていることもあるだろうが……
以前戦った時の怪我は、まだ完治していないのだろう。
思えば、前回と違い、どこか動きが鈍かったような気がする。
俺を目の前にして強がったか、弱味を見せるわけにはいかなかったのか。
どちらにしても、イリスは万全な状態ではなかった。
だからこそ、この結果なのだろう。
「うあっ!?」
突貫するイリスを迎撃して……
さらに追撃を加える。
拳と蹴撃の乱打。
イリスの体力を、抵抗を……
そして、戦う意思を奪っていく。
「くっ、あぁ……このようなことが、ありえるなんて……!」
「悪いが、ここで終わりにさせてもらうぞ」
……実のところ。
俺は限界に近かった。
体のあちこちが痛い。
動く度に骨が砕けるような激痛が走る。
というか、実際にヒビくらいは入っているだろう。
イリスの魔法や攻撃を避けてはいるものの……
直撃をしていないだけで、かすってはいるのだ。
そして、絶大な威力を誇るイリスの攻撃は、かするだけで相応のダメージをもらってしまう。
俺の体はボロボロだった。
服に隠れて見えないだけで、相当、悲惨なことになっているだろう。
ちょっとでも気を抜いたら、そのまま気絶してしまいそうだ。
でも。
このチャンスを逃すわけにはいかないから。
イリスを、これ以上、放置しておくわけにはいかないから。
だから、今日ここで、全てを終わらせる!
「このようなところで、わたくしは……人間を、殺し尽くして……!」
「……もう終わりにするんだ」
「レイン様も、わたくしの復讐を否定するのですか!?」
「否定はしない。イリスの復讐は正当な権利だと思っている」
「なら……!」
「でもさ……殺すためだけに生きているなんて、寂しいじゃないか」
「……」
「楽しいことは、他にたくさんあるんだ……楽しいことが、世の中には光があふれているんだ。それなのに、その光に触れることなく、ただ、深い闇の底にいるだけなんて……そんなの、あまりに寂しいだろう?」
「わたくしは……」
「だから、ここで終わりにしよう。いや……終わらせる」
「っ」
イリスはわずかに、迷うように視線を揺らした。
それは、ほんの一瞬だったけれど……
確かに、俺の言葉が届いたのかもしれない。
「うあああああああああぁっ!!!」
なりふりかまわない特攻。
そんなイリスの一撃は……俺に届いた。
「ぐっ……!!!」
右胸をイリスの拳が打つ。
骨が折れる音が聞こえた。
衝撃が体の中を走り回り、内側から体を食い破ろうとしている。
一瞬、意識が飛んでしまう。
でも、ここで倒れるわけにはいかないから……
俺はすぐに現実へ戻り、歯を食いしばる。
痛みを耐えて……
心を殺して……
「終わりだ」
俺に一撃を与えて、隙を見せているイリスの首に、蹴撃を叩き込む。
「っ……!!!?」
確かな手応えを得た。
イリスの体が震えて……
やがて、膝から崩れ落ちる。
「うっ……あぁ……」
まだ意識は残っていた。
しかし、立ち上がる力は残っていないらしく、体を震わせるだけだ。
「……ふぅ」
緊張の糸が切れて、俺も床に座り込んでしまいそうになる。
でも、ギリギリのところでこらえて、吐息をこぼすだけにしておいた。
「終わりだな」
「くっ……」
イリスは床に手足をついたまま、こちらを見上げて、睨みつけてきて……
ほどなくして、自嘲めいた笑みをこぼした。
「まさか、この遺跡の中でわたくしが負けるなんて……しかも、一対一で……ふふっ……ここまでくると、かえって清々しいですわ。悔しいという気持ちも、どこかへ消えてしまいます。レイン様は、いったい、どのような手品を使ったのやら」
「覚悟を決めただけだよ」
「そういえば、そう言ってましたわね……」
イリスは、何かを考えるように目を閉じる。
いったい、何を思っているのだろうか?
その心は、イリスにしかわからない。
「……さすが、と言っておきますわ」
ややあって目を開けて、イリスは小さく笑った。
「人間の覚悟、見せてもらいました……このような力を持っていたのですね」
「実を言うと、俺もボロボロなんだけどな」
「ふふ……わたくしと戦ったのですから、それは仕方ないかと。本当に無傷でいられたら、わたくしのプライドはズタズタになってしまいますわ」
戦いを終えて……
イリスは憑き物が落ちたような顔をしていた。
「……人間が、全て、レイン様のような方ならよかったのに」
「……イリス……」
「そうすれば、わたくしは復讐なんて……いえ、やめておきましょう。つまらないことを考えてしまいました」
ふらふらとよろめきながら、イリスが立ち上がる。
今すぐに倒れてしまいそうだ。
「大丈夫か?」
「ふふっ……おかしなことを。わたくしをこうしたのは、レイン様なのですよ?」
「それはまあ、そうなんだけど……別に、イリスを殺すつもりはないから」
「……」
「俺はイリスを封印したいだけで、殺すつもりなんてないんだよ」
「……本当に、甘い方」
「そうなんだろうな。でもまあ、これが俺だ。レイン・シュラウド、っていう人だ。こういう風に生まれて、育って……今更、変えることはできないさ」
俺の言葉に、イリスは柔らかい笑顔を見せた。
今までに見たことのない顔だ。
殉教者のような顔をしている。
そう考えて……
ふと、嫌な予感がした。
「……さて」
「イリス?」
「わたくしは負けてしまいましたが……だからといって、素直にレイン様に封印されるつもりはありません。もちろん、外の人間達に討伐されるつもりもありません」
「逃げられるとでも?」
「逃げられないでしょうね……正直なところ、わたくしは立っているのが精一杯。レイン様もボロボロですが……まだまだ動くことができるでしょう」
「なら……」
「諦めておとなしく封印されろ……と?」
「……」
「そのようなことは、まっぴらごめんですわ。また、封印されるくらいならば……人間達に討伐されるくらいならば……わたくしは、自分で自分を殺しましょう」
イリスがパチンと指を鳴らした。
それに反応して、ゴゴゴッと遺跡全体が鳴動する。
「これは……!?」
「ふふふ……ありきたりですが、自爆装置というやつですわ。いざという時のための切り札……敵もろとも、全てを葬り去る機構」
「くっ」
こんなものを用意していたなんて……油断した!
「イリス!」
「戦いには負けましたが、勝負には勝った、というところでしょうか?」
イリスは笑い、もう一度、指を鳴らした。
その音に反応して、背後の扉が開く。
「レイン様は、そこからおかえりください。あなたを巻き込むつもりはありませんので」
「イリス……?」
「封印されるのも、人間達に討伐されるつもりもありませんわ。わたくしは、ここで、わたくしの意思で最後を迎える……その自由だけは、誰にも奪わせません。好きにさせません」
「イリスっ!!!」
「……さようなら、レイン様」
イリスがにっこりと笑い……
その直後、イリスの足元が崩れた。
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