179話 天族の遺跡
「天族の遺跡……?」
「ええ、そうですわ。この遺跡は、わたくし達、天族が作った要塞なのですわ」
要塞、という言葉に引っかかりを覚えた。
要塞というからには、強固な城壁や門。
さらに、敵の侵入を阻むトラップや複雑に入り組んだ内部構造……などなど。
そういう特徴があると思うのだけど、ここには、それらしいものがない。
それなのに要塞と呼ぶということは……俺の知らない何かが隠されているのだろうか?
いや……待てよ?
俺が自覚していないだけで、すでに、この要塞はその機能を十全に発揮しているのかもしれない。
その機能というのは……
「ここが要塞っていうことは、それなりの機能が搭載されているんだよな?」
「ええ、そうなりますわね」
「その機能っていうのは……魔法の封印と能力の制限?」
「ふふっ、すぐにその答えにたどり着きますか。さすが、レイン様ですわ」
正解、というようにイリスが微笑む。
「侵入者の魔法を封じて、さらに身体能力を大幅に抑えることができる。そのような結界が展開されているのですわ」
「なんて厄介な……」
「ああ、結界を破壊しようとしても無駄ですわ。この遺跡そのものが、結界の機構なので。遺跡を破壊して、自らも瓦礫の中に埋まりたい、というのならば別かもしれませんが」
「そんな自殺願望はないよ。というか、そんな機能をつけたらイリスも……いや……もしかして、イリスには適用されないのか?」
「本当に鋭い方ですわね……」
この質問は予想していなかったらしく、イリスは本当に驚いた様子で、目を丸くした。
「ええ、ええ。その通りですわ。これは、わたくし達天族が作った要塞。故に、天族にその効果が及ぶことはありませんわ」
「相手の力を封じて、自分達は本来のポテンシャルを発揮できる……なるほど。これ以上ないくらいの要塞だな」
「ここにいれば安全ということですわ。もっとも……怪我はもう治ったので、うるさい羽虫を蹴散らすために使用いたしますが」
まずいな。
こんなところに討伐隊を突入させたら、全滅は必須だ。
イリスのことだから、一人も逃がすつもりはないだろうし……
イリスを討伐させるつもりはないが、だからといって、討伐隊が全滅していいなんてことはない。
どうにかして、このことを伝えたいのだけど……
「ダメですわ、レインさま」
イリスが指を鳴らして……
それに反応するように、部屋の入口が閉じた。
「告げ口はいけませんわ」
「まあ、こうなるよな」
簡単に見逃してくれるわけがないか。
「さて、お話をいたしましょう?」
イリスがこちらに歩いてきて、無防備に距離を詰めてきた。
自分は100%の力を振るうことができるという、圧倒的優位に立っているからこそ、そんな行動をとることができるのだろう。
「レイン様は、どうしてここへ? どうやら、外の人間達とは別行動をとっているみたいですが……どちらにしても、わたくしに用があるのは間違いないですわよね?」
「そうだな……こうなったら、素直に言うか」
あたって砕けてみよう。
「イリスを封印するために来た」
「……へぇ」
イリスの顔が冷たい笑みに変わる。
俺を気に入っているという言葉。
たぶん、それは本当のことなのだろう。
手加減というわけではないが、俺に直接的な敵意をぶつけることはなかった。
でも、自身に危険が及ぶとなると話は別だ。
今までと同じように、というわけにはいかない。
イリスは冷たい瞳をこちらにぶつける。
「それは本当なのですか? 以前のようなブラフではなくて?」
「本当だよ。また同じウソを言っても仕方ないだろう?」
「では、どのようにしてわたくしを封印するつもりなのか……話していただけませんか?」
「前回と同じだよ。ソラとルナ……精霊族の力を借りて、伝説級のアイテムを器にしてイリスを封印する」
「……」
「魔法は習得したし、器となるアイテムも用意した。準備は万端だ」
「残念ですわ」
イリスが俺と距離をとる。
こちらに背中を向けて、その表情は見えない。
ただ、声色から判断するに、寂しそうな顔をしているような気がした。
「繰り返しになりますが、レイン様のことは気に入っていましたのよ? 人間ではありますが、どこか憎むことができなくて、一緒にいると楽しくて……」
「俺も、同じような感じだよ。イリスは色々したけど、でも、憎むことはできなかった。同情しているだけなのかもしれないけど、力になりたいと思った」
「それなのに、わたくしを封印するのですか?」
「イリスを嫌いになれないからこそ、だ」
このままでは、イリスの未来はなにもないから……失われてしまうから……
だから、今は、封印という手段を取る。
「イリスを封印することで、イリスを助ける。それが、俺の出した答えだ」
「……そうですか」
イリスがこちらを振り返る。
その顔は……無表情だった。
感情が一切見えてこない。
どこか人形みたいで、恐ろしい。
「レイン様の気持ち、わかりましたわ。ですが……わたくしは、そのようなことを望んではいません。この燃え盛る憎悪の炎を吹き荒らすことができないのならば、生きている価値などありませんわ」
「イリス……そこまで……」
「それを邪魔するというのならば、レイン様であろうと容赦はいたしません」
イリスの瞳に殺気が宿る。
それで睨みつけられただけで、体がすくんでしまいそうになった。
前回、戦った時にイリスの憎しみに触れたけれど……
あれはほんの一端にすぎなかった。
今日、初めて、イリスが抱えている闇の本質に触れたような気がする。
まさか、これほどのものを抱えていたなんて……
萎縮してしまいそうになるが、でも、負けていられない。
ここで退けば、二度と、イリスの前に立つことはできない。
その資格がなくなる。
だから。
俺は。
なにがあろうと、この場を動かない。
「最後の忠告ですわ。くだらないことを考えるのはやめて、立ち去ってくれませんか? 今なら、見逃してさしあげますわ」
「悪いが、もう決めたことだ。それはできない」
「……」
「イリスを封印する。そして、外の人達にも手を出させない。これが、俺の選んだ道だ」
「……わかりましたわ」
イリスが残念そうに言う。
しかし、そんな表情を見せたのは一瞬だけ。
すぐに氷のように冷たいものに切り替わる。
「でしたら……仕方ありませんわね。レイン様であろうと、わたくしの邪魔をするのならば容赦はいたしませんわ。死んでくれますか?」
「それは断る。俺は、イリスを助けないといけないからな」
「わたくしを封印するつもりなのに?」
「そうでもしないと、止まらないだろう?」
「ええ。もちろんですわ。止まるつもりなんてありません。わたくしは、この体、魂、全てを賭けて、復讐を果たすと誓ったのですから」
「……復讐しか考えない生き物なんていないんだよ」
その言葉が癇に障ったらしく、イリスは顔を歪めた。
「所詮、レイン様も人間ですか……わたくしの心を知っているかのように話して、つまらない同情をして……許せませんわね」
「なら、どうする?」
「殺してさしあげますわ」
「やろうか」
俺はカムイを抜いて、構えた。
イリスは手を左右に広げて、構えた。
「ここで、終わりにしてさしあげます」
「いいや。俺も、イリスも、終わりになんてさせない……終わらせるのは、イリスの復讐だけだ」
そして……俺達は激突した。
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