172話 自分自身を乗り越える
影と戦い始めて、どれくらい経っただろうか?
1分?
10分?
30分?
時間の感覚が曖昧になっていた。
それくらいに戦いは苛烈なもので、厳しいものだった。
「物質創造!」
ニーナと契約した力で火薬の塊を生み出した。
それを影に向けて投げつけて……
「ファイアーボール・マルチショット!」
魔法で点火。
紅蓮の炎と衝撃波が舞台の上で荒れ狂う。
これならどうだ? と思うものの……
「くっ」
土煙の向こうから、影が突進してきた。
あちこちが煤けているものの、致命的なダメージはないように見える。
色々な方法を試したっていうのに……
こいつは不死身だろうか?
本当に勝てるのだろうか?
思わず、弱気な一面が顔を覗かせてしまう。
と、その時だった。
「レイン、がんばってください!」
「がんばれなのだーっ!」
ソラとルナの声援が聞こえた。
たったそれだけのこと。
でも、俺の中の弱気は完全に消えた。
仲間の声援が、俺にたくさんの力を与えてくれる。
そうだよな。
この道を選んだのは俺なんだから……
ここで諦めるわけにはいかないよな。
そんなかっこ悪いこと、できないよな。
「ふっ!」
気合を入れ直して……
今度は、こちらから影に突撃した。
真正面から激突した。
手と手を押し合うように、力比べをする形になる。
「ぐっ……この……いい加減にしろっ!!!」
影の足を払い、体勢が崩れたところで投げ飛ばした。
「ファイアーボール・マルチショット!」
魔法で追い打ちをかけた。
火球を三発、生み出して……
そのうちの一発が、影を直撃する。
それでもまだ、影は倒れないが……
動きが完全に止まる。
素早く影に肉薄して、腹部に肘を叩き込む。
そのまま、拳を連打。
さらに、下から上で跳ね上げるように、顎を蹴り上げた。
ぐらりと影が揺れる。
確実にダメージが蓄積されていた。
「なんと!?」
長老の驚く声が聞こえた。
まあ、それも無理はないかもしれない。
ここまで、防戦一方だったからな……
でも、それもここで終わりだ。
ここからは、俺の番だ。
「重力操作!」
回り込むように突撃してきた影の動きを、重力操作で止める。
通常の五倍の重圧をかけられた影は、目に見えて動きが鈍くなった。
今がチャンスだ。
「ファイアーボール・マルチショット!」
まずは距離をとり、火球を連射した。
次々と爆発が起きて、炎の中に影が飲まれる。
それでもまだ安心はできない。
俺と同じくらいしぶといのならば、まだまだだ。
案の定、炎をつっきり、影が飛び出してきた。
あちこちに傷を負っているはずなのに、その勢いは衰えない。
人ではないから痛みを感じることはなく、動きも鈍ることはない、ということだろうか。
なかなか反則的な存在だ。
でも……
乗り越えてみせる!
「ブースト!」
身体能力を強化して、こちらから間合いを詰めた。
ここで初めて、影が動揺する素振りを見せた。
俺に続いて、身体能力を強化しようとするが……
「遅いっ!」
それを許すほど、俺は間抜けじゃない。
影の顔を蹴りつけて詠唱を妨害。
さらに腕を極めて、全体重をかける。
鈍い音と嫌な手応えが伝わってきた。
「影とはいえ、気持ちいいものじゃないな」
とはいえ、手加減していられない。
影は腕を折られても諦めることなく、ゾンビのように食らいつこうとする。
折れた腕さえも使い、殴りかかる。
このまま放っておいたら、こちらがやられてしまう。
なら……トドメを刺すだけだ。
「ふっ!」
スライディングをするようにして、影の両足を払った。
支えるものがなくなり、影が倒れる。
俺は素早く体を起こして、影の上に乗った。
影の片手と片足を両足で踏みつけて、その動きを封じる。
そして……
カムイを抜いて、影の背中に突き刺した。
刃が全部埋まるほどに、深い、致命的な傷を与えて……
ビクンッ、と影が一度、痙攣した。
それきり、動かなくなり……
やがて、どろりと溶けるように消えた。
「……ふう」
しばらく様子を見てみるものの、復活する様子はない。
俺はカムイをしまい、そっと立ち上がる。
それから、観戦していた長老の方へ向き直る。
「俺の勝ち……っていうことでいいですか?」
「う、む……」
長老は驚きながらも、ゆっくりと頷いた。
「……つまらぬケチはつけん。人間、お前の勝ちを認めよう」
「よしっ」
小さくガッツポーズをして……
「にゃーっ、やったあああ!!!」
「さすがレインねっ」
「おめでとうございます」
「我は必ず勝つと信じていたぞ」
「怪我……して、ない……?」
「めっちゃ強いなー」
みんなが口々に祝福してくれた。
そんなみんなに、軽く手を振り応える。
「……どうして、勝つことができた?」
長老が静かに問いかけてきた。
「あれは、お前と同じ力を持っていた。性能で劣ることはない。そして、お前は動揺を見せて、最初は追い込まれていた。それなのに……」
「まあ、確かにそのとおりなんですけど……でも、ある程度すれば慣れてきましたからね」
「慣れた……だと?」
「戦っているうちに、相手の攻撃パターンとか思考とか、そういうものが見えてきたんですよ」
「……」
「確かに、あの影は俺と同等の力を持っていたかもしれない。でも、俺は『成長』することができる。戦いの中で成長して……それで、あの影を上回ることができた。そう考えると、納得の答えだと思いません?」
「……そうだな」
長老は、一度、目を大きくして……
そらから、なにか納得した様子で、小さくそう言った。
「もう一度、お前の名前を聞いておこう」
「レイン・シュラウド」
「ふむ……」
なんだろう?
なにか、考え込んでいるみたいだけど……
「えっと……それで、試練は合格なんですよね? 器となるアイテムは……」
「……ああ、そうだな。心配するな、約束は守る。準備をするから、先に戻っていてくれ」
「わかりました」
俺は一礼して、舞台から降りた。
――――――――――
レインとその仲間達が立ち去る。
その後ろ姿を見ながら、長老は、先の戦いを思い返していた。
「戦いながら成長した……だと?」
そんなことはありえない。
戦いを糧にすることで、どんな生き物であれ、強くなることはできる。
それは確かなことだ。
しかし、戦いながら成長するなんてことは、ありえない。
そんな成長速度を持っているなんてことは、ありえない。
普通の人間ならば、そんなことはできない。
それができるのだとしたら……
それはもう、『人間』という枠を越えている。
「いや……そうでもないか」
長老は、とある可能性を見逃していたことに気がついた。
戦いながら成長することができる。
そんな驚異的な成長速度を持つ人間のことを、長老は知っていた。
遥か昔、神から力を授けてもらった一族のこと。
他者の何倍、何十倍もの速度で伸びて、どこまでも成長していく者。
その一族の名前は……勇者だ。
「しかし、あの者は勇者ではないはず……いや、待てよ?」
長老は忘れていた記憶を掘り返すことに成功した。
「あの人間、シュラウドと名乗っていたな? 確か、その家系は……」
その後の言葉は、誰にも聞かれることなく、誰にも届くことなく……
長老の胸の中に秘められた。
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