171話 信頼するということ
舞台の上では、レインと影が激戦を繰り広げていた。
まったく同じ能力を持つ二人が戦う。
力の差が出るということはなくて、ほぼ互角の勝負だった。
それでも。
あえていうのならば、わずかにレインが押されていた。
今まで戦ったことのない相手。
初めて戦うであろう、自分との戦闘。
その戸惑いが足枷となり、レインの動きを鈍くさせていた。
「ふむ……レインが押されているみたいじゃな」
観戦するアルは、冷静に試合を分析した。
その意見には長老も同じ感想を抱いたらしく、つまらなそうに鼻を鳴らす。
「ふん。所詮は人間ということか。己と戦うことになったくらいで心を乱すとは……未熟としかいいようがないな。少しは見どころがあるかと思ったが、間違いだったみたいだ」
「いや。自分と戦うことになれば、普通は、誰でも心を乱すぞ?」
長老の辛辣な言葉に、アルはついついフォローを入れてしまう。
そんなアルのことを、長老は睨みつけた。
「アルはあの人間の味方なのか?」
「味方といえるか、微妙なところじゃが……まあ、娘達のお気に入りじゃからな。応援はしたくなるのう」
「ふん、つまらぬ感情にほだされおって」
「親が子を愛して、子が好く者を気に入る。自然の流れではないか?」
「戯言を」
そんな話をしている間も、舞台の上では戦闘が続いていた。
飢えた獣のように、影はしつこくレインを追いかける。
レインはそれに対処することができず、時々、影の攻撃を受けていた。
まだ、致命的な一打はもらっていないようだが……
それも時間の問題のように思えた。
「ソラ、ルナ。お前達が主と呼ぶ人間は、大した力は持っていないみたいだな。この程度で追い詰められるとは……つまらん」
「おや。長老は目が悪くなったのですか? 勝負はまだついていませんよ」
「時間の問題だろう」
「そんなことはないのだ。絶対にレインが勝つのだ」
ソラとルナは、舞台から目を逸らすことはない。
じっと、己の主が戦う姿を見つめていた。
その瞳には、あふれるほどの信頼が宿っている。
レインが負けるなどとは、欠片も考えていないみたいだ。
そのことに気がついた長老は、ソラとルナのことを不思議に思った。
どうして、そこまでの信頼を寄せることができるのか?
いくら親しい間柄だとしても、レインが劣勢であるところを見せつけられれば、普通は、勝利を疑ってしまうものだ。
それなのに、ソラとルナは迷うことなく、レインの勝利を信じている。
どうして?
「……なぜ、そこまであの人間を信じることができる?」
「うん?」
ルナがふくろうのように、顔だけを横に傾けた。
「どういうことなのだ?」
「とぼけるな。お前達は、あの人間の勝利を信じて疑っていないのだろう? 見ていればわかる。なぜ、そこまで信じることができるのだ?」
「……おおっ」
言われて初めて気がついた、というようにルナがぽんと手の平を打つ。
ソラもなるほど、と頷いていた。
「言われてみれば、長老の言う通りなのだ。我は、レインの勝利をまるで疑っていないぞ。不思議だな、言われるまで気が付かなかったのだ」
「でもまあ……それは、ソラとルナにとっては当たり前のことかもしれませんね」
ソラとルナは、当たり前のことを口にするように言う。
世界の真理を語っているみたいな……
ごくごく当たり前のことを口にするように、平然としていた。
そんな二人の態度に、長老は困惑を覚えた。
なにがそこまで、この二人の思いを掻き立てるというのか?
なにがあれば、そこまでの信頼を勝ち取ることができるのか?
ソラとルナはまだ幼いものの……
それでも、精霊族の一員だ。
人間は自分達とは相容れない存在であると教えられて育ち……
里を出る前の二人は、そのことを疑うことなく、信じていた。
それなのに、今はどうだ?
レインを疑うどころか、100%の信頼を寄せている。
里にいた頃とは正反対だ。
いったい、なにがあったのか?
なにがあれば、ソラとルナをここまで変えてしまうのか?
長老は興味を覚えた。
「……あの人間は、お前達にとって大事な存在なのか?」
「そうですね」
「うむ」
二人が迷うことなく頷いて……
長老は、改めて、ソラとルナがレインに抱く強い思いを知る。
「それは、あの人間がお前達を助けたからか……?」
「それもありますが……それだけではありません」
「レインと一緒にいると、とても楽しいのだ! それと、胸が温かくなるのだ。ぽかぽかするぞ」
「そうですね。ルナの言う通りです。とても心地いい気分になります」
「我は、これからもずっとずっと、レインの傍にいたいぞ!」
ソラとルナの言葉に、長老は絶句した。
精霊族が完全に人間に懐いている。
いや、懐いているというレベルだろうか?
本人達はまだ自覚していないみたいだが……
恋心を抱いている、といっても問題ない範囲かもしれない。
しかし、長老は二人の想いを理解できない。
舞台の上で戦うレインは、未だ、自分の分身に追い詰められていた。
上を行かれていた。
そんな弱い存在に、どうして、ここまで心惹かれるのだろうか?
二人が騙されている、と言われた方が納得できる。
すでに聞いたことだ。
それでも、何度でも問いかけずにはいられない。
「どうして、そこまであの人間を信頼する?」
「理由を問われても……」
「そんなこと説明できないのだ」
「な、なんだと」
適当極まりない二人の返答に、長老は唖然とした。
「ああいう理由で、こういう理由で……そういう風に説明できるものなんですか? ソラは違うと思います。言葉では説明できず、心で感じ取るもの……それが信頼ではないのですか?」
「ソラの言う通りなのだ。レインのことについて、あれこれと面倒なことを考えたことはないぞ。ただ単に、レインと一緒にいたいと、我は心から望んでいる。その一緒にいたいという想いこそが、我は信頼だと思うぞ」
「……」
ソラとルナの言葉に、長老は沈黙した。
ややあって、舞台の上で戦い続けるレインに目を向ける。
「あの人間が、それほどまでの者だというのか……」
長老は理解できない。
わからない。
それでも……
レイン・シュラウドという人間に、初めて興味が湧いた。
『よかった』『続きが気になる』など思っていただけたら、
評価やブックマークをしていただけると、すごくうれしいです。
よろしくおねがいします!




