15話 ドラゴンの力試し
冷や汗が流れた。
先日、キラータイガーと対峙した時の比じゃない圧を感じる。
何もしていないのに、ただ見つめられているだけなのに、それだけで気絶してしまいそうだ。
空の王者。
天の主
世界を破壊する者。
最強種……ドラゴン。
「なんで、こんなところにドラゴンが……」
「もしかして、あのドラゴンが悪い人なのかな?」
「それは……違うんじゃないか?」
こんな時でもマイペースなカナデのおかげで、少しだけ冷静さを取り戻すことができた。
俺達が聞いた話は、『何者』かが橋で暴れまわっているということ。
ドラゴンが出現していたとなれば、そんな話にはならない。
というか、ドラゴンが相手となれば、ギルドの出番じゃない。
それはもう、国の出番だ。
一介の冒険者にどうこうできる問題を越えている。
「あっ」
カナデが驚きの声をあげる。
俺も、目を丸くした。
突然、ドラゴンが光に包まれた。
ドラゴンを包み込んだ光はどんどん小さくなり……
やがて、人の形を取る。
「……変身、した?」
光が晴れると、そこには一人の女の子が。
歳の頃は、カナデと同じくらい……15くらいだろうか?
カナデに負けず劣らずの美少女だ。
足まで届きそうなほど長い髪が特徴的だ。
キリッとした表情からは、気が強そうな印象を受ける。
ただ、完全に人の形態をとっているわけではない。
角と尻尾……ドラゴンの面影がわずかに残っていた。
女の子は呆然とする俺をビシッと指さして言う。
「あんた、冒険者ねっ?」
「えっ……?」
「ちょっと、人の話を聞いているの!?」
「あ……ご、ごめん。ちょっと、驚いていた」
「聞こえてるなら、返事をしなさいよ。まったく……で、あんたは冒険者なのね?」
「ああ、そうだ」
ひとまず、今は情報が欲しい。
女の子の話に素直に答えることにして、コクリと頷いた。
「なら、あたしと勝負しなさいっ!」
「……勝負? えっと、どういうことだ?」
「勝負は勝負よ。わからないの? 力比べをしましょう、って言っているの」
「いや、言葉の意味はわかるんだけど……俺が聞きたいのは、どうしてそんなことをするのか、っていうことなんだけど」
「あたしがしたいからよっ!」
……ダメだ、話が通じない。
別の意味で頭が痛くなってきた。
「にゃー? ……もしかして、あなた、レッドドラゴン?」
何かしら心当たりがあるらしく、カナデがそんなことを口にした。
「あら、あたしの種族のことを知っているの?」
「知ってるよー。レッドドラゴンといえば、戦いたがりで有名だからねー」
「人をバトルマニアみたいに言わないでくれる? っていうか、あんた、猫霊族じゃない」
「うんっ、そうだよー。私は、猫霊族のカナデだよ。よろしくね♪」
「あたしは、竜族のタニアよ! どうしても、っていうなら、よろしくしてあげないこともないわっ」
ドラゴンの名前を聞き出すなんて……
カナデのコミュニケーション能力が半端ない。
まあ、カナデの場合は、深く考えずに、本能の赴くまま話しているだけという感じもするが。
「力比べ、っていうことは……もしかして、あんたが、ここ最近、ストライドブリッジで暴れてる狼藉者なのか?」
「あんたとか狼藉者とか、そういう風に呼ばないでくれる? あたしには、タニアっていう、立派な名前があるんだから」
「えっと……名前で呼んでもいいのか?」
「ええ。特別に許してあげる」
「じゃあ……タニアが、この橋で暴れてる犯人なのか?」
「犯人っていう言い方も不本意だけど……まあ、概ね、その認識で間違っていないわね」
あっさりと認められてしまった。
これは……困った。
心底、困った。
まさか、相手がドラゴンだなんて……
こんな依頼、どうやって達成すればいいんだ?
「さあ、力比べをしましょう!」
「ちょ、ちょっとまってくれ。いまいち、事情が飲み込めないんだが……どうして、タニアはこんなことをしているんだ?」
「レッドドラゴンには、確か、めんどくさい掟があるんだよ」
意外なところで、カナデが答えてくれた。
「15歳になったら、一人前の強くて立派な竜になるために旅をする、だったかな? そんな掟があるんだよ」
「あら、そこのあなた、詳しいのね。えっと……カナデ、っていったっけ?」
「うん、カナデだよ~♪」
「ふむふむ……一流の冒険者に猫霊族……強くなるためには、十分な相手ね!」
「だから、ちょっとまってくれ……もしかして、もしかしてなんだけど……強くなるために、ここで通りゆく冒険者にケンカをふっかけているのか?」
「そうだけど?」
真顔で答えられた!?
「一人前って、曖昧な定義じゃない? でも、強い竜っていうのなら、わかりやすいわ。まずは、人間を相手に特訓するの。人間って、意外と強いからね。時には、魔王を倒しちゃう勇者っていうのも現れるくらいだし。で……そのために、人間に変身する魔法も身に付けたのよ」
「それで……決闘に都合のよさそうな大きな橋を見つけたから、そこに居座ることにした……?」
「正解よ。話のわかる人間じゃない」
この子、行き当たりばったりすぎる……ある意味で、カナデに似てるな。
というか、本気なのか?
竜族が人間を相手に特訓するなんて……
そんなバカなこと、聞いたことないぞ。
でも、本人は大真面目なんだろうなあ……
タニアは真剣な目をしていて、ウソをついている様子はない。
「ところで……キミみたいなドラゴンが現れれば、普通、噂になるんだけど……」
「ああ、そのこと? あたしだって、バカじゃないわ。普段は、最初から人間の姿をとっているの。今日は、とんでもない気配を二つも感じたから、慌てて急降下して……だから、本来の姿を見られた、っていうわけ」
「なるほど……もう一つ、質問いいかな?」
「なによ?」
「キミの情報が、ほとんど手に入らなかったんだけど、今まで対戦した相手を脅したりとかした?」
「そんな野蛮な真似はしないわ。でも、そうね……あたしに負けた連中は、みんな揃って、『こんな子供に負けるなんて……』とか言って、落ち込んでいたわね。失礼しちゃうわ。あたし、もう大人なのに」
「……ああ、なるほどね」
見た目だけなら、タニアは深窓の令嬢のような、かわいい女の子だ。
そんな子に負けたとあれば、プライドがズタズタになってしまうだろう。
返り討ちに遭った冒険者たちが、ことごとく意気消沈していた理由がわかった。
「話は終わり? なら、勝負をしましょう! 力比べよっ」
「えっ!? いや、ちょ、ちょっと待った! 俺達はそんなつもりはなくて……というか、カナデはともかく、俺なんかじゃあ、キミの相手は務まらないよ」
「なにそれ? 謙遜? 確かにあんたは人間だけど、一流の冒険者なんでしょ?」
「いや。ついこの前、冒険者になったばかりの新米だけど……」
「そんなウソついても、騙されないわよ。あたしの直感が、あんたはとんでもない力を秘めた冒険者だ、って言っているの。こう見えても、人を見る目はあるんだから」
「にゃー……タニアは、レインのビーストテイマーの才能を見抜いたのかもね。だから、一流の冒険者だ、って思い込んでいるんだよ」
「そんなことを言われても、誤解なんだけど……」
「でもでも、レインは一流の冒険者くらい、すごい人だよ? ビーストテイマーだけじゃなくて、冒険者の才能があると思うなあ。にゃあ♪」
カナデまでタニアに賛同してしまった。
どんどん、逃げ道が塞がれていくような気がしてならない。
「さあ、あたしと勝負しなさい! 二対一でも構わないわよっ」
どうしよう?
タニアはやる気満々だ。
すでに構えをとっている。
「諦めよう、レイン。ここは、戦うしかないと思うよ」
「し、しかしだな……相手は、ドラゴン……最強種の竜族なんだぞ?」
「それをいうなら、私も最強種だよ?」
「危ない目に遭うかもしれない」
「レインが守ってくれるもん♪ 信じてるの」
「気軽に言ってくれるなあ……」
「ダメ?」
「できる限り……いや。俺のことはともかく、カナデのことは絶対に守るよ。それが、ビーストテイマーとしての務めだ」
「にゃあ♪ さすが、レインだよ」
どうして、竜族なんかとやりあうことになってしまったのか?
頭を抱えて嘆きたくなるが……
後悔してても仕方ない。
やれるだけのことをやろう。
大丈夫……今の俺は、一人じゃない。
カナデが一緒だ!
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