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148話 最凶との戦い・5

 少し離れたところで嵐が巻き起こる。

 視線をチラリとやると、竜のように荒れ狂う風がアリオス達を飲み込むところが見えた。


 大丈夫だろうか?

 気に食わないヤツではあるが、今、この場で倒れられたら二人のイリスを同時に相手にすることになってしまう。

 せめて、こちらをなんとかするまでは保ってほしいが……


「ふふっ、どちらを見ているのですか?」

「くっ!?」


 気がつけば、イリスが目の前に接近していた。

 アリオスの方を見ながらも、イリスに対しての警戒は怠っていなかったはずなのに……


 なんて速度だ。

 ほんの一瞬の間で距離を詰めてきた。

 その身体能力は、猫霊族に匹敵するかもしれない。


「うにゃあああああっ!!!」


 カナデが空高くジャンプ。

 そのままくるくると回転しながら突貫してきた。


 隕石のごとく着弾。

 強烈な蹴撃をイリスに見舞う。


 しかし、


「あらあら。元気ですわね」

「むっ、にゃあああ……!」


 イリスはカナデの突貫を両手で受け止めた。

 ダメージを受けているようには見えない。

 それどころか、余裕のある笑みを浮かべていた。


「まだまだ終わらないよーっ!」


 カナデはくるっと回転して、器用に地面に着地した。

 間髪入れず、砲弾のごとく突進。

 右拳、左拳を連続して叩き込む。

 さらにそれらの流れを汲むようにしながら、その場で回転。

 イリスの首を狙い、鋭い回し蹴りに繋げた。


 ここを逃す手はない。


 挟み込むように、俺も、反対側からイリスに蹴りを叩き込むのだけど……


「ふふっ」


 またしても攻撃が防がれてしまう。

 イリスは、今度は手を使うことなく、無防備な体で俺達の攻撃を受け止めた。

 分厚いゴムを叩いたような感触が伝わってくるだけで、手応えはない。


 やはり、イリスの体は結界のようなもので包まれているみたいだ。

 それがどのようなものによるか、よくわからないが……

 耐久力以上の攻撃をぶつけてやれば、相殺できるはずだ。


「ニーナ!」

「んっ……!」


 ひゅんっ、と転移して、ニーナがすぐ隣に現れた。

 そのまま、俺とカナデにタッチ。

 再び、俺とカナデを連れて、イリスから離れたところへ転移する。


「うちもやるでーっ!」


 ティナ……正確にはヤカンなのだけど……が叫ぶ。


「んむむむ……せいやーっ!」

「あ、あら?」


 ティナが叫ぶと、目に見えてイリスの動きが鈍くなった。

 憑依能力を応用した、相手の動きを止める魔法だ。

 これは、幽霊であるティナにしか扱うことができない。


 イリスの結界は攻撃のみを防ぐものらしく、ティナの魔法の影響を受けていた。

 チャンスは今だ。


「タニア!」

「待ってたわよっ!」

「方角には気をつけろっ!」

「わかってるわよ、村を巻き込むようなヘマはしないわ!」


 タニアのドラゴンブレス。

 一瞬、世界が白に染まる。


 巨大な光の奔流が放たれて、イリスを飲み込む。


「ぐっ……!?」


 スズさんとの特訓でとことん鍛えられたタニアが放つ、必殺の一撃だ。

 これはさすがにたまらないらしく、イリスの顔が苦しそうに歪む。


 そして……


 キィンッ! という甲高い音と共に、何かが砕け散る。


「ふぅ……まさか、本体であるわたくしの結界を力任せに打ち破るなんて。竜族は、あいかわらずすさまじいのですね」

「やっぱり結界の類だったか」

「これで、私達の攻撃が通じる、っていうこと?」

「ふふんっ、あたしのおかげね」

「さっすがタニア♪」


 得意げにするタニアを称賛するカナデ。

 仲が良いな。


「まだやるつもりか?」


 問いかけると、イリスは不敵に笑う。


「ふふっ……結界を破った程度で、わたくしに勝ったつもりなのですか? 甘いですわよ。むしろ、これからが本当の殺し合いですわ」

「……殺し合い、か」

「どうかしまして?」

「それ、どうしてもやらないとダメか?」

「あら?」


 問いかけると、イリスはわけがわからないという様子で眉をひそめた。

 俺が未開の地の言葉を喋っているかのように、変な目を向けてくる。


 相手は災厄をもたらすと言われている存在。

 悪魔と呼ばれて封印されていた。


 そんなイリスを説得するなんて、無謀な行為なのかもしれない。

 というか、意味のない行為なのかもしれない。


 すでにイリスは何人も殺しているという。

 そして、これからさらにたくさんの人を殺すつもりだという。


 間違いなく『悪』と呼ばれる存在だ。


 だけど……

 なぜか、俺にはイリスが単純な悪とは思えない。

 あの夜の出会いを思い出す度に、そう思うのだ。


 だから。


 できることならば、話し合いで解決したいと思ってしまう。


「イリスの目的は、本当に人を殺すことなのか? それしかないのか?」

「……」

「すでに犯した罪は消えないけど……でも、これ以上、罪を重ねることはないだろう?」

「……」

「何かすれ違いがあったのかもしれない。勘違いがあったのかもしれない。認識の違いがあったのかもしれない。だから……まずは、話し合うことはできないか? 戦うのは、その後でもいいんじゃないか?」

「……」


 イリスはきょとんとして……

 次いで、くすりと笑う。


「ふふっ、うふふ……驚きました。この期に及んで、そのようなことを言うなんて。レイン様は、わたくしが思っている以上にお人好しなのですね」

「レインだからね!」


 なぜかカナデが誇らしげに胸を張った。

 タニアやニーナも、カナデと似たような顔をしてる。


 それはつまり、俺のやることに賛成してくれているということ。

 みんなに認められているみたいで、こんな時になんだけど、うれしい。


「お人好しのレイン様……あなたのような人間は、初めてですわ」

「そうなのか? 俺みたいなヤツ、どこにでもいると思うけど……」

「いませんわ。あなたのような人間は極少数……残りは、ゴミ以下のクズですわ」


 そう言うイリスには、ハッキリとした憎しみがあった。


 深い深い憎しみ……

 ドス黒く、底のしれない闇に飲み込まれるような悪寒。


 今、イリスが放った憎悪の感情は、全体の一部にすぎないだろう。

 ほんのわずかな一端。

 それなのに、思わず背中に寒気が走ってしまう。


「レイン様を……あと、そのお仲間を見逃してほしい、というのならば、交渉に応じても構いませんわね。しかし、しかしですね? その他の人間を見逃してほしいというのならば、応じることはできませんわ」


 イリスは狂気に満ちた笑みを浮かべる。


「人間は殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して……殺し尽くさないと気がすみませんの」


 イリスという少女は、どこまでも深い憎しみを抱えていた。

 人間に対する圧倒的な憎悪を抱いていた。


 いったい、何があればこんな風になるのだろう?

 どんな経験をすれば、これほどの狂った念を抱くことができるのだろう?


 イリスの底知れない憎悪に触れて、わずかに気後れしてしまう。


 だけど。

 ここで俺が退くわけにはいかない。

 ここで退いたら村人が殺されてしまう。

 イリスは宣言した通りに、確実に村人を皆殺しにするだろう。


 そんなことは許せない。

 見逃すことはできない。

 たとえ、どんな事情があるにしても、放っておくことはできない。

 村人を救うためにも……そして、イリスのためにも。


「交渉は決裂か……」

「ふふっ……残念ですわね。それで、どうされますか? わたくしと殺し合いますか?」

「戦うが……殺し合いはしない。イリス……お前を止めてみせる」

「……ふふっ。本当におもしろい人。いいですわ、できるものならやってみてください」

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