140話 勇者の思惑
悪魔に関する雑務をこなして……
アリオス一行は宿に戻った。
「あー、疲れた……さっさと風呂に入りたい気分だわ」
「そうですね……今日は、さすがにゆっくりしたい気分ですね」
リーンがうんざりした様子でぼやいて、ミナがそれに追随した。
パゴスの村人の慰問を行い、その後、悪魔への対抗策を考えた。
さらに、悪魔に怯える村人達に声をかけて回り……
それらの『地味』な『作業』に、リーンは辟易としていた。
「ねえねえ、アリオス。こんなこと、ホントにしないといけないの? 地味すぎて、イヤになるんですけどー」
「リーン。そのようなことを言ってはいけませんよ。力なき人々を導くことも、私達の使命なのですから」
「でもさー……今まで、そんなことしてないじゃん」
リーンの指摘はもっともだった。
アリオスは魔王討伐を最優先にして、そのレールから外れるような些事には構うことはなかった。
さすがに、目の前で魔物に襲われている人がいれば、仕方なく助けるものの……
遠くで村が襲われていると聞いても、足を運ぶことはない。
それなのに、今回は別だった。
わざわざパゴスまで足を運び、悪魔と戦い、村人を救う。
いつもと違うアリオスの行動に、リーンは疑問を抱いていた。
「その件については、以前、話しただろう?」
アッガスが説明するように口を開いた。
「ホライズンの一件で、俺達の評判が下がってしまった。このままでは旅に支障をきたすかもしれない」
「だから、たまには善行を積んでおこう、っていうわけだよ」
アッガスの言葉を引き継いで、アリオスがそう言った。
「ま、それは聞いたけどねー。やっぱり、実際にやるとめんどくさいってゆーか。あたし達がやるべきことじゃない、ってゆーか」
「いいじゃないですか。簡単に終わったことですし」
「まあね」
雑談を交わしながら、アリオス達は部屋に移動した。
ジスの村で一番大きい宿で、その中でも、一番高い部屋だ。
勇者を歓迎するために、村人達によって用意されたものだ。
アリオスはふかふかのベッドに座り、笑う。
「面倒ではあるが……でも、簡単な仕事だろう? なにしろ、悪魔は僕達と繋がっているんだから」
とんでもない事実を、アリオスはさらりと言ってのけた。
アリオスが天の指輪を手に入れた時に出会った少女……
彼女こそが『悪魔』だった。
具体的に言うと、絶滅したと思われていた天族の少女だ。
人に強い恨みを持っている様子で、放置すれば大きな被害が出るだろう。
しかし、アリオスは彼女を止めるようなことはしなかった。
むしろ、利用しようと考えた。
彼女は、まず、パゴスを襲うと宣言した。
そのことを聞いたアリオスは……彼女の好きにさせた。
放置すれば大きな被害が出るということは明白だったけれど、それでも、止めることはしなかった。
そのまま好きにさせた。
その上で、彼女に取引を持ちかけた。
「君の目的に協力しよう。その代わり、僕達の引き立て役になってくれないか?」
……そんな取引を持ちかけた。
少女が人に害を成す存在であることは間違いないのだけど……
そんな取引を持ち出されるなんて、夢にも思っていなかったのだろう。
少女はアリオス達のことを気に入り、協力関係を敷くことに決めた。
まずは、宣言した通りに、少女がパゴスを襲う。
ある程度満足したところで、アリオス達が乱入。
少女と立ち合いを演じてみせて……
適当なタイミングで少女は撤退する。
かくして、パゴスを救った英雄アリオスの誕生、というわけだ。
全て、少女と裏で繋がっていたからこそできた芸当だ。
おかげで、アリオスの名誉は回復された。
たくさんの人の命を救った英雄と呼ばれることになった。
「楽な仕事よねー。こんなことで、すごいすごいってあたし達のこと讃えてくれるんだからさ」
リーンが楽しそうに笑う。
「少し罪悪感はありますが……まあ、仕方のないことですね」
ミナも、計画の発起人であるアリオスを咎めることはない。
むしろ、仕方ない、と割り切っていた。
ホライズンの一件で、勇者パーティーの評価が落ちてしまった。
それを回復しなければいけない。
そのためながら、手段を選んではいられない。
それが、ミナの出した結論だった。
「いいタイミングで彼女に出会うことができた。運がいいな」
「もっかい暴れてもらう? でもって、適当なところであたしたちが助けに入るの。そうすれば、すっごい感謝されるよ」
「私達の名前を広げることは、後々、役に立つでしょう。必要ならば、もう一度……というのも検討してもいいかもしれませんね」
アリオスも。
リーンも。
ミナも。
自らの行いを恥じることはない。
何をしても許される。
それこそが、自分達に許された特権だ。
……そのように考えてた。
ただ一人を除いて。
「……アリオス。やはり、まずかったのではないか?」
アッガスが重い口調で言う。
そんなアッガスに対して、アリオスは、またか、というような感じでうんざりした表情を見せた。
「話を蒸し返さないでくれよ。みんなで決めたことだろう?」
「アリオスが勝手に話を進めて、引き返せないところまで進んだせいだろう?」
「それでも、最終的にはみんなが納得した。君も含めて、だ」
「それはそうだが……」
「ねえねえ、なにが不満なの? あんな簡単なことで、あたし達の名前を売ることができたんだから、すっごいお得じゃん」
リーンの言葉に、アッガスは沈黙を作る。
渋い顔を作っているが、リーンの言葉に反発しているわけではなかった。
アッガスも、楽をできるのならばそれに越したことはないと思っている。
アリオスが考えた計画も、悪くはないと判断していた。
ホライズンの一件で落ちた評判を元に戻さないといけないと思っていたから、今回のことはちょうどいい、とさえ思っていた。
しかし、だ。
どうしても、アッガスはイリスと呼ばれた少女のことが気になった。
あれは、本当に悪魔ではないのか?
そんな存在と手を組んでしまって大丈夫なのだろうか?
そのことが気にかかっていた。
「アッガスは、なにが不満なんだい? 村人達を騙すようなことをしたのがダメなのかい?」
「いや、それは大して気にしていない」
アッガスは、アリオスの計画そのものに反対はしていなかった。
反対しているのであれば、イリスを解放した時に止めている。
そうしないところを見る限り、アッガスの性根もなかなかに腐っていた。
「なら、なにが引っかかる?」
「……あの少女、イリスのことだ」
アッガスは腕をさする。
その腕には、鳥肌が立っていた。
「アリオスは、この後、イリスをどうするつもりなんだ?」
「うん? どうする、とは?」
「このまま放置しておくのか? それとも、適当なところで討伐するのか?」
「そうだな……」
少し考えた後、アリオスは笑みと共に言う。
「彼女は、まだまだ利用価値がある。もう少し、協力してもらおうじゃないか」
「……やめた方がよくないか?」
「なに?」
「あれは危険な存在だ。出会ってから今に至るまで、ずっと、悪寒が消えない。今更になるが……あんなのと手を組むべきじゃなかったかもしれない」
「やれやれ、何を言っているんだか……それこそ、今更な話だろう?」
「それはそうだが……」
アッガスはこわばった顔を元に戻すことができない。
そんな中で、イリスの笑みを思い返していた。
見た目は可憐な少女なのだけど……中身は別物だ。
その場にいてわかったが、イリスは人を虫のように思っている。
対等な存在に見ていることなんて、絶対にない。
それこそ、なにかあれば、イリスは人を笑いながら殺すだろう。
アレは、そういう存在なのだ。
パゴスの村人達が口にしていたように、本物の悪魔なのかもしれない。
それだけの脅威と凶悪さを、アッガスは感じ取っていた。
そんな相手と手を組んでしまった。
力を貸してしまった。
解放してしまった。
今更ながら、とんでもないことをしたのではないか? と、体が震えてくる。
「まあ、アッガスの忠告は受け止めておくが……それでも、彼女には利用価値がある。しばらくは、僕達の都合のいい駒になってもらおう。それでいいね?」
「……わかった。アリオスがそう言うのならば、文句はない」
「大丈夫さ。アッガスは心配性だな。僕達がイリスと手を組んでいることが知られることなんて絶対にないし……それでも心配というのならば、きちんと彼女をコントロールすればいいだけのこと。だろう?」
「……そうだな」
頷いておきながら、アッガスは胸騒ぎを消せないでいた。
あれは、人の手でコントロールできるような存在なのだろうか?
唐突に手の平を返して、笑顔でこちらの喉元を噛みちぎるような、そんな存在ではないのか?
……そんなアッガスの予感は、これ以上ないくらい、正確に的中することになる。
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