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135話 勇者の功績

「これはこれは……レインじゃないか」


 こちらに気がついたらしく、挨拶をするように、アリオスが軽く手を挙げた。


 ジスの村で出会ったことは、向こうにとっても予想外のことらしく、目を大きくして驚いている。

 ただ、その驚きはすぐに消して、余裕たっぷりの笑みに切り替わる。


「やあ、久しぶりだね。元気にしてたかい?」

「それなりにな。アリオスは?」

「僕も元気さ。この通り、というわけだ」

「どうして、アリオスがここに?」

「それは僕の台詞なんだけどな……まあいい。特別に教えてやろう」


 アリオスは得意げな笑みと共に、ここにいる理由を告げる。


「ここにいるということは、レインもあの事件に関わっているんだろう?」

「パゴスの村……悪魔の件か?」

「ああ、そうだ。僕は、パゴスの村人達を救ったんだよ」

「どういうことだ?」

「この南大陸を中心に旅をしていたのだけど、偶然、パゴスに立ち寄ってね。悪魔とやらに襲われていたから、僕が撃退した、というわけさ」

「アリオスが……?」

「にゃー……ウソっぽい」


 話を一緒に聞いていたカナデが、半眼でアリオスを睨みつけた。


「あんたなんかに悪魔と戦える力があるわけないもん。ウソだよ」

「ウソって……相変わらず、失礼な獣だな。ちっ」

「アリオス。カナデを獣と……」

「一緒にするな、って言いたいんだろう? わかっているさ。ただ、今回の場合は、彼女に非があるんじゃないか? 僕は真実を告げただけなのに、いきなり疑ってきたのだから」

「それは……」


 もっともな話だった。

 カナデはアリオスのことを嫌っているから、それ故に、疑問の眼差しを向けてしまったのだろうけど……

 普通に考えたら、非はカナデの方にある。


 とはいえ、俺もカナデと同じようなことを考えているんだよな。

 アリオスが悪魔と渡り合えるかどうか? それは、なんともいえない。

 やりあった時からそれなりの時間が流れているし、アリオスも強くなっているかもしれない。

 だから、アリオスの力はそれほど疑ってはいない。


 ただ……引っかかるものはあった。

 悪魔が現れて、壊滅したパゴスに、偶然、足を運ぶなんてことがあるのだろうか?

 もちろん、可能性はゼロじゃないんだけど……

 タイミングが良いというか、都合が良すぎるというか……どうにも、気になるんだよな。


「まあいいさ。僕は寛大だからね。つまらない戯言くらい、許してやるさ」

「にゃー……この勇者、上から目線でむかつくにゃ」

「カナデ、落ち着いて」

「フシャー……」


 カナデが尻尾を逆立てて、歯をむき出しにしていた。

 落ち着くように頭を撫でると、少しだけリラックスした様子で、逆立っていた尻尾が下に降りた。


「僕の言っていることは本当だよ。なんなら、彼らに聞くといい」


 アリオスが、近くにいるパゴスの人を指した。

 彼らは先程と同じように、アリオスに対して尊敬の念、感謝の念を送っていた。

 演技であるとは思えないし、そんなことをする理由もない。


 アリオスがパゴスを救ったというのは、紛れもない事実なんだろう?


「アッガス達は?」

「みんなは今、別行動をとっている」

「それは?」

「おいおい、どうしてそんなことをいちいちレインに言わないといけないんだい? 君は僕のなんだい? 仲間じゃないだろう?」

「……そうだな。余計なことを聞いた」

「わかればいいのさ。それで?」

「うん?」

「レインの方は、どうしてここにいるのか、まだ聞いてないぞ」

「あぁ」


 そういえば、何も話していなかったか。


 今のアリオスの返事を真似て……

 いちいちアリオスに報告する義務はないだろう? と言ってみようか?


 ……やめておこう。

 揉めてしまうだけで、何も意味がない。

 まあ、溜飲は下がるかもしれないけどな。


「俺が冒険者になったことは知っているだろう? それで、今回の悪魔の件が、緊急依頼として発行されたんだ」

「ほう」


 アリオスの目が細くなる。

 おもしろいことを聞いた、と言っているみたいだ。


「それはつまり、君が悪魔を討伐する、ということかい?」

「いや。俺は調査班だ。討伐隊は別にいる」

「ふーん、そうなのか」


 アリオスがにやりと笑う。


「でも、残念だったね。君の行いは無駄になるよ」

「どういうことだ?」

「ここには僕がいる。悪魔の調査も討伐も、僕に任せるといい」


 なんだ?

 アリオスの言葉に違和感を覚えた。


 どうして、今回の事件に、アリオスはここまで深く関わろうとするんだ?

 アリオスの性格を考えると、余計なことに手は出さないと思うのだけど……

 それとも、今回の事件は、関わらないといけない『何か』が存在するのだろうか?

 例えば、魔王討伐に必要なこと……とか。


 ……ダメだ。

 考えてみるものの、答えに辿り着くことができない。

 情報が圧倒的に不足している。


 悪魔のことだけじゃなくて、アリオスに関することも調べた方がいいかもしれないな。


「さあ。レインはホライズンに帰るといい」

「そういうわけにはいかない。こっちも、依頼を請けた身だ。勝手に放り出すことはできないさ」

「僕がいるというのに?」

「それは関係ないだろう? 上から正式な命令が降りてこない限り、俺が手を引くことはない」

「ちっ……」


 アリオスは不機嫌そうに舌打ちした。

 俺と一緒、ということが不快なのかもしれない。


「……まあいいか。よくよく考えてみれば、僕の力を見せつける機会でもあるな。あの時とは違うということを教えてやるよ」

「ずいぶんな自信だな?」

「僕を誰だと思っている? 勇者だぞ? 君と僕……どちらが上なのか、今度こそ、ハッキリとさせてやろう」


 その手の勝負に興味はないのだけど……

 アリオスはすっかりその気になっているらしく、不敵な笑みを浮かべていた。


 面倒なことにならないといいんだけど……

 運命の女神のいたずらか、そんな風に考える時に限って、面倒なことになるんだよな。

 嫌な予感をひしひしと感じていた。


「それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。村人たちの慰問に、悪魔の対策の打ち合わせ。色々とやらないといけないことがあるんでね」

「ああ……悪いな。引き止めたみたいで」

「くくく……お互いにがんばろうじゃないか? なあ……レイン」


 アリオスは、最後になんともいえない笑みを見せて、立ち去った。


「にゃー……やっぱり、あいつ嫌い! レインのこと、すっごいバカにしてたよっ」

「俺も、アリオスのことは好きになれそうにないよ」

「ヤッちゃう?」

「こらこら」


 カナデのことを制止しながらも、一瞬、それもいいかなあ……なんて思ってしまう俺だった。


 それくらいに、アリオスと関わることはめんどくさい。

 というか、気が乗らない。

 一緒にいると苦い過去を思い出してしまうから、なるべく、距離を置きたい。


 しかし、アリオスはそうは思っていないらしい。

 今の言動を見ると明らかなのだけど、どうも、俺と白黒ハッキリさせたいと思っているらしい。

 前にやりあった時、おもいきり殴られたのを根に持っているのかもしれない。


 勇者なんだから、そんなことを気にしてないで、やるべきことを優先してほしいのだけど……

 言っても聞かないんだろうなあ、たぶん。

 好き勝手していたら、そのうち、ツケが回ってくるだろうに。

 そのことを考えたことはないのだろうか?


「……まあいいか」


 アリオスの心配をする必要なんてない。

 俺は俺のことを考えないと。


「っと……悪い。つい立ち話をしちゃって……」


 アリオスに気をとられて、セルのことを忘れていた。

 一緒に行動しているのに、彼女を無視するようなことをしてしまった。

 気を悪くしていないといいんだけど……


「……」


 セルはぽかんとしていた。

 落ち着いているところしか見ていないから、こういう彼女の反応は新鮮だ。


「どうしたんだ?」

「あなた……勇者と知り合いだったの?」

「そうだけど……言ってなかったっけ?」

「言ってないわ。初耳よ」

「悪い。でも、わざわざ言うようなことでもないだろう?」

「それは、まあ……でも、事前に知らせておいてくれたら、ここで、こんなに驚くこともなかったわ」

「それは……なんていうか、悪い」


 あのセルを驚かせてしまったみたいだ。

 ちょっとだけ、罪悪感が。


「アイツの関係者っていうことは、あまり知られたくなくてさ。聞かれたら答えるけど、自分からは言わないようにしていたんだ」

「勇者の関係者であることを、自分から隠していたの? 不思議なことをするのね……普通は、一生、自慢できることなのに」

「まあ、色々とあって」

「……そう」


 『色々』の部分を聞くと、セルが納得顔になる。

 俺とアリオスの間に、一言で済ませられないような、『何か』があると察してくれたみたいだ。


「言いたくないこともあるみたいだし、深くは聞かないでおくわ。私は」

「ありが……私は?」

「ごめんなさい。私は気にしないのだけど、こっちはそうもいかないみたいで……」


 セルの視線の先には、アクスがいた。

 ……そういえば、アクスのことも忘れていた。


「お前、勇者様の知り合いなのか!?」


 ぐぐっと詰め寄られる。


「ま、まあ、そうなるけど……どうしたんだ、いきなり?」

「頼むっ、サインをもらってきてくれないか!?」

「アクスは、勇者の大ファンなのよ……はぁ」


 面倒なことになった、という感じで、セルがため息をこぼした。

 ……俺も、ため息をこぼしたい気分だった。

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