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134話 最強種の影

 先日、リバーエンドで出会った少女のことを思い出した。

 イリスは、村人から聞いた話と特徴が一致している。


 もちろん、それだけでイリス=悪魔、なんて判断をすることはできないのだけど……


 あの時に感じた違和感を無視することはできない。

 外見は普通の少女なのだけど……

 中身は異質な存在で、鋭い牙を隠し持っているような。そんな感覚。


 普通に考えてありえない。

 どんな偶然だ。

 それでも、可能性を捨てきることができなくて……


「にゃー……レイン?」

「え?」

「どうしたの? こーんな顔してるよ?」


 カナデが眉を寄せて、難しい顔を表現してみせた。


「えっと……」

「もしかして、なにか心当たりが?」


 セルがそう尋ねてきた。

 鋭い。

 俺の変化を見抜いて、そんな結論に至ったのだろう。


 さて、どうするか?

 不確定な情報を出してしまうと、混乱させてしまう可能性がある。

 しかし、イリスのことが重要な情報である場合、出し惜しみしてしまうことで、取り返しのつかない事態に発展することもある。


「……これは、根拠がない話だ。それでも、一応、話しておくことにするよ」


 考えた末に、イリスのことを話しておくことにした。

 混乱させてしまう可能性はあったけれど……

 それでも、今は、出し惜しみする場合じゃないと判断した。


「……と、いうわけだ」


 イリスのことについて、二人に話した。


「なるほど……リバーエンドで出会った女の子、ね」

「にゃー……レインってば、夜にそんなことをしてるなんて……うにゃー」


 セルは静かに頷いて、カナデは、なぜかジト目を向けてきた。

 そういうのじゃないから、そんな目はしないでほしい。

 一応、今は真面目な話をしているんだからな?


「どう思う?」


 セルに問いかけた。


「そうね……話を聞いた限りでは、特に意味はないわ。特徴と一致する女の子と偶然出会っただけ。タイミングがよすぎるから、特別、意識してしまっているだけね」

「そっか……」

「……って、普通ならそう言うところなのだけど」


 セルはそこで言葉を一度切り、考えるような間を挟んだ。

 ややあって、再び口を開く。


「調べてみる価値はあるかもしれないわ」

「信じてくれるのか?」

「今は、どんな情報でも欲しいわ。手がかりが少ないのだから、本人を特定できるのならば、わずかな可能性にでも賭けてみたいわ。それに……」

「それに?」

「あなたがそう言うのならば、ある程度は信じることができるわ」

「レイン、こんなに早くセルの信頼を勝ち取ったの? にゃー……相変わらず、女の子からは、そういう風に好意を向けられるんだから」


 だから、なぜ睨む?


「ふふ、安心してちょうだい」


 なぜか不機嫌そうになるカナデに、セルがわずかに微笑む。


「私は、別に彼の人格を信頼したわけじゃないわ。簡単な旅をしただけで、まだ、そこまで気を許していないもの」

「にゃん? なら、どうして?」

「彼の性格ではなくて、力を信じることにしたの」


 今度は、セルはこちらに笑みを向けた。


「何人もの最強種を従えている……レインの力は本物よ。そんなレインが警戒しているのだから、私も警戒する。そういうことよ」

「にゃるほど……うーん。レインのことが認められてうれしいけど、でもでも、どこかで通じ合ってるような気がして、焦っちゃうというか……」


 焦るって、何を焦るっていうのだろう?

 最近のカナデは、ちょっとおかしいような気がする。


「ふふっ」


 セルは、カナデの考えていることを理解しているのか、小さく笑う。


「安心してちょうだい。ただ単純に、力を信頼しているというだけ。別に、手を出そうと思っているわけじゃないから」

「にゃにゃにゃ、にゃんのことかな……?」

「それだけわかりやすいのに、肝心のことは伝わっていないみたいね」

「そうなんだよね……」

「何ができるかわからないけど、応援してあげる」

「わぁ……ありがとう! セルって、良い人なんだねっ」


 よくわからないけれど、友情が結ばれていた。


「とりあえず……この後は、どうする?」

「そうね……レインの話があるから、一度、リバーエンドに戻りたいところなのだけど……」

「聞き込みは、まだ完全に終わっていないよな」


 生き残りの人に話を聞いて回ったのだけど……

 中には、心に傷を負い、怯えるだけでまともに話を聞けない人もいた。

 もしかしたら、そういう人が重要な情報を持っているかもしれない。

 そう考えると、ここで情報収集を打ち切るのはどうかと思う。


「二手に分けてみるか? ここで情報収集を続ける組と、リバーエンドを探索する組」

「……それはやめておきましょう」


 少し考えた末に、セルは首を横に振った。


「敵は、とんでもない力を持っているはず。私の想像では、おそらく……」

「最強種……か?」

「ええ、正解」


 生き残りの人から話を聞いて、その可能性に至っていた。


 辺境の村とはいえ、丸ごと一つ、壊滅させるなんてこと、普通はできない。

 冒険者も滞在していたらしいが、まるで歯が立たなかったと聞く。


 実際に、パゴスの村を見たわけではないが……

 話を聞く限り、大規模自然災害に遭ったように、災厄の爪痕が残されているという。


 そんなでたらめな力を行使できるもの。

 最強種という可能性が濃厚だ。


「もしも最強種だとしたら、パーティーを分けるのは得策じゃないわ。討伐が目的ではないけれど……危険は避けた方がいいと思うの」

「そうだな……イリスが犯人だとして、遭遇したらまずいことになるな」

「今回の聞き込みで得られた情報と共に、犯人候補の少女がリバーエンドにいるとギルドに報告しておくわ。今は、それで問題ないと思う。時間も限られているし、リバーエンドの調査を行うのは、ここの調査が終わってからにしましょう」

「わかった、それでいこう」

「にゃあ……結局、どういうこと?」


 カナデが軽く目をぐるぐると回していた。

 今の会話で知恵熱が出たらしい。


 別に、大して難しい話はしていないのだけど……

 もうちょっと勉強をさせた方がいいのだろうか?


「ひとまず、ここで調査を続ける、ってことだよ」

「にゃるほど! 私はなにをすればいい?」

「そうだな……」


 一部を除いて、パゴスの村人から事情を聞くことはできた。

 次にとるべき行動は……


「おーいっ」


 聞き覚えのある声。

 振り返ると、アクスの姿があった。

 慌てているらしく、こちらに駆けてくる。


「どうしたの? 周囲の探索は?」

「もしかして、何か見つかったのか?」

「いや、何も見つかってないぞ」

「……なら、どうして戻ってきたのかしら?」

「あ、いや。ちょっとしたことがあって、す、すぐに伝えた方がいいと思って……」


 セルに睨まれて、アクスがしどろもどろに言い訳をした。

 尻に敷かれているなあ……


「ちょっとしたこと? それは何かしら?」

「あー……実際に見た方が早いな。こっちに来てくれ」

「あっ……ちょっと?」


 アクスがセルの手を引いた。

 その状態で、こちらを見る。


「ほら。レインとカナデちゃんも早く来てくれ」

「どこに行くんだ?」

「村の入口だよ。二人はCランクだから、見ればわかると思う」


 なんのことだろうか?

 疑問に思いながらも、今はアクスの言う通りにすることにした。

 同じく小首を傾げるカナデと一緒に、村の入口へ向かう。


 すると、そこにいたのは……


「僕に任せるがいい。パゴスの時と同じように、ここに現れたとしても、追い払ってやるさ」

「おおっ、さすがは勇者様!」

「なんて頼りになるのだろう」

「あの悪魔が追いかけてきたらと怯えていたが、これで安心できる」


 崇められるように村人に囲まれていたのは……アリオスと、その仲間達だった。

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